野生の獣が現れた
猛獣だ! 襲われる!
あわてて飛び起きようとするが、身がすくんでほとんど動けない。それでもなんとか、寝っ転がった状態からズリズリと後じさりしながら上半身だけ起こす。傍から見たら相当カッコ悪いだろうな。完全に腰が抜けている。
2〜3メートル先で黒っぽい生き物が、じっとこちらをにらんでいた。猫より少し大きい。犬か? いやちょっと顔が違う。タヌキとかアライグマ的な何かだ。あまり動物に興味がないせいか見分けがつかない。
思ったより小さな獣だったが、正直ちょっと怖い。小学校低学年のころ遠足で野犬に追っかけられて弁当を奪われたことがある。あれ以来動物は苦手だ。あの時はギャン泣きしたなあ。楽しみにしてた弁当が食べられなくて。担任が市販の弁当を代わりに買ってくれたんだっけ。パニックになってたからそれもほとんど食べられなかった。結局、お袋が迎えに来て早退した記憶がある。あのころはまだ親も離婚してなかったな。親父はたまに…
「グルゥゥ……!」
はっ、いかん、現実逃避していた。獣がうなり声を上げている。短いが尖った犬歯を見せている。ヤバい襲ってくる気か。どうしよう。何かないか何か。あわててスマホを尻ポケットに突っ込み、その手で周囲を探る。午前中に拾っておいた棍棒がわりの枯れ枝に触れた。ひっつかむ。
おれは武器を手にすると強気になれるのかもしれない。身体に力が入り、さっと立ち上がることができた。棍棒を獣に突きつけながら考える。コイツはなぜここに現れた? おれが縄張りに入ってしまったのか? 煮炊きする匂いに寄ってきた? 腹が減ってる線はあり得るな。よし……
獣をにらみつけながら、食えそうなものを探す。あった。食べ終えた魚がサラダ巻きのトレイに載っている。ほとんど頭と骨だけだが、身も少し残ってる。右手で棍棒を構えながら、少しずつすり足で移動して、魚の尾を左手でつまむことに成功した。
「ほらよ」
ひょいっと投げる。うまいこと獣のすぐ前に落ちたのはいいが、うっかりトレイごと投げてしまった。まあいい、食ってくれれば大人しくなるだろ。
獣は警戒するようにしばらくフンフン匂いを嗅いでいたが、ガブガブと魚をかじりだした。
「よしよし、腹が減ってたんだな。それ全部食っていいから、食い終わったら大人しく帰ってくれよ……っておい! トレイまで食うなよ!」
ばきばきばきっ、鋭い歯でサラダ巻きの容器まで噛み砕かれてしまった。おれの貴重な食器が……
あぐっ、あぐっ!
ばきっ、べきべきべきっ、ばきばきっ!
獣はトレイまで飲み込み始めた。それプラスチックだぞ? アホなのか?
ものの30秒で食い終わり、まだないのかとばかりにこちらを見てくる。少し目つきが柔らかくなった気もする。しかしなあ……
「いやもう食い物は持ってねえんだ。ほら、そこの鍋だって空だろ?」
棍棒で指し示すと、トコトコと宝箱鍋まで歩いていく。通じている? そこまでアホでもないな。獣はそのまま前足を鍋に乗せて立ち上がり、
「あっ、バカっ!?」
ざばーっ
「アギャアァァァァッ!!」
宝箱がひっくり返り、中の熱湯をもろに頭からかぶった。うわぁ、あれは熱い。やっぱアホだった。
「アギっ、アギャっ、フギャァーーッ!!」
熱湯に驚いた獣が飛びすさった先にはまだ赤くくすぶっている燃えさしが! うへえ、もろに火の上だよ。こりゃ大火傷だな……
「フゥー、ウグルルル……!!」
「えっ、いや何にらんでんだ。おれは悪くねえだろ!?」
「ガウッ!」
襲いかかってきた。
「うわっ! やめっ! 来んなっ!」
逃げる。追ってくる。
「逆恨みだぞ! やめろ! 噛むなって!」
左足に噛みつかれた。
「痛でっ! てめえ何すんだ! このっ!」
棍棒で叩く。離れない。足をブンブン振る。離れない。むしろ牙が食い込んで痛い。
「この野郎ッ!!」
かまどの石積みめがけて思い切り蹴る。獣に直撃。ついでにおれの足にも石が当たってダメージ。転倒した。まだ噛みついてやがる。
「痛てえだろうがっ! いい加減にッ! しやがれッ!!」
棒を捨てて石を拾って殴る。敵は身をよじる。また足に当たった。痛てえ。負けずに殴る。敵の頭に命中。ちょっと力が弱まる。殴り続ける。
…………。
気づいたら獣はもう動いていなかった。殺してしまったのか。
石や棒で口をこじ開けて、何とか足からアゴを外すことができた。ジーンズには穴が空き、血がにじんでいる。最悪だ……
獣は放置して、足を引きずりながら川へ行き、傷口を洗う。めちゃくちゃ痛い。
が、そこまで大きなケガでないことが分かった。ふくらはぎの下の方に歯型がついている。石の当たった跡もある。きれいに洗ってから、また足を引きずりながら戻った。
治療をしたいが、薬も包帯もない。狂犬病になったらどうしよう。しばらく途方に暮れる。
……。
川へ宝箱を洗いに行く。乱闘に巻き込まれた宝箱だが、どこもへこんでいなかった。恐ろしく丈夫だ。もう一度火を起こし、湯を沸かす。1枚しかないハンカチを煮沸消毒し、包帯代わりに噛み跡へ巻いておく。
獣の死骸は、気分が悪いので川の流れの速いところに投げ込んでやった。少しずつ流されていくのを見てから、きびすを返す。そのまま魚の餌にでもなりやがれ。くそっ
その時だった。
ぴろ〜ん♪
場違いな音が響く。
「えっ、スマホの通知?」
聞き慣れた、OS標準の通知音だ。もしやネットワーク接続が回復したのか!?
あわてて取り出したスマホの画面には、確かに通知メッセージが届いていた。
「おめでとうございます。斎藤竹光のレベルが上がりました!」 from Isekai Potal