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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
終章 二つの世界、それぞれの未来

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第四百九十三話 ロメリアの平日

 神々の協議会以降、ロメリアは予想外に忙しい日々を送っていた。何かしらの業務を与えられ、ロイスマリア中を飛び回っていたからではない。初めて友人となった、とある神の眷属が原因である。


 ロメリアは彼に連れられ、いや、強引に引き回されてと言った方が適切であろうか。ロイスマリアにある都市を巡っていた。

 変化を遂げつつあるロイスマリアに、多少の驚きはした。人間の国から王制が消えようとしている。亜人、人間、魔獣、決して交わる事のなかった、種族が共に社会を創ろうとしている。

 

 また、社会形成に一役買っているのは誰あろう神である。かつて神が地上の生物と同じ立場で話し、時に意見を戦わせる事は有り得ない事だった。それは誰かの夢想したものではなく、確かな現実となっている。


 一般的な家庭にも劇的に変化が訪れている。そして、社会の変化に戸惑いながらも、神と地上の生物が協力し合う。その意義は果てしなく大きい。


 これにより、惨劇が生まれる事はなくなるのか? 否、絶対に有り得ない事だ。かつて、最古の邪神であったロメリアから言わせれば、どれだけ社会が変わろうと、神の在り方が変わろうと邪神は生まれる。いずれ争いも起こる。


 何故なら世界は、そう出来ているから。


 人、亜人、魔獣に優劣を付ける事は許されず、自然界の食物連鎖は許されるのか。

 人、亜人、魔獣で争う事を禁じるのに、動植物の生存競争は禁じないのか。


 生命力が強く、猛烈な勢いで台地に根を張る植物が存在する。その植物は、他の植物の根を枯らす。猛烈な勢いで数を増やした植物は、動物の餌となる。その動物を食らう動物がいる。そして肉食動物の多くは、縄張りを主張する。


 その意味では、互い存亡をかけて戦う、かつてのドラグスメリアは、極めて自然な環境であった。


 例えば、人や亜人は家畜を育て食らう。それにも関わらず支配体制を嫌う。人、亜人、魔獣、動物、植物、これを分けるのは、意志と知能。では、動物や植物が、人や亜人並みに知能を持ったら、差別だと禁ずるのか。

 

 どれだけ、争いの種を減らす努力をしても、世界は矛盾で満ちている。故に、争いは再び起きるし、邪神は再び生まれる。それは、人、亜人、魔獣が向上心を持つ、その反面で起きる事でもある。


「あんたは相変わらず、難しい事ばっかり考えてんだな」

「君が、暢気すぎるんだ」

「あのな。飯を食う時は、楽しくだ! いいか、俺がこの店を予約するのに、どれだけ頑張ったかわかるか? ここはなぁ、ペスカ殿の弟子あの伝説の料理人の弟子が開いた店なんだぞ!」

「はぁ、君ねぇ。どれだけ、弟子が付くんだい?」

「おぉ? 馬鹿にしてんのか? ペスカ殿の弟子、セムスとメルフィーってのは、最も神に近い存在なんだ。俺達みたいな眷属になりたての連中よりもな。その料理は、どんな舌も唸らせる」

「それは、君達の努力が足りないからじゃないのかい? モーリスとケーリアはともかく、君は努力をした方がいい」

「俺の事は取り敢えず置いとけ! それよりだ! 伝説の料理人の最初の弟子、その一人がこの店を開いたんだ。食い物は高価であってはならない、誰もが等しく口にする権利が有るだってよぉ。いい事言うだろ? 予約を受け付けたら、一部の奴しか食えなくなるってんで、基本的にこの店は予約を受け付けないんだよ」

「それは、一見いい事に思えるが、食材に限りがあるだろ? ならば、この店の料理にありつけるのは、やはり一部の人間ではないのか? それに、そんな旨いのなら仕入れも高いだろう?」

「わかっちゃいねぇな。この店は、色んな伝手を辿って出来るだけ大量に仕入れをしてるんだ。だから、原価も割安で済んでる。それにこの店の主は、弟子の教育にも力をいれてる。誰もが食える様に、普通の店より長い時間営業してるし、各地に支店も有るんだ! 店の主と弟子達が交代で料理をしてるからって、馬鹿にしちゃいけねぇぞ!」

「その努力は、ここで働く奴らのものだ。なんで、君がそんな雄弁に語るんだ?」

「見ろよ、この店の広さ! それと厨房から聞こえる活気! そして、応対の良さ! わかるか?」

「わかるが、君が威張る事じゃないだろ」

「そして、どんな食い物もとびっきり安くて、旨い!」

「そうじゃない、熱く語るな! 他の客に迷惑だと思わないのかい?」

「だぁかぁらぁ、俺はこの感動を伝えたいんだよ! わかんねぇかな。見ろよ、この魚料理! 火の通し方が抜群だ! どんな客であろうと、この店は絶対に手は抜かない!」

「あぁ、くそっ! いいから黙れ、サムウェル!」


 ロメリアが、ロイスマリアに戻ってから声を荒げるのは珍しい。それは、神々の監視が有るからではない。元邪神として存在していたが故に、悪感情に対して非常に敏感なのだ。

 だから、ロメリアは極力、地上の者達を刺激しない様に務めていた。寧ろこの男の暴走に、尻拭いをさせられる、やや辟易とする事も度々あった。


 ロメリアが正論を説けば、サムウェルは飄々とした態度で話を逸らす。モーリスがその場に居れば、真面目な会話にも花が咲いたろう。

 しかしサムウェルは、ロメリアから見ても異質としか言いようがなかった。今まで関わった事の無いタイプに、戸惑っているのも確かであろう。


 昼間から酒場に連れて行かれ、それから三日の間、飲み続けた事が有った。話題と言えば、食事、酒、女性に関する事である。酒場では、ロメリアが一緒に居るにも関わらず、女性をナンパする事は少なくはない。


 言わば、サムウェルは酷く人間臭い。悪く言えば低俗である。


 君の見せたい物は、こんな事なのか? ロメリアが問えば、サムウェルはこう返す。

 

 あんたが消えてから、この世界は変わった。そしてあんたは、異世界の利点と欠点を知ってるはずだ。この世界の現状を見据えた上で、何が足りなくてどう進むべきか、より正確な判断が出来るだろう? それには、今の現状をしっかりと確認するべきじゃねぇのか?


 みんなが、あんたを警戒しているのは事実だ。その反面、あんたには可能性が有ると思っているのも事実なんだ。だからこそ協議会の場では、あんたの処遇は保留になった。期待してんだよ、あんたにはさ。

 

 そう言われれば、ロメリアとて悪い気はしない。しかも、サムウェルの言葉は、正論にも聞こえる。


「ただね。幾ら、こんな場所に連れてきても、僕には味覚が無いんだ。食事をするという概念以前に、味わう事、楽しむ感覚が僕には欠落している。いや、正確には違うか。でも、それは邪神として存在していた時の感覚だ」

「馬鹿だな、あんたは。だから、俺がこうやって連れまわしてんじゃねぇか。これから色々知ってくんだろ? 少なくとも、あのフィアーナ様が仕事そっちのけで食べ歩きをしてんだ。あんただって変われる。間違いねぇよ」


 ロメリアは、古の時代からの記憶を全て持っている。そして、深山の記憶を通じて得た、地球の知識も持っている。その反面、浄化されたばかりのロメリアは、とても無垢な存在だとも言えよう。


 多くの知識を有し頭でっかちで理屈っぽい反面、とても純粋な面を持つ。矛盾する大局的な二面性を持つのが、今のロメリアである。

 その純粋さが、誤った方向に向かう事を、女神ミュールは恐れた。対してサムウェルは可能性を見出した。


 どちらも決して間違いではない。ただ少なくとも、比肩する者が存在しなかった、幼い天才サムウェルが他者を蔑み我欲を通すだけの存在にならなかったのは、偏に楽しいをしっていたからだろう。


 だからこそサムウェルは、自分の持つありったけの楽しいを教えたい。その意図を理解するロメリアは、不満を口にする事なく、サムウェルに付き合う。

 ただ、面倒だと感じる時も少なくはない。それも仕方ないと流せるならば、両者の関係はとても良好だと言えよう。


 知らない事を知るのは、とても労力が必要である。それでも、挑戦する事は素晴らしい。そして、満足する結果を得られるなら最良であろう。ロメリアがこれから何を知り、何を選択して行くのは、誰にもわからない。

 だが、遠くない未来。ロメリアが、平和の為に尽力するのは、間違いないだろう。何故なら、悪友が傍にいるのだから。

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