表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
終章 二つの世界、それぞれの未来

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

497/506

第四百九十六話 希望の苗 後編

 東郷邸を出た空は、直ぐに再開された大学の講義で忙しい毎日を過ごしていた。


 机上の学習だけでなく実習が体験できるのは、医学を志す者にとって非常に有意義である。ただ、他の医学生達と空が異なるのは、潜り抜けて来た修羅場の数である。空は、ロイスマリアで死を目の当たりにして来た。

 マナの扱いに長け、治療に関する魔法を直ぐに習得した空であったが、救えない命は沢山有った。それ故に知識と経験を求めた。


 恐らく今の空は、解剖自習で不快感を覚える事は無いだろう。何故なら、腕どころか両足まで失った兵士を多く見て来た。治療が不十分で死んでいく兵士を、嫌というほど見て来たのだから。

 

 ただし、そんな経験をして来たからと言って、正確な治療が行える訳は無い。知識をどれだけ詰め込んでも、実務を通してでないと身に付かない物も有る。


 日本では、臨床実習を重ね大学を卒業し医師免許を取得した上に、二年以上の臨床研修を求められる。

 義務付けられた課題をクリアすれば、自分で開業する事も可能である。しかし、経験が浅ければ、それだけ戸惑う事も多いだろう。


 言わば戦力となるには、より多くの経験を重ねる必要が有る。医療の現場では、間違えたでは済まされないのだ。それでも、医療ミスは無くならない。


 それは、医者に掛かる負担が過大で有る事が、一因として上げられるだろう。求められるハードルが、異常な程に高いのだ。

 制度上、医師が偏在化し易い現象も見受けられる。また、過度な労働に見合った対価を得られない医師が存在する中で、倫理観の欠けた医師や団体等も存在する。『医者というだけで偉いと勘違いする愚か者』が存在している事は事実であるのだ。


 空の場合は、それらの欲に塗れた愚か者とは掲げる目標が異なる。単なる医大生と比べ物にならない、遥か高い目標を掲げている。それは、医療というものをロイスマリアに持ち込む事である。

 

 医学は多岐の分野に渡る。だが空の場合は、単に外科的知識だけ有っても、意味がないのだ。内科的知識は豊富だが外科的知識に疎くても、また意味が無いと言えよう。また薬学にも精通している必要が有る。精神や神経学についても、同様であろう。


 では、先進医療は? それが、ロイスマリアで導入される事は、相当先の未来であろう。しかし、知識を有しているのと全く無いのでは、いざという時の対処方法が異なる。

 

 多くの事を学び身に付ける為には、一分一秒足りとも無駄にはしたくない。それが今の空である。

 

 空は、大学の授業だけでなく、自己学習でより多くの知識を得ている。また、大学の教授を捉まえて、幾つもの疑問をぶつける機会も多い。実際に医療現場で活躍する医者を紹介され、医療について学ぶ機会も少なくはない。


 ただ、そう言った機会で女性が欲望のはけ口になる事は、少なからず存在するだろう。特に、容姿端麗でスタイルの良い空は、格好の的に違いあるまい。大和撫子然とした空が近付いてくれば、大抵の男は勘違いもするだろう。

 しかし、多くの場合は空が持つ芯の強さを感じ、圧倒されるのだ。それでも、勘違いが治まらずに手を出そうとした愚か者には、手痛いしっぺ返しが待っている。


「君、酒の席で酌も出来んのかね。いいから、こっちにきたまえ」


 酒に付き合えば、医療現場について語ってやると豪語した、とあるベテランの医者がいた。彼は、酒の席で酌どころか、空の体を触り夜の接待まで行わせようとした。しかし、あっさりと空に切って捨てられた。


「あなたのしている事は、れっきとしたセクハラです。この店内に、監視カメラが幾つあるかご存じですか? それとあなたの発言は、ボイスレコーダーに記録させて頂きました。あなたが、私を脅して卑猥な事を要求したのは、録音されています」

「な、生意気な! そんな物が証拠になるか! そんな物、私は簡単に握りつぶせるのだぞ! 医師としての君の将来は、私にかかっているのだ! わかったなら、そのボイスレコーダーとやらを、渡したまえ!」

「あなたが、医師会で発言権が有るのは、存じ上げています。ですが、あなたが行ったセクハラは、消える事は有りません。あなたは、他の女性にも同じ事をしているのですか?」

「私に歯向かえば、君の将来がどうなるか、わかっているのか?」

「構いませんよ。私は、日本で医者になるのが目標ではありません。医学を学べるのなら、日本でなくても構いません」

「なっ! 君にも、その気が有ったのでは無いのか? だから、私の誘いに付いてきたのだろ?」

「何を勘違いなさっておいでですか? 私はあなたの経験談を拝聴出来ると思い、この場に来ました。それ以外に何が有るのです?」

「馬鹿な! 勘違いは、君の方じゃないのかね!」

「少なくとも、私をお誘い頂いた時、あなたは仰いましたよね? さて、なんと仰ったか、再生してみましょうか?」


 医療の現場には様々な問題が有る。それに対処しなければ医療に明日は無い。君らの様な若い人を、育てるのは私らベテランの義務だ。だから、色んな事例を聞かせてあげよう。

 ただ、私も多少は忙しい身でね時間には限りが有るのだよ。明後日の夜、八時なら時間の都合が付く、申し訳ないが指定の場所に来てくれないか?


 ボイスレコーダーから流れて来たのは、間違いなくその男の声である。言い逃れも出来まい。そして空は、男を追い込む様に、言葉を続ける。


「大先輩から教えを乞う、貴重なお時間を頂戴したと私は思っておりました。それ故、酔いつぶれない程度に、お酌をさせて頂いたつもりです。しかし、あなたは暴飲し酔った挙句に、セクハラ行為を行いました。あなたがどの様な形で私の行く手を阻むのか、知りたくも有りません。ですが、私には警察の上層部に知り合いが居ます。現外務大臣とも既知であると、記憶しております。もしあなたが私に戦いを挑むなら、正当な場で勝負をつけましょう。決して、あなたの汚い手で隠蔽出来るとは思わない事ですね」 


 その後、そのベテランの医者は医師免許をはく奪され、医療の現場から姿を消した。その医者を空に紹介した大学教授も、お咎めを受けたのは間違いない。

 

「はぁ。相変わらず、残念な子だね。そんなの上手く躱して、煽てるだけ煽てて、美味しい所だけ貰えばいいじゃない」

「そんな器用な事は、ペスカちゃんじゃないと出来ないよ」

「はぁ。ほんと、空ちゃんは不器用というか、真っすぐというか。ある意味、お兄ちゃんとそっくりだね」

「そんなんじゃないよ。私は、冬也さんみたいに立派じゃないし」

「謙遜が過ぎると嫌味になるって、ほんとだね。それで例の話は、どうするの?」

「応募したら、即採用されたよ。学生に頼る程、向こうは深刻って事なんだよね」

「そっか。まあ、採用の理由はそれだけじゃないと思うけど。でもそれなら、暫くは海外だね」

「私でも、力になれる事があるなら何処にだって行くよ。不謹慎だけど下心だってあるし」

「あのさ、経験が積めるって意味なら、下心って言わないと思うよ」

「ペスカちゃん。私、頑張るね。見送りは出来ないかもしれないけど」

「うん、応援してる」


 ヨーロッパ、アフリカ、中東、南北アメリカ大陸では、未だに戦争の爪痕が酷く、治療を待っている患者が多い。圧倒的な医者不足に陥り、医師を求める声が絶えない。

 通常、医者の海外派遣は、それなりの条件が存在する。しかし、通常とは異なる事態に、たとえ補助でも役立つならと、学生の参加が認められた。

 ただし、役立たずの学生を何人派遣しても足手纏いになるだけ。採用されるのは、一定以上の成績を残した者に限られ、採用時に簡単なテストと面接が行われる。空は、そのいずれも簡単にパスし、採用となった。


「あのさ、空ちゃん。ゆっくりでいいよ。ちゃんと待ってるから、私もお兄ちゃんも」

「ありがとう」


 この言葉を最後に、空とペスカは十数年に渡って会う事は無かった。だが再び会う時、空は医療の神と呼ばれる事になる。空はロイスマリアで幾つもの奇跡を起こす。そして、ロイスマリアの医療技術を大きく発展させる。その功績を称えられ、空の名を冠した医学の統括機関が設立される。


 未だ小さな苗。だが、希望の苗である。誰もが望んだ未来を手にする訳ではない。ただ、諦めなかった者には、必ずチャンスが訪れる。誰もが、希望の苗を持っているのだから。いつか、花開く時を待っているのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ