周辺の状況
塔を見上げる。何メートルか上に出っ張りというか、壁がせり出してる箇所があるようで、そこより先が見えない。なるほど、あの出っ張りがあったから、おれのいた空間には日が差さず真っ暗だったのかもしれないな。
おれの出てきた穴を見る。やはり塔の壁から40〜50センチほど離れた位置まで屋根に隙間があいている。
(ん?)
何か光るものが穴の縁に落ちている。穴に落ちないようにそっと近づく。
「なんだ、100円か」
おれが下から投げたやつにちがいない。あの時は2回金属音がしたから、1回目は塔の壁に当たった音、2回目が屋根の縁に落ちた音だったのかな。われながらうまい位置に投げたもんだ。
一応回収しておく。この先お金が必要になるかもしれない。見なれた自販機でもあれば、ここが日本だと分かって安心できるんだが。
さて、穴にはもう用はない。底に自転車の鍵は落ちてるかも知れないが、今はどうでもいい。今度は少し離れたところから眺めてみよう。
石屋根を歩いて塔から遠ざかる。屋根の縁近くまで慎重に進み、ついでに下をのぞいてみた。
「う……マジかー」
一面の草原、というより荒れ地? とにかくずっと遠くまで何の建物も見当たらない土地が広がっていた。起伏はあまりなく、草木もほとんどないようで、赤っぽい土肌が見えている。はるか向こうには何か黒っぽい塊がある。森だろうか。
ちょっと見たことがないぐらいのド田舎だ。いや田舎でも普通田んぼとか民家とかあるよな。ここ、やっぱり外国なのか? でも愛知県のアパートで寝てた人間を、ほんの数時間で外国に連れていけるもんか? それって…
びゅうっ
「うわ!」
急に強めの風が吹いて足がふらつく。あわてて四つんばいになって転落を免れた。
(ふぅ…)
こんな不安定な場所にいつまでもいられない。とにかく早く安全な場所を探そう。
屋根に手をついたまま塔のほうを振り向く。やはり塔だ。それも外国風の建築。何と呼ぶのか分からないが、人の歩けそうな出っ張りが途中に2箇所あって、先端はおそらく尖った屋根、つまり尖塔だ。よく見えない部分もあるが、出っ張りも屋根もみんな壁と同じ黄色っぽい石でできているようだ。高さは30〜50メートルぐらいだろうか。
側面も見てみたい。ゆっくりと屋根の中央付近に戻る。石自体はしっかりしてそうだが、慎重に足場を確かめながら歩く。塔を回り込む。
塔の右側も大した違いはないようだ。入り口なんかも見当たらない。外側の建物、つまり今歩いてる屋根はさらに右側にも続いているようだ。コの字じゃなくロの字だったか。
さらに右へ右へと進む。ほとんど変化がない。塔の入り口も、屋根から降りられそうな階段も何もない。太陽はほとんど真上にあるようで、日陰も少ない。見落としはないと思う。
そのまま何周もぐるぐる回って、少しはようすが分かってきた。
まず、塔とこの屋根の間の隙間は、おれが出てきた箇所と、その180度反対側にだけあるようだ。出てきた穴を【前】だと仮定すると、【後ろ】には同様の穴があるが、【右】と【左】にはなく、屋根と塔の壁が接している。まあそれはそうかもしれない。おれのいた穴は1✕5メートル程度の四角い空間だった。もし四方に隙間があれば、あの空間はロの字形につながった回廊になっていたはずだ。
あとで一応、【後ろ】側の隙間ものぞき込んでみよう。おれみたいに閉じ込められた誰かがいないとも限らない。
次に分かったこと。今いる屋根はそんなに地上から高くない。うつ伏せに寝た状態でそっと顔だけ屋根から出して確認してみたが、おれの住んでる2階建てアパートの高さぐらいじゃないかと思う。飛び降りたら怪我はするだろうが、死にはしないんじゃなかろうか。
それから、建物の周りの環境を確認できた。まず【前】側は荒野で、遠くに森。【右】側も荒野だが、はるか遠くに山。【左】には荒野がどこまでも。【後ろ】も荒野だが、川のようなものが見えた。荒野の大バーゲンだがが、向かうなら水のあるほうだよな。
しかしとんでもなく規模のデカい脱出ゲームだな。ここは無人島か何かか? 謎解きじゃなくてサバイバル系の企画なのか?
もう一つ分かったこと。周囲に人はいない。少なくとも、見渡す限りの荒野には誰もいない。視力0.7で見える範囲には誰も歩いてないし、民家も人工施設もない。
冷静に考えるとおかしいんだよ。おれは今ISEKAI-NETとかいうふざけた名前のWi-Fiを使って投稿してるわけで、その基地局(?)は絶対に近隣にあるはずだ。はっきり言えばこの建物、特に尖塔が怪しい。電波塔なんじゃないか? であれば入り口がない理由も思い当たる。つまり【プレイヤー】が入れない場所なわけで、【運営】の人間が潜んでるんじゃないだろうか。監視システムと共に。そう思うと塔から人の視線を感じるような気がしてくる。くそっ。
おまけの情報。お助けアイテムはない。屋根の上はくまなく探したが、最初に見つけたコンビニ袋の他は何も役に立つものは落ちていなかった。武器も食料も地図も宝箱も何もない。せいぜい、塔の建材と同じ石の破片がいくつか落ちてただけだ。どう見てもただの石だった。拾って塔にぶつけてやろうか。
……。
方針は決まった。屋根から外に飛び降りる。しゃくに障るが、他にできることがない。素手で塔は登れないからな。
なるべく怪我をしないように降りて、今いる建物に入れる門とかを探す。入り口があればそのまま塔に登れるかもしれないし、そうじゃなくても建物内に何か物資があるかもしれない。
何もなかったとしても、このまま屋根の上で干からびるよりは、歩いて川にでも向かったほうがマシだろう。
……。
うん、いきなり飛び降りるのは怖いから、覚悟が決まるまで先に【後ろ】の隙間でも調べてみるか。