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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
終章 二つの世界、それぞれの未来
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第四百八十七話 アル君の一人で買い物できるかな? 前編

 ある日の午前中。恒例となったアルキエルとの早朝特訓を終えた冬也は、自室で休んでいた。一方、アルキエルは心地良い疲労と、満足感を噛みしめて、リビングのソファに持たれかかかっている。

 レイピア、ソニア、ゼルの三名は、二柱の特訓に付き合わされ、地下の訓練場でぐったりとしている。恐らく数時間は、立ち上がれないだろう。そして、ブルと言えば自慢の家庭菜園の世話をしている。


 銘々が己の日課を熟す中、ペスカは久しぶりの休みを持て余していた。そして、ペスカは暇つぶしの為に、自室を出て一階へと降りていく。リビングに入ったペスカの目に飛び込んで来たのは、ソファでリラックスしているアルキエルの姿。ふと思い立つと、アルキエルに話しかける。


「ねぇ、あんたさぁ。暇ならゲームでもしない?」

「ゲーム? なんだそりゃ? もしかして、たまに冬也を付き合わせてるあれか?」

「そうだよ。面白いよ」

「ほんとか? 興味がわかねぇなぁ」

「まぁいいじゃない。あんたは、色々な体験をして、自分の世界を広げるんでしょ?」

「ちっ、そう言われたら、言い返せねぇだろ。仕方ねぇから付き合ってやる」


 ペスカとアルキエルがそんな会話をしている時、家庭菜園の世話を終えたブルが、庭から戻って来る。恐らく、話しが聞こえていたのだろう。目を輝かせながら歩み寄り、ペスカに話しかけた。


「おでもやりたいんだな」

「そっか。ブルはゲームをやった事がなかったね」

「そうなんだな。ペスカが楽しそうにしてるのを見てて、興味が有ったんだな」

「じゃあ決まりね。みんなでゲームだぁ!」


 楽しそうにペスカは声を張り上げる。そして、アルキエルとブルを連れて、自室に戻っていった。


 ペスカが選んだゲームは、比較的に初心者でも楽しめる対戦格闘ゲームである。最初はペスカが、操作方法等を解説ながら何度かプレイしてみせる。その後、交代で対戦をする事になった。


 遊び倒しているペスカに勝てる者はいない。当然ながら、アルキエルとブルが楽しめる様に、ペスカは手加減を忘れない。

 ゲームを始めると、意外にもアルキエルが熱中し始める。ブルといえば、勝っても負けても、楽しそうにしている。そんな二柱の姿を見ると、ペスカの中に嬉しさが込み上げて来る。


 ただ気が付くと、ゲームを始めてから既に一時間以上が経過していた。喉の渇きを感じたペスカは席を立つ。だがペスカは知っている。ブルはともかく、アルキエルの場合は、熱中し始めると若干冷静さを失う。


「アルキエル。あんた、力を入れ過ぎないでね! コントローラーもゲーム機も、絶対に壊さないでね!」

「馬鹿か、ペスカぁ。俺が、箸や茶碗を壊した事ねぇだろ。力加減なら、充分に出来んだ! 心配要らねぇ!」

「絶対だよ! 絶対だからね! それは、お兄ちゃんがバイト代で買ってくれたんだよ! それとその機種は、今は生産してないから、手に入れ辛いの!」

「くでぇぞペスカぁ!」

「じゃあ、私は飲み物を取りに行ってくるから、あんた達で暫く遊んでて」

「あぁ、俺のは日本茶ってやつにしてくれ」

「おでも、お茶は好きなんだな」

「はいはい。大人しく遊んでるのよ」


 そしてペスカは自室を離れ、飲み物を確保する為にリビングへ向かった。ただ、ペスカが不在の間、懸念していた事が現実となる。

 目を離したペスカを責める事は出来ない。また、事件を起こした当事者も、不可抗力であり、責めるのは酷であろう。


 忘れてはいけない。サイクロプスという種族は手先が器用で有名である。ブルも多分に漏れない。

 アルキエルとブルの勝負は、ブルの勝ちが続く。それは、一方的とも言える勝利である。例えゲームであっても、勝負事で敗北するのは我慢が出来ない。アルキエルは、どんどんと熱くなっていく。

 遂に力の制御を誤ったアルキエルは、コントローラーを握りつぶす。更に握りつぶした勢いは、ゲーム機の本体へと向かう。


 結果は言わずもがな、ゲーム機は跡形も無くバラバラになった。


「アル。壊すなって、ペスカに言われてたんだな」

「馬鹿野郎! 壊れちまったもんは、仕方ねぇだろ!」

「どうするんだな。直ぐにペスカが戻って来るんだな」

「どうするったって、なあ。どうすんだよ!」

「おでに言われても、困るんだな」


 二柱が言い争っている間に、階段を上る音が聞こえる。そして、部屋のドアが開く。そこでペスカが目にしたのは、粉々になったゲーム機。その瞬間、二柱は怒鳴られる事を覚悟した。


 しかし、怒鳴り声はいつまで経っても聞こえない。その代わりに、ポットや急須等を乗せたお盆が、床に落ちて激しい音を立てる。そして、ペスカの瞳からは大粒の涙がボロボロと零れていた。


「お、おい。ペスカ」


 二柱は、こんな悲し気にペスカの泣く所など見た事が無い。慌てたアルキエルは、声を掛けようとするが言葉が続かない。そして、ペスカの涙は止まらない。


「お、お兄ちゃんが、初めてのバイト代で。ぐすっ、買ってくれた、ぐすっ。大事にしてたのに、ぐすっ。向こうに持って行こうと、ぐすっ。思ってたのに」


 ペスカは泣きながら、たどたどしく話す。余計に二柱は、かける言葉を失った。そんな時、大きな音に反応して姿を現したのは、隣の部屋で寝ていた冬也であった。


 冬也は辺りの様子を見ると状況を察したのか、ペスカの頭を優しく撫でる。ペスカをあやす様にしながら、少し呆れた様な口調で語り始めた。


「まぁ、仕方ねぇよ。ペスカ、新しいのを買ってやるから、それで我慢してくれねぇか」

「うん、ぐすっ。でも、手に入るかどうか、わかんないんだよ」

「あぁ、それなら秋葉原にでも行けば、売ってんだろ?」

「そうかもだけど。お兄ちゃんは、今日これから出かけるんでしょ?」

「あぁ。佐藤さんに呼ばれてるし、親方の所に行く約束もしてる。だから買い物は、アルキエル。お前が行け!」

「はぁ? なんで俺が!」

「お前が壊したんだ、お前が行け! 大丈夫だ、ルートは俺が書いてやる、金も渡す。何もかも準備してやるのに、行けねぇって事はねぇだろ?」


 そこまで言われれば、アルキエルとて首を縦に振るしかあるまい。しかし、ここはアルキエルにとって不慣れな地である、道連れは必要だ。横にいたブルに視線を送ると、直ぐに逸らされた。


「おでは、忙しいんだな。アルだけで行くんだな」


 そして暫くの後、秋葉原へ行くまでのルートを書いたメモと、現金を渡されたアルキエルは戸惑っていた。ルートと言っても、かなりアバウトである。そう、冬也がまともな案内を、書けるはずがないのだ。


 立川からお茶の水、乗り換え、秋葉原。わからなかったら、駅員に聞け。駅員は、帽子を被ってる奴だ。


 冬也から渡されたメモには、そう書かれていた。それでは、土地鑑の無いアルキエルに、わかるはずが無い。だが、アルキエルは直ぐにメモを凝視し解読を始めた。


 立川ってのは駅の名前だ。ついこの間、行った所だ。そこで寿司を食ってシグルドの奴に会った。

 そこには、電車で行くんだ。電車には乗った事が有るし、乗り方も教わった。切符を買うか、スイカというやつを使うんだ。


 だが、秋葉原ってのは何だ? それが目的地か? お茶の水ってのは、流石に飲みもんじゃねぇよな?

 それと、乗り換えってのは、どういう意味だ? もしかして、お茶の水って名の電車から、秋葉原って名の電車に乗り換えるのか? 何処でだ? 立川って駅でか?


 わかんねぇのは、もう一つ有る。ペスカから渡された、リアルな絵が描かれた紙だ。箱の絵の中に、さっき壊したゲーム機と似た絵が描かれてやがる。多分、箱は入れもんだ。箱に描かれたのと、同じ物を買うんだ。


 けどよ、これをどこで買うんだ?


 知っているぞ、食い物の材料を買うのはスーパーだ。スーパーってのは便利な場所だ。酒や飲み物、菓子ってのまで売ってやがる。

 それと本を買うのは本屋だ。後は、酒を専門に扱っている酒屋ってのも有る。酒屋とは別に居酒屋ってのも有るんだ、ミスラが教えてくれた。

 だが、このゲームってのは、どこで買えば良いんだ? それも、聞かなきゃなんねぇのか?


 戸惑うアルキエルを置き去りに、冬也は出掛けてしまう。アルキエルが気が付いた時には、冬也の姿は見当たらない。困ったアルキエルは、キョロキョロと辺りを見回す。そして、ペスカと視線が合う。


 余程動揺していたのだろう。それは、アルキエルがいつになく、目を泳がせている事でわかる。そんなアルキエルを見ると、先程までボロボロと涙を流していた、ペスカの表情は一変する。ニヤリと口角を吊り上げて、不敵な笑みを浮かべた。


「ちゃんと、ごめんなさいをしたら、ヒントをあげよう!」


 どれだけ困ろうと、挑戦的な笑みを浮かべる相手に、アルキエルが簡単に頷くはずが無い。未だメモの謎を解読できず、アルキエルは戸惑っている。しかし、ペスカに助言を得るのは、プライドが許さない。


「壊したことは謝る。だがよぉ、余計なお世話だペスカぁ」


 そう言い放つと、現金やメモ類を握り、アルキエルは部屋を出る。そして、ずかずかと足音を立てて、玄関へと向かっていった。


 開け放たれた部屋のドアから、玄関が開く音が届く。アルキエルが出かけた事を確認したペスカは、不敵な笑みをうかべたまま、ブルに視線を送った。


「ペスカ。なんだか、悪巧みをしてる顔なんだな」

「フフン。わかる? せっかくだから、レイピア達も連れてこう」

「あいつらは、地下で休んでるはずなんだな」

「それは知ってる。それより早く出かけるよ。私は着替えるから、ブルはみんなを起こしてきて」

「わかったんだな」


 ブルが部屋から出ると、ペスカは部屋着から外出着に着替える。ペスカが着替え終わった頃、レイピア達を連れたブルが再び部屋を訪れた。


「ところでブル。あんたとアルキエルは、神気で繋がってるよね?」

「そうなんだな。アルは、かなり困ってるんだな」

「そっかそっか。なら、一時的にパスを閉じて」

「わかったんだな。でも、なんでなんだな?」

「それはねぇ。あいつの後をつけるんだよ」


 ペスカは腕組みをし、ドヤ顔で言い放った。だが、その言葉に困惑したのはレイピアやソニア達である。毎朝の訓練に突き合わされているのだ。アルキエルの凄さは身をもって体験している。


 アルキエルは、あらゆる武具や格闘技術に精通している。しかし、アルキエルの凄さは、それだけではないのだ。


 アルキエルは、とにかく感が良い。例え目が利かない状況でも、聴覚で周囲の状況を観察する。視覚、聴覚が利かない状態であれば、肌で感じる空気の動きで、周囲の状況を判断する。もし、五感すべてが利かなくても、ほんの僅かなマナの変化を感じ取る。


 故に、奇襲が通じないのだ。そのアルキエルの後をつけるのは不可能だと、レイピアとソニアは主張する。しかし、ペスカは首を横に振った。


「大丈夫。私を甘く見たらダメだよ!」


 ペスカは笑みを浮かべると、呪文を唱える。用いるのは隠蔽の呪文。部屋に集まった全員に、魔法をかける。幾ら隠蔽の魔法をかけても、僅かなマナの流れを感知するアルキエルには、通用しないはず。レイピアとソニアは口を揃えて言うが、ペスカは笑って返した。


「だから、甘く見たらダメだって。私がそんなヘマをする訳ないでしょ?」


 ペスカは魔法の痕跡を残さない。そして完全に気配を消し、一同はアルキエルの後をつけ始めた。

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