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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
終章 二つの世界、それぞれの未来
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第四百八十話 ブルのこだわり 前編

 西から射す日が、車中の面々を照らす。エンジン音が、はっきりと聞こえて来る。東郷邸へ向かう車中は、静けさに包まれていた。

 決して和やかとは言えないが、重苦しくもない。そんな空気の中で、有る者は今後の在り方に考えを巡らせ、有る者は静かに目を閉じて瞑想をしている。


 余程疲れていたのだろうか、普段なら真っ先に冬也の隣に座りたがるペスカが、奥のシートを占領して寝息を立てていた。

 また、冬也も少し座席を倒し軽いイビキをかいている。その膝にはブルが陣取り、冬也に体を預ける様にして眠っている。人間の体に変化し、小さな子供の姿になったブルには、年相応とも言える行動に見えた。


 そんなブルの姿を眺め、微笑ましく感じたのか空に笑顔が戻る。そして、運転する安西を中心に、エリーとリンリン、そして翔一が今後の態勢について、話し合いを行っていた。

 今、話しをしても、行動指針すら見えないだろう。しかし、何かせずにはいられない。そんな、せっつかれる様な感情に、押されていたのかもしれない。

 若しくは、思い知らされた不甲斐ない現状に、圧し潰されない為の心の動きでも有るのだろう。


 市民の暴動から始まり戦争、それに加えて大地は大きく揺れたのだ。電柱は倒れ道路は車を走らせ辛い状態になっている。倒壊している家も見かける。

 政府による非難命令が出ていたはずだ。通りに人の姿はない。恐らく避難場所に集まっているのだろう。


 冬也が日本を神域にしなければ、もっと酷い惨状だっただろう。多くの犠牲者が出ていた事だろう。


 行きとは比べ物にならない程の時間をかけて、一同は東郷邸へ到着する。そして、バスを降りると皆は東郷邸へと足を踏み入れる。

 非常時に備えて、自家発電設備を整えていた事は正解だった。しかし、一同がリビングに足を踏み入れると、物が散乱しているのが見て取れる。家が潰れていないだけマシだ。


 恐らく、家に張ってある結界の作用で、揺れが少なかったのだろう。リビング以外は、然程荒れている様子は無い。

 銘々がリビング内を黙って片付け始める。それが終わると、ソファやダイニングの椅子に腰かける。誰もが疲れているのは明白である。

 そして、高尾に移動してから、ブルの育てた果実しか口にしておらず、空腹を訴える声もチラホラと上がる。主に空腹を訴えたのは、リンリンでは有る。しかし、冬也はそれを敢えて諫めなかった。


 壮絶な戦いを乗り越えたのだ。安西を含む普通の人間達は、途中から意識を失っていた。それでも、ごく普通の人生では決して経験をし得ない事を、彼らは体験したのだ。それをねぎらう為に、眠気眼を擦りながら冬也は厨房に向かう。


 しかし、冬也は失念していた。史上稀に見る混乱に立ち向かう為、一同は高尾へと旅立ったのだ。しかも、いつ帰れるかもわからない状況であった。東郷邸の管理を任され、目端が利く美咲は、旅立つ前にとある行動を取っていた。


 それは、厨房に向かった冬也が、冷蔵庫を開けた瞬間に判明する。腐りやすい生鮮食品は優先的に消費した為、常温でもある程度は保存が可能な、加工品のみが残されている。また、電気の供給が途絶える事も美咲は予測し、冷蔵庫の電源を抜いていた。

 そのおかげで、冷えていない冷蔵庫からは異臭がする事が無かった。しかし、空腹者を抱えた現状では、事件に他ならなかった。


 冷蔵庫や食料棚に有ったのは、米、六本パックのビール、そしてつまみが数種類。極めつけは、沢山の納豆であった。


「ペスカ、ちょっと来い。やべぇ事が起きた」


 少し疲れた表情を見せていたペスカは、怪訝そうな表情で冬也の下へと歩いて行く。


「見ろ! 米の量は充分だ、直ぐに焚ける。だけどおかずがねぇ」


 冬也の指さした光景を見て、ペスカは直ぐに状況を理解した。今すぐに空腹を満たす事は出来る。ただし、白米だけの食事であれば。しかし、それだけでは満足出来まい。


 納豆を口に入れる。それは兄弟にとって、それは絶対に有り得ない選択肢である。最悪のダークマターを食べる位なら、全ての神を敵に回した方がどれだけましか。この瞬間、ペスカは力が抜けた様に床へとへたり込んだ。


「わりぃ翔一。開いているスーパーを探してくれ。多少遠くてもいい」


 冬也は、リビングに向かって大声を放つ。事情の理解出来ない翔一は、首を傾げながらも、スマホのインターネットで検索を行った。


「すごいぞ冬也。それ程遠くない場所に、一軒だけ開いてるスーパーが有るみたいだよ。でも、何しに行くんだい? この状況なら流通は止まってるだろ? 普通の品揃えは期待しない方がいいよ」

「そんな事はわかってんだ。でも、切実な問題だ」

「なぁ、冬也。これを食べちゃ駄目なんだな?」

「ブル。わかってくれ、これは毒だ! 食べたら大変な事になる」

「冬也。てめぇの好き嫌いを、ブルに押し付けてんじゃねぇ。俺は、納豆とやらで一向に構わねぇ。他の奴らも、同じ考えだ。この際、好き嫌いを克服してみやがれ」

「アルキエル。これ以上言うなら、戦争だよ! 力づくで言う事を聞かせるよ。お兄ちゃんと私を相手に、勝てると思わない事だね」


 本来のアルキエルであれば、そんな事を言われれば喜び勇んで戦う事を選んだだろう。しかし、アルキエルは酷く呆れた様な表情を浮かべると、安西に向かって丁寧な口調で話しかけた。


「安西。疲れてる所ですまねぇが、糞主共の我儘を聞いちゃくれねぇか?」


 遠目で冬也達のやり取りを見ていた安西は、アルキエルと同様に溜息をついていた。そして半ば諦めた表情を浮かべて立ち上がった。

 その表情には、やや失望の意味も込められていたのだろう。世界を守った神が、たかが納豆如きで大騒ぎするなど、情けないにも程が有る。


 乗り付けたバスを動かす為に、安西は玄関へと向かう。冬也は、数台の炊飯器で米を炊く事を、空に頼むと安西の後へと続く。そして、冬也の後にペスカが、更に興味津々とばかりに、ブルがその後に続いた。

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