第四百九十話 異邦者達の休日
「え~、というわけで。我々二人が、皆さんの観光を任されました。それと、これが先ほど説明した、外国人叙勲となります」
「お前とエリーさんが、こいつらの面倒見てくれるのはありがてぇけど、こんなもん要らねぇよ」
「本来は、正式な場で渡されるんだよ。それに、通常は春と秋に表彰されるんだ、今回は特例なんだよ。冬也、わかってるか? 名誉な事なんだよ」
「翔一ぃ! 神を表彰するなんてよぉ、この国の人間はいい度胸してるじゃねぇかぁ」
「アルキエル。君達が神なのは、一部の人間しか知らないんだよ。君達は、外国人扱いになってるんだ」
「翔一。これは何の役に立つんだな?」
「ブルさん。役に立つとか立たないとかじゃなくて」
「私は未だ未熟。この様な名誉を頂戴する訳には参りません」
「姉さんの言う通りです。大した活躍も出来ず不甲斐ない。まだ修行が足りません」
「あのさ。レイピアさんとソニアさんまで、そんな事を言うの?」
「翔一殿。大変名誉な事だと理解しております。ですが、これをお受けする資格が、俺には有りません」
「資格って。ゼル君、君達は充分な活躍だったよね? どれだけ、修行すれば満足するの?」
東郷邸を訪れた翔一は、三十分以上に渡って外国人叙勲の意味と外務大臣となった深山からの命令を説明した。説明が終わるや否や、矢継ぎ早に一同は騒ぎ出す。遼太郎が案じた事は、現実になったのだ。
アルキエルは、翔一の意図を理解した上で嘲弄する。名誉云々を説いても、幼いブルには理解が出来ていない。レイピア、ソニア、ゼルの三人は、頭を下げて受け取りを拒む。冬也に至っては、翔一の説明を全く理解しておらず論外である。
一方で呆れたペスカは、リビングテーブルでお茶を啜り、その対面にはエリーが同じくお茶を啜っていた。
「マッタク、面倒な人達デス。ハヤク受け取って、出かけまセンカ?」
「エリーさんの言う通りだよ。とっとと受け取らせて、出かけて来なよ! 相変わらず弱腰な翔一君がいけないんだよ! エリーさん、後はよろしくね」
「任せてクダサイ、ペスカ」
ペスカは定期的に、深山や三島と会談を行っている。それ故、外務省の職員が公用車で迎えに来る。呆れ顔でペスカはリビングを出ると、玄関で待たせていた外務省の職員に声をかけて車に乗り込む。そして、お茶を飲み終わったエリーは食器を片付け始める。
「確かにペスカの言う通りだな。お前ら、それを受け取ってちゃんとしまっとけ。後、レイピアとソニア、お前らはそれをエレナに見せるなよ」
「冬也様、それは何故でしょう?」
「決まってんだろ。羨ましがるからだ」
「それより、冬也ぁ。お前は親方って奴の所に、行かねぇでいいのかぁ?」
「俺もそろそろ出かける。後は頼むぜ翔一」
「あぁ。任せてくれ」
「冬也ぁ、後で俺達も行ってやる。修行の成果を見せてみろ!」
「馬鹿、大人数で押し寄せんじゃねぇ。普通は予約が必要なんだよ」
「それを何とかするのが、お前の器量じゃねぇのかよ」
「仕方ねぇな。相談してみるけど、色々と自由になると思うなよ」
吐き捨てる様に言い放つと、冬也は席を立ちリビングを出ていく。
「もしもし? あぁ、政さんですか? 今日なんですけど七人入れます? 時間は合わせます、品もお任せで。俺ですか? これから向かう所です。親方に? いや、突然ですみません、政さん」
リビングを出て直ぐに連絡をしたのだろう。冬也の声が、玄関の方から響いてくる。
口は荒くてもお人好し、遼太郎と冬也は実に似ている。日本には一時的な滞在に過ぎない。それにも関わらず、冬也がバイトと称して働いているのは生活費や己の為ではない。旨い寿司をロイスマリアでも食べさせてやりたい、その一心である。
その想いを理解するからこそ、アルキエルは煽りながらも笑みを浮かべる。長い付き合いの翔一は、神になっても変わらぬ冬也を、苦笑いを浮かべて送り出した。
迂遠な言い回しをしているが、深山の指令を平たく言えば『異世界からの訪問者達を持て成せ』という事である。
冬也のおかげで、ようやく皆が褒章を受け取った所で、翔一は何処か行ってみたい所が無いかと尋ねる。一同が揃って、図書館行きを要望したのは翔一にも予想外だったろう。
「みんな、そんな場所で良いの? もっと、観光とかさ」
「いえ、翔一殿。私共をお連れ頂くなら、そこが最も相応しいです」
「俺もそれで構わねぇよ」
「おでもなんだな」
「いや、あのさ。レイピアさん達は、クラウスさんと同じエルフなんでしょ? 知的な感じはするけど」
「はぁ? てめぇ翔一! 俺を冬也の馬鹿と一緒にするんじゃねぇ!」
「そうなんだな。おでは、冬也より賢いんだな」
「ごめん、ごめん。そういう意味じゃないんだよ。アルキエルなら、格闘技に関する事に興味を持つと思ったんだ」
「そりゃ、誤解ってもんだぜ翔一。戦えば強くなるなんて、大間違いだ。色んな知識を蓄えてこそ、いざとなった時に判断が出来る」
「確かに一理あるね。悪かった、アルキエル」
「おでは、アルと違うんだな。この世界の農業が知りたいんだな。出来れば、現地にも連れてって欲しいんだな」
「ブルさんは農業の神でしたね。わかりました、今日は無理ですが明日以降で手配をしておきます」
「それで、皆さんは図書館だけでよろしいのですか?」
「翔一殿。我が国は魔法工学に長けております。出来ましたら、こちらの工場とやらを見て起きたい」
「我々も同じです。この世界の進んだ技術を、少しでも体験して帰りたい」
「わかりました。ゼルさん、レイピアさん、ソニアさんは、工場見学ですね。お眼鏡に叶う場所を、検討して手配します」
翔一が、一同からリクエストを聞き出すと、それまでのんびりとしていたエリーが、すかさず調べ物を始める。特霊局で共に過ごした時間故か、この二人も存外いいコンビである。
取り合えずの目的地が決まると翔一はタクシーを手配し、乗りつけた公用車と二台に分かれて近くの図書館へと向かう。入館してから閉館の時間になるまで、一同は書物を読み漁っていた。
日本に訪れたばかりの時、アルキエルは様々な家電に驚いていた。しかし、直ぐに仕組みを理解し順応した。それと同様に、レイピアとソニア、ゼルも最初も、家中の物一つ一つに驚きを示していた。
しかしゼルは、魔法工学の進んだエルラフィアの出身である。似たような便利道具が、エルラフィアにも存在している。その為、家電の扱いに慣れるのは早かった。では、森の奥深くで生きて来たレイピアとソニアはどうなのか。
言わずもがな、二人は人間より遥かに知能指数の高いエルフ族である。扱い方はもとより、仕組みまで簡単に理解した。
また、レイピアとソニアは、クラウスがこれまで学んで来た事を、伝え聞いている。医学や様々な工学、そして文化、歴史、政治、経済に至るまで、夜が明けるまで談義している事は、少なくなかった。
そしてブルは、農耕の神である。
この世界には、ロイスマリアよりも多くの人間が暮らしている。ましてや、マナの薄い世界である。神気を流して土地を豊かに出来る程、簡単には出来ていない。
多くの人間達の腹を満たすには、特別な技術が必要なはず。そんな結論に至るのには、そう難しい事ではなかろう。
寧ろ、マナに頼らずに成立する未知の農業技術を、知識と体験で学びたいと思うのは、とても自然だと言えよう。
彼らは総じて真面目なのだ。度が付くほどに。
図書館が閉館した後、一同は幾つかの専門書を要求した。翔一とエリーは、都内でも上位に入る程の店舗面積が広い書店へ一同を連れて行った。
そこで、更に数時間をかけ一同は書物を漁る。そして、冬也の働く寿司屋が、閉店時間を迎える頃に、翔一達は遅い夕食にありつく事になる。
一行が店に入ると、威勢の良い掛け声と共に、大将がカウンター越しに深々と頭を下げる。
「お待ちしておりやした、お客様。工藤様でございますね。遅い時間になっちまって、申し訳ございやせん」
「いえ、こちらこそ。無理を言ってすみません」
「とんでもねぇ。しかも、今日はうちの半人前が握るって言い出しやがる。あの馬鹿は、ようやく客前に出せるようになった途端、調子に乗りやがるんです。大したもんは、お出しできませんが、ゆっくりしてってくだせぇ」
挨拶を澄ませると、一行はカウンター前を陣取る。予約時間を調整したのだろう。他には客の姿が無く、貸し切り同様になっている。
冬也は、既に付け場の中で作業をしており、皆には一礼だけして黙々と作業を続けていた。
そして、親方の厳しい目が注がれる中、冬也が皆の前に立つ。日本の未成年に該当する者はゼルとブル、後は翔一だけであろう。他の者達には冷酒が注がれ、未成年に該当する者には、お茶が提供される。そして、先付が皆の前に並べられていく。
皆が先付を堪能し終えた頃に合わせて、つまみ、焼き物、蒸し物、巻き物、玉子焼き、椀物と料理が提供される。一つ一つが奇をてらわずに作られた、シンプルな中にも手間をかけた、奥深い味の料理に、皆が舌鼓を打つ。
そして、ようやく握りの登場である。
カウンター前のケースから、柵を取り出し包丁を入れていく。そこからは親方の目が、更に厳しくなる。ある種の緊張が漂う中、一貫ずつ丁寧に冬也は握っていく。
ゲタの上に並べられていく寿司は、以前訪れた時に大将が握ったものと遜色が無いようにも見える。口に運ぶと、シャリがほどけてネタと一体になり味わいが広がる。
旬のネタを使った寿司を八貫平らげると、黙々と食べ進めていたアルキエルが口を開いた。
「悪くねぇ。いや、旨かった。だがなぁ、前に食った方が旨かった。何がとは説明出来ねぇけど、歴然とした差がある。それが修行の差だろうな」
それは、重く響く言葉であった。アルキエルはちゃんと見抜いていた。最初に親方が発した、半人前という言葉の意味を。
「流石ですね、お客様。こいつは存外器用なんです。教えた事は、直ぐに吸収していく。だからこそ勿体ねぇと思うんです。もっと修行を重ねたら、俺なんかが足元にも及ばねぇ職人になるはずですから」
アルキエル以外の者は、この店で寿司を食うのが初めてである。ましてや、ブル達は寿司自体を口にするのが初めてなのだ。
握りを含め、冬也の出した数々の料理は、充分満足出来るものだった。それでも未だ、修行が足りず、半人前だと言う。極めるとは、なんと道の険しい事か。改めて、皆が実感させられた。
☆ ☆ ☆
あくる日からは、二手に分かれて行動する事になる。とある農家に頼みブルと付き添いの翔一は、泊まり込みで農業体験を行う。また、合間を見つけては農業研究を行っているセンターの見学も行った。
一方で、ロケットの部品を作れる程の技術を持った職人が集まる町工場から、AIによる判断でオートメーション化された工場等。工場見学組となった他の面々は、エリーの案内で様々な工場の見学を行った。
また、生産現場だけではなく、様々な業種の企業見学や、戸建てやマンション等の建設現場の見学も行われた。
ただ見学に訪れたのは、ただの人間ではなく優秀な人間と知能指数の高い亜人である。そして、予想超える事態となったのは、見学よりもその後に行われる質問タイムの方が、多くに時間を取られた事だろう。
案内係に飛んでくる質問の数々は、学生の社会体験レベルではない。答える側には、高いレベルの知識を求められる。多くの企業があたふたとしたのは言うまでもない。
これらの体験学習では、予想以上に費用がかからない。高級な食事を振舞ったのが、唯一の接待らしい行為だろう。
こうして続けられた、日本の産業体験は、異世界からの訪問者達を充分に満足させる結果となった。それに反して、報告書に目を通した遼太郎を、呆れさせる事になる。
「真面目かよ。ちっとは、遊ぶって考えはねぇのか!」