人間の食事
朝が来た。身体の節々が痛む。少し寒気がする。
心を無にして、灌木を処理する。尖った大きめの石を見つけてきて、それで枝を払う。切れない。手が痛い。灌木は枯れていないようだ。生木は切りにくい。力も出ない。しかし黙々と続ける。
1本だけ枯れ木があった。他のものより細かく切る。太い部分は踏んでへし折る。手が痛い。他の木と分けて積んでおく。
草も集める。なるべく枯れたものを。なるべく多く。
レシートはもうない。財布の中から裏が黒い紙を見つける。ネカフェの会員カード。岩の上に置く。飛ばないよう小石で押さえる。
ペットボトルで水を飲み、また水を入れる。太陽にかざす。光が弱い。まだ日が低いのか。
日が昇るのを待つ。かざす。待つ。かざす。
煙が、出ない。腕が、痛い。
空腹感がよみがえってきた。胃が締め付けられる。
かざす。かざす。
レンズの光が岩に当たっている。黒いカードは10センチも先だ。少し意識が飛んでいたようだ。
ボトルを持ち上げる。焦点の位置を調節する。腕が痛い。胃が痛い。調節する。
目を開ける。また意識が飛んでいた。煙たい。
煙が出ている!
カードにほぐした草をかぶせる。右手でレンズ位置を保持しながらそっと息を吹きかける。火が消える。もう一度、2センチ横を狙う。煙がでる。少し待つ。息を吹きかける。煙が、炎に変わる。
火だ!
レンズで加熱し続けながら積んだ枯れ草に手をのばす。少しずつ火を大きくする。火が大きくなる。熱い。希望の熱を感じる。草を足す。
ボトルを置いて枯れ枝を取りに走る。つまずいて転ぶ。枯れ枝に右頬をぶつける。足が火に触れ……る前に飛び退く。
枯れ枝を引っつかむ。そっと火にくべる。一本、また一本。空気の流れを止めないように。
枝の先端が焦げる。燃えろ。そのまま燃え上がれ。くすぶる。
草を足す。枯れ葉も足す。息を吹きかける。枝の周りの火を大きくする。ススが舞う。
枝に火がついた!
枝を足す。枯れ木を全部持ってくる。キャンプファイヤーを意識してやぐらのように積み上げる。
ぱちっ…ぱちぱちぱち。
めらめらめら。
火だ。暖かい……!
さかな。魚を焼こう。食べ物だ。
生木の枝の硬そうな部分を1本選び、宝箱に近づく。フタは開いている。昨日捕まえた魚が少し動く。まだ生きている。
箱に入ったままの魚を素手で引っつかむ。枝の先端を口からぶち込む。血が水を染める。すまない。食わせてくれ。そのまま押し込む。枝が腹から出る。ななめだったか。刺し直す。血が出る。何とか尾の辺りまで貫通する。
火に戻る。よく燃えている。高さ50センチほどの焚き火だ。魚を刺した串をかざす。
しまったな。大きな石の上で火を起こしてしまったから、串を地面に刺せない。手で支え続けるしかない。ペットボトルのレンズを保持し続けて腕はもうガクガクだが、同じ保持でも魚の串を持つのは希望のある疲労だ。
魚の表面が焦げていく。食い物の匂いがする。裏返す。脂がジュッと鳴る。食い物だ……!
どのぐらい焼けばいいんだ? 生焼けはヤバいか? 焦げて食えないのはもっとヤバくないか?
ジュージューと音がする。外側は完全に焦げた。裂けた皮から中の白い身が見えている。これはもう、食えるんじゃないのか?
かじりつく。熱い。ふーふー吹く。またかじる。焦げが苦い。が、焼き魚の味がする。塩味も何もない。が、旨い。夢中になってがっつく。小骨ごと食いちぎり、咀嚼する。
魚はすぐになくなった。ペットボトルの水を飲む。とりあえず腹も下していない。これは飲める水だ。魚も、種類は分からないが食える魚だ。飲み物と食い物にありつけた。
火から少し離れて横になる。助かった、おれは生きている、という気持ちがわいてきた。スマホを取り出してこの日記を書いた。




