【旅立ちの朝】だ
あんまり眠れなかった。石と砂のベッドじゃな。冷たいし。腹へってたし。不安だし。腹へってたし。身体痛いし。腹へってたし。
寝るために、バッテリもったいないけど少しなろう小説を読んだりもした。初めて読んだ、少女が異世界で生産職になる小説が面白かったが、途中でリタイアした。うまそうな肉料理を食うシーンに堪えられなかった。グーグーを超えてゴーゴー鳴る腹を手であっためながらだましだまし眠りに落ちた。
今はそこまで空腹感はない。ピークをすぎたのかもしれない。いや、こんなのは中休みみたいなもんで、これからピークが来るのか。そうだろうな。そうなる前に何か食い物を見つけよう。
時刻は7時。早いな。そもそもここは日本標準時が適用される地域なのかね。スマホのバッテリは意外にも45パーセントも残っている。寝る前はもう少し減ってた気もするが、まあ多いぶんには文句はない。
出立の準備をする。といっても服についた砂をはらうだけだ。そういや左手の怪我はほとんど治ったようだ。
せめて何か持ってけるものはないか。まずペットボトルは確保しとこう。水筒になる。今は空の水筒だが。
コンビニの袋も何かの役に立つ気はするが、サラダ巻きの容器とパンの袋はどうするかね。置いてってもいいが、他のプレイヤーに何かヒントを与えてしまうかもしれないな。これがデスゲームなら追われるかもしれん。持っていこう。
そうなると一応、痕跡を消したほうがいいのか? 寝床の砂を足で均してみた。靴の跡が残った。これはきりがないな。歩いてれば砂地にも足跡がつくだろうし、あきらめるか。体力がもったいない。
いよいよ回廊の外に出ようとして、目についた物がある。大小ふたつの宝箱。大は無理でも小は持ち運べるサイズだな……
「よいしょっと」
持ってみる。ちょっと重いが、そこまででもない。頑丈でフタのできる箱か。カバン代わりになるか? いざという時に鈍器や盾にもできる?
何か高級感もあるし、中もきれいだし、一応持っていくか。ここにペットボトルとかも入れたらまとめて持ち運べるし、重くて歩けなくなったら捨てればいい。厳密に言えば拾得物の横領だが、宝箱の中身ってそもそもそういうもんだよな。中のアイテムの代わりに宝箱を持ってくプレイヤーというのもちょっと面白いかもな。
自分にまだ面白がれる余裕があることに少し安心し、コンビニ袋一式を宝箱にほうり込む。
お、これ留め金もかけられるのか。開けた時はかかってなかったな。やっぱ別のプレイヤーが開封済みだったのかもしれん。よく見る、金具を穴に入れて回してロックするやつじゃなくて、フックみたいなのを引っかけるだけの構造のようだ。いちおうかけておこう。宝箱(大)のほうはそういう留め具はないな。フタだけ閉めとくか。次に開けるやつへの嫌がらせだ。おれと同じ気持ちを味わえ。
宝箱(小)を小脇にかかえて、回廊の外に出た。昨夜考えたのだが、【後ろ】側(暫定だが北方向)に見えた川をめざそうと思う。水の確保が優先順位ナンバーワンのはずだ。のどかわいた。
見通しのいい平地だし、塔の外壁に直角になるよう意識して歩けばそこまで方角はズレないだろう。むしろ脚と胃が持つかのほうが心配だ。何kmあんだろ。
塔を離れたらWi-Fiもさすがに切れるかな。そう考えたらこれが最後の投稿になるかもしれないな。みんな警察に捜索願を出しといてくれよ。おれの氏名は斎藤竹光な。頼んだぞ。
砂っぽい荒野を少し歩き、ふと思い立って振り向いて、スマホで塔と回廊の写真を撮った。デスゲームの記録だ。生きてこれを見返す日が来ますように。
じゃあ読者諸君、ひとまずさよならだ。




