第四百九十七話 未来へ
新たに創設された世界政府は、旧国連本部をそのまま利用している。無論、旧国連本部を利用する事に反対する国も存在した。
世界政府がニューヨークに置かれるならば、これから世界の中心がニューヨークになる。そうなれば、必然的にアメリカに人が集まるのは容易に予想が付く。言わば、利権が絡む故に出る発言であった。
わざわざ新たな施設を建設する資金が有るなら他の事に使うべきと、ペスカはそれらの発言を全て却下した。
ペスカ自身は、世界政府に席を置いていない。当然、発言権など有りはしない。しかし、世界平和宣言を世界中の国に出させ、戦争を止めたのはペスカである。また、世界政府の創設に尽力し、整えるべき法案作りにも知恵を貸した。平たく言えば、ペスカは各国の首脳に影響力を持つ、ご意見番である。
尤も、戦争を止める際にペスカは自らの存在を明かしている。ペスカが異世界の住人であり、また神の一員である事は、首脳間で周知の事実となっている。
ただ地球の問題は、地球に住む者が解決すべきであり、異世界の神が過度な干渉をするべきではない。故に、ペスカは世界政府の骨子となる部分についてのみ発言し、後は三島に任せていた。
法案作りは三島の主導で行われた。ただペスカは、全ての法案に目を通し、意見を述べた。
今の現状は、ミストルティンの目的とそう変わりはない。寧ろ、ミストルティンの思惑通りに事が運び多くの人間が死を迎えた。そして生き残った者達で、新たな社会を創り始めている。
当然、ミストルティンは『その後の世界をどうするのか』も視野に入れて行動していた。
人口が大幅に減少し管理しやすくなった世界を、一つにまとめ上げる事は目的の一つであり、その為に施策も既に用意されていた。
一見すると、ミストルティンが理想に掲げた世界創りにも見える。しかし、彼らの目論見と大きく異なるのは、世界政府にミストルティンとその下部組織の意志が介在しない事であろう。
何よりも重要なのは、本来はミストルティンに都合が良い様に作られていた施策を、ペスカが方向修正している。
また新たな体制は、世界政府を中心とし各国に自治権を与える物になっている。現状では、各国の代表が世界政府の議員を兼任しているが、いずれは分けられるだろう。
そしてこの日、何度目かの会議へ参加する為、深山を中心とした外務省の特別班に、ペスカを加えた一行が、ニューヨークに有る世界政府本部へ向かった。
これまでのさばってきた富裕層が、全ての財産を吐き出したのだ。復興資金に関しては、潤沢である。しかし、戦争復興に各国が尽力する現状で直面している問題は多い。そして、取り決めるべき事案は山の様に存在する。議会は一週間以上に及び、最優先事項から決議が行われた。
未来像の構想をしていたのは、ミストルティンだけではない。深山は、理想の未来を掲げて行動してきた。そして、議会へ参加するにあたって入念な準備もして来た。議会で発言、提案等、最も存在感を示したのは深山であった。
三島が提案した施策に深山が意見を述べ、その代案を提示する。二人は立場が違えども、現状に甘んじる事なく、より良い未来の形を模索してきた。ある意味では、同じだと言えよう。
深山の意見に、アメリカとロシアの大統領が賛同し、つられる様に他の国々も賛同していく。
最後で裏切った事実は有っても、両国の大統領は深山と同じ理想を掲げた同志である。この三者が、再び手を取り合い理想に向けて邁進する事が出来るのなら、それ以上に心強い事は有るまい。
世界政府が出来たとしても、世界が一つになったとは決して言い切れない。それならば、同志を増やしていけばいい。それは、決して叶わぬ理想論ではない。現実にする事が出来る、大きな機会を得ているのだ。
深山らが率先して、一つ一つ理想を具現化していくことで、賛同者が増えてくる。議会の中には留まらず、深山らに賛同する者は世界中に現れる。そして、和が生まれる。
それは小さな和であろう。しかし、やがて大きくなり世界に調和が生まれる。今、世界は新たな時代を迎えているのだ。
間違いなく世界は変わる。グローバルスタンダード、そんな表層的な基準だけに留まらない未来がやってくる。
かつて、意見すら出来なかった飢餓に苦しむ難民達の中から、世界政府の中枢を支える人材が生まれる。それこそが、変わりゆく世界の象徴であろう。
☆ ☆ ☆
余りに多くの事案について、決議しなくてはならない。当然、議会は長時間に及び、参加者にも疲れが見え始める。一先ず最優先となる事項を決議し終えた議会は、休憩を取る意味で一時中断となる。そしてペスカ、深山、三島の三者は会議室を借りて、軽い打ち合わせを行っていた。
「あのさぁ、三島のおじさん。私が壊さなかった機械の事だけど」
「あぁ。君の助言に従って、ミストルティンが保有していた機械は、すべて開示した。現存している物は、科学者達を集めて検査を行わせている」
「その中に、砂漠を緑に変えるってのが有ったでしょ?」
「あぁ。大地に及ぼす影響が未知数であったから、我々も使用を躊躇していた機械だ」
「しつこいかもしれないけど、実証実験は何度もやってね」
「わかってる。一見して便利に見える道具でも、どんな影響が有るかはわからないからね」
「三島さん。その実験データは、開示前に見せてもらう事は可能ですか?」
「構わないよ、深山君」
「危険性が有るからと、使用を禁じるのは簡単です。でも、それで納得できない者も現れるでしょう。特に砂漠を緑に変えるなんて、とんでもない機械なら尚更です。打開案の検討、それが不可能なら説得材料を作らなくては」
「確かに、深山君の言う通りだね。希望を持たせて駄目だったでは、諦めきれないだろう。理解したよ、科学者にはそれも含めて依頼を追加しておこう。善は急げだな、私は少し失礼するよ」
三島が席を立った後も、ペスカと深山は打ち合わせを続けていた。ペスカと論ずる事が出来る深山は、相当に優秀だと言えよう。それが、正当な形で発揮されるのは喜ばしい。
三島が会議室を出てから数分後、ドアをノックする音が聞こえる。そして、室内に入ってきたのは、アメリカとロシアの大統領であった。両大統領は、徐に深山へ近づくと深々と頭を下げる。
「きちんと、謝罪をしていなかった。誤って済むとは、思っていない。私の軽率な行動で君を裏切り、盟友を死なせた。それを謝罪したい」
「我々は、君の能力についてもっと深く知るべきだった。あの様な悲劇を起こしたのは、我々の責任でも有る。君の理想に賛同し協力を約しながら、情けない限りだ。イゴールを殺したのは、邪悪な神であろう。しかし、その原因を作り上げたのは我々だ。本当に、申し訳なかった」
両大統領の瞳は、単に謝罪を口にして楽になりたいと思っている人間のものではなかった。
幾ら謝罪の言葉を口にしても、死んだ人間が生き返る訳ではない。そんな事は、わかりきっている。戦争で死んだ人間が、どれほどに存在するというのだ。国を代表する者として、その罪を背負い続けなければならない。
だからこそ正式に謝罪をし、改めて関係を築いていきたい。未来を一緒に創っていきたい。もう一度、理想を形にしたい。
その助力になるのなら、幾らでも頭を下げよう。幾らでも謝罪を述べよう。
例え許しを得られなくても、遺恨が残ったとしても、割り切って共に立つ事だけは、許容して欲しい。それが、犯した罪への償いとなる。
そして謝罪を受けて深山は穏やかな笑みを浮かべた。それは、深山本来の柔らかな表情であった。
「私は、犯した罪を償わなければなりません。私は死んだ仲間達の為にも、描いた夢を叶える義務が有ります。誰もが平和を享受出来る世界。これが、私と仲間達が理想とした世界です。我々は、家族になったんです。手を取り合いましょう。そして、新しい世界を創っていきましょう。皆が一つになれば何だって出来るはずです。どんな困難も乗り越えられるはずです。この世界を救った、英雄達の様に」
謝罪の必要は無い。罪を犯したのは自分なのだから。全ての結果は、道を間違えた自分に有るのだから。しかし、罪の意識を感じているなら、力を貸して欲しい。共に戦って欲しい。
深山の意志は、伝わったのだろう。両大統領は頭を上げて、深山に笑みを返した。そして、握手を交わす。
恐らく、これが始まりなのだろう。この時ペスカは、自分の役目が終わりに近づいた事を感じていた。
未来を託せる者がいる。確かな信頼がそこには有るのだから。そして、ペスカは笑顔で告げた。
「後は頼むね」
その一言で充分だったのだろう。会議室を出るペスカに深山は深く頭を下げた。それ以降の議会に、ペスカは参加する事無く帰国の途に就いた。
踏襲し、現状を維持し続けるのは、努力さえすれば誰にでも出来る。誰も見た事の無い、未知を切り開くのは誰もが不安を感じるだろう。彼らは力を合わせて未来を創っていく。希望に溢れる未来を。
そう、未来は輝いている。




