何様のつもりだ
薄々予想していたことではあるが、それでも腹が立つな。おれは生身の人間だ。勝手にさらってきてゲームのキャラ扱いするな。なめやがってチクショウ。
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運営への怒りと憎しみは増すばかりだが、今は堪え忍ぼう。刃物を持った仮想敵がいることも分かったし、手持ちの食料も心もとない。生存が第一だ。
この異世界ポータルというアプリは大きなヒントだ。ここから読み取れることは何だ?
まず第一に、おれのこの状況は何らかのゲームであり、おれはそのプレイヤーだということだ。それに、運営はおれの氏名まで知った上で拉致してこの地まで送りつけ、スマホまで勝手に操作してゲームに強制参加させたということ。ここまではほぼ100パーセント確定だ。でなきゃあんなアプリがスマホに入ってるはずがない。
ではそれはどういうゲームなのか。
まあ、異世界ファンタジーだな。アプリ名とWi-Fi名から異世界ものをモチーフにしていることはまちがいない。そして、すでに剣と革鎧を装備する他のプレイヤーと遭遇した事実、またスタート地点には空の宝箱もあった事実から、いわゆる剣と魔法のファンタジーであろうと考えられる。
ただし、現時点では魔法が存在する証拠はない。いや、そもそもこの世に魔法なんかあるわけないのだが、このゲームの設定として魔法を導入することは、運営がその気になれば可能だろう。たとえば、スマホの音声入力で【炎の呪文】を検知したら上空に待機していたドローンから火炎放射攻撃が行われる、というような科学的な実現方法はあり得る。
あり得るが、今のところは「ない」と仮定して良いかもしれない。アプリに【魔法】や【呪文】のような機能がなかったからだ。ステータスにも魔力とかMPとかいう表示は(今のところ)ない。ということはつまり、”剣と魔法のファンタジー”であるとは限らず、”剣が使われている世界”というところまでが言えるだけだ。
もちろん、今後のアップデートで魔法が追加される可能性もある。要チェックだな。
さて、ここまではいわゆる「世界観」の話、ゲームのフィールドがどういう世界として設定されているかという推測だ。それとは別に、ゲームのジャンルというものがある。シューティングゲームとか、アクションゲームとかその手の分類だ。
これはおそらく、RPGすなわちロールプレイングゲームだと考えていいと思う。おれには固有の【ステータス】が存在し、【HP】すなわちヒットポイントが設定されている。まだ(準備中)表示ではあるが【バトル】機能もある。何より、【レベル】の表示がある。今後の行動によっては斎藤竹光というプレイヤーの【レベル】が上がって強くなるのだろうということが推測できる。普通こういう成長要素はRPGに見られるお約束である。仮にアクションゲームや戦略ゲーム・パズルゲームなど別ジャンルだったとしても、RPG風の要素を含んだゲームであることは確実だと思われる。
ちょっと気になるのは、同じく準備中のボタン【フレンド】である。これは他のプレイヤーを仲間にしたり交流したりする機能だと推測できる。しかし王道RPGの場合はふつう、仲間についてはパーティーとかクランとかギルドとかいう概念で管理するような気がする。
フレンドというのは何かもう少し、スマホのソーシャルゲーム系の機能を思い浮かべてしまう名前だ。ゲーム内のキャラクターそのものではなく、そのキャラクターを操作するプレイヤー(すなわち人間)がお互いに交流する時によく使うキーワードではある。
ということはこのゲームにはソーシャルゲームとしての要素が組み込まれていて、プレイヤーどうし沢山友だちを作って交流しないと攻略できない可能性もある。純粋なRPGではないのかも。
しかしまあ、プレイヤー名が【斎藤竹光】とおれの本名そのものなので、このゲームにおいてはキャラクターとプレイヤーの区別なんかないのかもしれない。フレンド機能とは単にパーティメンバー管理機能のことであって、大した意味なんかないのかもしれない。現時点ではヒントが少ないので保留だ。
もっとも重要な、ゲームのクリア条件は何だろうか。これは正直分からないが、少しだけヒントはある。やはり準備中の【コレクション】という機能だ。
何かを集めるゲームなんじゃないか? 7つの宝珠を集めるとか、151匹のモンスターを集めるとか、100種類のカードを集めるとかそういうやつだ。達成すればゲームクリアとなって、家に返してもらえる可能性がありそうだ。
もちろん【コレクション】はただのオマケ機能で、王道RPGのようにラスボスを倒すのがクリア条件かもしれない。考えたくはないが、他のプレイヤーを全員殺せば一人だけ助かるデスゲームのおそれだって相当あると思う。なんせ人をさらうような運営だ。
しかしまあ、これについてもヒント不足で保留だな。【コレクション】機能はいつかアンロックされるだろうから、その時に出遅れないようにはしよう。
もう一つ非常に重要な、ゲームオーバー扱いになる条件について。
これはほぼ考えるまでもなく、”HPがゼロになる”だと予測できる。これはお約束中のお約束なので、HP残量については常に意識して行動したほうが良さそうだ。
ゼロになったらスタッフが現れて、「斎藤さん、残念でしたねゲームオーバーですよ。ではお家までお送りしましょうね」と連れ帰ってくれるなんてお気楽なオチはまずない。こんな大掛かりなゲームフィールドを用意して、人間を無断で拉致してくるようなヤバい運営を信じる理由がない。HPが尽きた時は命の危機があると考えて動くべきだろう。
恐ろしいのは今のHPが60/100と表示されていることだ。まだ何もゲームらしいことはしていないのに満タンじゃない。なんでだよ。あの女に腕を切られたことでいきなり4割も減ったのか? HPの増減がおれ自身の肉体と関係あるのかどうかすら分からない。今後説明はあるのだろうか。
まずはどうやったらHP回復できるのかを知りたい。【アイテム】機能が開放されたら回復アイテムが手に入るのだろうか。薬草とかポーションとかか? できれば実際に食えるものが助かる。
死ににくくするため、最大値も9999とかにしたい。レベルを上げればいいのか? レベルを上げる方法はバトルだろうが、それは他のプレイヤーと戦わなきゃならないのか、運営が用意した敵キャラみたいなものもいるのか。せめて前者であってほしい。
考えるほどに不安は尽きない。いきなりHPゼロになったらどうしよう。他のプレイヤーと殺し合わなきゃいけなかったらどうしよう。取り急ぎ、おれは何をすべきだろうか?
やはり、物理的な衣食住の確保が最優先だろう。特に飲食物は必須だ。森の中に食える物はあるだろうか。果物とか野草・キノコとか? おれに見分けがつくだろうか。アリより怖い生き物はいないだろうか。無理そうなら川に戻ることも検討しなくては。
住すなわち隠れ家のような場所もほしい。あのヤバい女やアリに襲われずに済む、建物とか洞窟とかで休憩したり料理したり寝たりできると助かる。これがRPGなら村や街のような安全地帯を探すべきだろうか。どっちに向かえばいいんだ?
衣というか、装備も重要だ。他のプレイヤーがみんなあの女みたいに武装しているなら、おれも武器や防具がほしい。また宝箱を探せばいいのか? 村で買い物? 森で先の尖った木の棒や石斧みたいなものを作るという手もあるな。防具も作れるだろうか。材料は木の皮か?
あと気をつけるべきはあの女に会わないこと、スマホを守ることだな。どちらも致命傷になるかもしれない。
…………。
ざっくりだが、やるべきことが決まった。まず森で食べ物と水を探す。同時に最低限の武器防具を調達。そして夜までに安全な寝場所を見つける。ときどきアプリで残HPを確認する。
何とか全部こなせたら、攻略のためにアプリの機能開放を待ったり、どうやったらレベルが上がるのかの検証もしないとな。
あ、読者のみなさんのやるべきことは、おれの捜索願を警察に出すことだと思うぞ。この投稿一式を添えて。ほんといい加減、誰か気づいてくれねえかな…




