ブチ切れた
「なんで宝箱の中に宝箱があんだよ! 何の意味があるんだ! マトリョーシカかっ!」
半ギレになってののしる。実際意味が分からない。”スタート地点”付近に思わせぶりに宝箱置いといて、その中身がまた宝箱とか、プレイヤーをおちょくってるんだろうか。
……。
いやまあ、たとえば箱の中身がすごい貴重品で、二重に格納することで大事に守ってるという線はあるかもしれないな。
そう思ってみると、新しい宝箱はなんか立派だ。高級感がある。外側の箱は木でできてたけどこっちは金属製だ。銀色の本体に銅色(?)の装飾。それに小さい。外箱は小学生用の跳び箱ぐらいはあったが、内箱はせいぜい救急箱ぐらいだ。RPGの”宝箱”じゃなくて、むしろリアルな”宝石箱”という風にも見える。
キレてないで開けてみるか。
「レアアイテム、出てこいや!」
がちゃっ
……。
空。
……。
「てめえっ! なめてんのか!! 人を勝手にさらっといて! わけの分からん暗闇に閉じ込めて! 飯も食わさず! 何の説明もせず! 思わせぶりな建物用意しといて! 空か! 空っぽか!? 建物も宝箱も!! いらんやんけそんな舞台装置! ふざっけんなっ! せめて、まじめにやれや!」
箱をぶん投げる。
壁に当たる。
「まじめにできねえんなら家に返せっ! なにがISEKAIだ! サムいんだよセンスが! どうせ深夜アニメでも見て思いついたんだろうが! この陰キャが!」
壁をける。
「お前らがまじめにやらないんならなっ! おれだってまじめにクリアなんかしねえからなっ! 絶対に逃げ出してやる! こんなできそこないのゲームっ!」
ける。ける。蹴る。
「死ねっ! クソがっ! クソゲーがっ!!」
はあはあ。
はあはあ……
「もうアパートに帰してくれよ……。いやだよこんな場所に一人きりでよぉ……」
涙が出てきた。
……。
…………。
石の床に横になった。ふて寝だ。
現実逃避になろうにアクセスして、投稿はせずにお気に入りの小説の続編を読みふけった。新着分を読み終わったら別の作品も読んだ。ちょっとエロいのも読んだ。下品なのも読んだ。ちょっとだけ元気出た。
回廊が暗くなってきた。スマホを見るともう18時をまわっている。日が暮れるのかもしれない。やばいな。ゲームの攻略どころか、何も食べてない。クリア前に餓死してしまう。
外に出るか? 窓の外をうかがう。やはりだいぶ暗い。近くには砂と岩しかない。遠くに灌木みたいなものは見えるが、食えそうなものは何もない。
屋根の上から見た森や川まで行けば、何か食えるものがあるかもしれない。でもそこまで行く前に確実に日が落ちる。夜の荒野や森ですごすサバイバルスキルなんて持ってない。左手の怪我も治ってない。やばい。魔王を倒すとか謎を解くとかじゃなくて、生存ゲームだこれは。
コンビニの袋をもう一度開く。ゴミしか入ってない。よく見る。焼きそばが1本残ってた。口に入れる。紅しょうがも一かけらあった。そしゃくする。サラダ巻きのごはんも2つぶ容器の端につぶれてた。ありがたくいただく。ペットボトルに半口ぐらいオレンジジュースが。ゆっくり味わいながら飲み込む。
これで本当に何もなくなった。まったく足りない。足りないが、これ以上体力を消耗できない。スマホのバッテリも気づけば残り41パーセントだ。こっちもむだ遣いはできない。
今日は屋根のあるここで寝ようと思う。
周囲を見渡す。壁に投げつけた箱が落ちている。壊れてない。けっこう丈夫だなこれ。金庫みたいだ。よく考えたら、やっぱ何かしら貴重なアイテムが入ってたのかもしれないな。おれの前に目ざめたもう一人のプレイヤー、背中に怪我してるあいつが先に開けて中身を持っていっただけかもしれない。
「律儀にフタしめてくんじゃねーよ。期待するだろ……」
ボヤきながら寝床にする場所を探す。【右】側の窓の近くに、外から入り込んだであろう砂が吹き溜まってる場所があった。石の床よりはやわらかそうだし、比較的明るいし、ここで寝よう。こっちが明るいってことは、【右】は西側なのかもしれない。そしたらおれの閉じ込められてた【前】側は南か。
明日は食べ物を探しに行こうと思う。外に。どっちの方角に行くか考えとかないとな。今は休もう。
でももう一度だけ書いておこう。
これを読んでいる皆さん、どうか助けてください。おれの名前は斎藤竹光25歳。愛知県高柳市に住んでいました。今は異世界のようなところにさらわれています。家に帰りたいです。警察や役所に連絡してください。お願いします。




