異世界ものかよ!
宝箱が出てしまった。
それも、THE 宝箱って感じのやつだ。古びた木でできてて、鉄のタガがついてる、横に長い四角くい箱。丸みを帯びたふたが上方向にパカッと開くやつだ。一抱えぐらいあるデカいやつだ。金銀財宝とか武器とか魔法のアイテムが入ってるやつだ。
何の当てもない現状、もちろん開けてみるしかないのだが、その前におれは考え込んでしまった。
突然、見慣れない異国風の建物に連れてこられた現代日本人。彼の目覚めたそばにはファンタジーRPGに出てくるような宝箱。おまけにスマホのアクセスポイント名がISEKAI。これは何を意味するか?
異世界転生、ではない。肉体はそのままだから転生じゃなくて異世界転移、でもない。そんなことはどっちもあり得ない。
言っておくが、おれはなろう小説が好きだ。金がなくて暇だけはある生活のせいもあって、暇つぶしにほとんど毎日読んでいた。一番の趣味だと言ってもいい。そして異世界転生ものも大好きだ。現実を忘れさせてくれるからだ。
うだつの上がらないバイト生活、そのバイトすらクビになってからのここ1か月、おれは暇さえあればなろうを開いて異世界小説を読みふけっていた。現代日本人がファンタジー世界に飛んで、剣や魔法で冒険したりなり上がったりハーレムを築いたりする。そこは理想の逃避先だった。
だがおれは、自分が実際に異世界転移したいと思ったことは一度もなかった。なるほど異世界ファンタジーは楽しい。でもそれはおれが安全圏から娯楽として読んでいるからだ。本当に剣で命のやりとりをしたり、スマホもネットもない世界に暮らしたいとは思っていなかった。今も思っていない。
そして何より大事なのは、おれが異世界転生や転移の存在なんか信じていないってとこだ。そんなことは現実には起こり得ない。言い方は悪いが、しょせんはフィクションだ。
そりゃまあ、この広い宇宙のどこかに、昔のヨーロッパみたいな文明を築いている地球外知的生命体がいないとは言い切れない。あるいは何かの拍子に、現代人が地球の中世ヨーロッパそのものにタイムスリップするという現象だって絶対に起こり得ないとまでは言えない。他にも、平行世界・世界線、呼び方は何でもいいが、俺達の社会とはちょっとだけ違った”別の世界"があるなんてSF的な空想も受け入れることは可能だ。
だがしかし、だがしかしだ。なろう小説にあるような都合のいい異世界転生なんか絶対にない。それは自信を持って言える。
子猫をかばってトラックにはねられ気がついたら真っ白な空間で女神様に声をかけられて、何かのチートスキルをもらって剣と魔法の世界に転生し、現代知識とチートを駆使してモンスターをけちらし、現地の美少女をメロメロにしてはべらせ、エルフやらドワーフやらといっしょに大冒険、勇者となって魔王を倒し世界を救う、そんなことはあり得ない。荒唐無稽な幻想だ。現実はゲームやなろう小説じゃないんだよ! 分かったか!
……。
脳内で誰とも言えない架空の人物を罵倒してしまった。
あらためて現実を受け止める。確かに目の前に宝箱はある。知らないうちに外国風の場所にいたのも事実だ。しかしこれらはどちらも現実的な解釈が可能だ。誰がおれを拉致して外国(もしくは外国風に作った場所)に送り、そこにゲーム風の宝箱を置いておけばいいだけだ。異常な事態には違いないが、物理的には可能なはずだ。これは異世界じゃない、現実だ。
やはり酔狂な大金持ちのしわざという線が有力だと思う。おれみたいな無職の独り者をさらったあたり、警察とかにバレて騒ぎになるのを避けたんだろう。犯罪ではあるがそれなりに理にかなった行動だ。
「でもおれ、なろう上で本名出して救助要請しちゃったけどな」
ちょっとだけ愉快になる。残念ながらおれの投稿作はまだ世間の話題にはなってないようだが、そのうち誰かの目に止まりさえすれば、これをきっかけにはた迷惑なサイコパス大富豪の野郎がお縄になることだってあり得る。ザマアだな。
たぶん、今スマホがなろうにだけ繋がってるのはただの設定ミスか何かだろう。特に意味があるとも思えない。案外、おれを監視してるであろう連中もなろうの大ファンで、ここのネットワーク設定の例外扱いになってたりするのかもしれん。ISEKAI-NETなんてふざけた名前のWi-Fiを用意するようなやつだしな。
何にせよ、ある意味この投稿だけが心の支えだから、しばらくはこのまま繋がっててほしいもんだ。バッテリもなるべく持ってほしい。
ああ、いや待てよ、Wi-Fi接続名なんてのは連中が自由に設定できる。そしておれ(おれ達?)のような接続者はその名前を見ることができる。ということは、この名前はわざとか? おれ達プレイヤーに、(これって異世界に来ちゃったのかも)と信じさせるための誘導なのか?
……。
うん、要するに、このリアル脱出ゲームは、”異世界ファンタジー風”がテーマなんだろう。そう思えてきた。手の込んだこった。最後は魔王でも倒させる気か?
くそっ、何にしても連中の手の上で踊らされてるようで腹立つな。おれは異世界転生もしたくないがリアル脱出ゲームだって全然やりたくないぞ。冒険はしたくない、早く家に帰りたいんだよ。
愚痴っても意味ないし、さっさと宝箱あけてみるか。どうせこれも仕込みなんだ。地図とか軍資金とかが入ってるんだろ。それかナイフか木の棒あたりの武器か?
宝箱のふたの両サイドをつかむ。まだ左手が痛いな。血は止まったみたいだが。
一気にふたを開ける。ちょっと重たいが、予想通り鍵はかかってない。罠とかもたぶんないだろう。これは言ってみりゃ運営側のチュートリアルの一環だからな。さて何が入ってるんだ? 食い物がほしいんだが。
「……おい! 運営ふざけんなてめえ!」
宝箱の中には、小さい宝箱が入っていた。




