第四百七十八話 ロメリアの承認 後編
「ズマ、あんた。本気で言ってるのかい?」
「ミュール様。我らは、神や種族の壁を超えて、共に生きる事を決断しました。ペスカ殿、冬也殿は、互いに許し合える世界を望んでいます。ならば今、過去の過ちを受け止めた上で、前に進む方法を模索するのが、建設的だとは思えませんか?」
「スール、ミューモ。あんたらも、同じ意見なのかい?」
「当然です。我々は主の意志を尊重します」
「冬也の馬鹿が、間違いを起こすとは思わないのかい?」
「主は事ある毎に我らに仰います。自分が間違いを犯した時は、何が何でも止めろと。主を諫めるのが臣下の務め。しかし今回に関しては、主に間違いが有ると思いません」
「俺もスールと同じ意見です。目の前の彼からは、一切の邪気を感じない。それだけで充分ではないのか?」
ミュールは眷属達を眺めると、深い溜息を突く。彼らの言葉には一理ある。世界は変革を望んでいる。それに対応出来ないなら、神々は取り残されるだけなのだ。
しかし、万が一の事も考慮しなくてはならない。それは絶対なのだ。新たに歩み出した世界を、再び混乱に落とす事は決して許容できない。
互いに意見を譲らない状況が続く。そんな中、これまで一切の発言をしてなかったエレナに対し、ラアルフィーネが意見を求めた。
「ねぇエレナちゃん。あなたはどう思う?」
「あいつは、嫌いニャ。なんか怖いニャ。冬也と同じ匂いがするニャ」
その言葉を聞いて、ロメリアはエレナを睨め付ける。その瞬間、エレナは風切り音を立て、素早くラアルフィーネの背中に身を隠した。しかし、エレナはラアルフィーネの背に隠れ、怯えながらも言葉を続けた。
「でも、それとこれとは別つニャ。会心とかよくわからないニャ。でもあいつが、これから悪さをすると決まってないニャ」
眷属から神へ至ったエレナの発言は決定的になった。少しずつ原初の神々は、仕方ないとばかりに、同意する者が増えて来る。そして、これまで言いたい放題言われ、それを黙って受け止めていたロメリアが静かに口を開いた。
「僕は、冬也とミスラに浄化されたんだ。僕の神格には、冬也の神気が多く混じっている。そこの猫が、僕に冬也の面影を感じたのは、そういう事さ」
そして、ロメリアは周囲を見渡すと、言葉を続けた。
「わかっていると思うけどさぁ。僕はね、悪感情を食い物にして来た。一方向な視点でしか、世界を見る事は出来なかった。だけど僕は、ミスラや冬也、それにペスカを見て思った。あいつらは、僕や君達とは全く違う。清濁併せ吞むというのかな? 色々な側面を持つからこそ、多方向から見て判断が出来る。その意味がわかるかい?」
ロメリアは、一同の反応を確認する様に、再び周囲を見渡した。そして、声を荒げるでもなく、静かに語りかける様に話しを続ける。
「僕は使命に従った。その結果悪意に呑まれ、あらゆる物を破壊し尽くした。元凶と言われるのは当然だ。手段を間違えたんだ、危惧するのも仕方がない。でも、忘れてはいけない事が有る。神は、世界を管理する歯車に過ぎない。その意味では、消滅を前提として誕生した僕と、君らは然程の代わりは無い。不自由過ぎるんだ。だけどね、あいつらは違うんだ。自由なんだ。何にでもなれる、どんな挑戦だって出来る。それが、どれだけ面白い事なのか。君達は、そろそろ理解するべきなんじゃないかい?」
確かにそうだ。変革を続けるロイスマリアを、原初の神々でさえ面白いと感じている。だからこそ、地上の生物と力を合わせる事が出来る。それは、一方的ではなく、あくまでも対等な立場として。
「そうじゃな。儂等は、あ奴らから学ばねばならん」
「それに関しては、私もベオログに同感だよ」
山の神ベオログと、風の女神ゼフィロスが、ロメリアの言葉に同意を示した。そして、ロメリアは更なる主張を続けた。
「善悪なんてものは、立場によって変わるんだ。さっきも言った様に、あいつらはそんなものに囚われてはいない。だから何にも縛られないんだ。だからあいつらは、自由なんだ。あいつらは、可能性の塊だ。それに僕には、知らない事が多い。だから、もっと色んな事を知りたい。僕は、あいつらみたいに自由になりたい。それは、悪感情だけを見て来た僕だから、出来る事さ」
「だけどね。あんたの事を、そのまま信じる訳にはいかなんだよ」
「ならば、ミュール様。ロメリアに、見張りを付けるのは如何でしょう?」
ミュールが、あくまでも反対姿勢を見せるのは、世界の為である。それが理解出来るからこそ、ロメリアは声を荒げて抗議をしない。その間を取り持つようにクロノスから出された提案に関しても、ロメリアは頭を大きく縦に振った。
ロメリアの承認を一時保留し、見張りを付ける事で今後の動向を見守る。一同がその意見に賛同し、見張りとなる者を選定しようとした時、サムウェルが口を開いた。
「なぁ、お歴々。監視とかって、堅苦しいのじゃなくてよ。違うのじゃ駄目なのか? 冬也風に言う、何て言ったっけか?」
「サムウェル。ダチというやつか?」
「そうそう。それだよモーリス! なぁ、ロメリア。俺とダチになろうぜ」
「ちょっと待ちな! あんた等は、こいつとそんな関係になれるっていうのかい?」
「ミュール様。確かに、割り切れねぇ想いは有るさ。だけど、ペスカ殿が何も言わなかったんだろ? 冬也がこいつを神として認めたんだろ? じゃあ、そういう事だ! 時には、水に流すって事も必要なんだよ」
「そうだな。俺も、サムウェルに賛成だ」
「俺もです。ロメリア、俺ともダチっていうのに、なって貰えないだろうか?」
「私は怖いから嫌ニャ」
「教官。そう仰らず、ここは一つ」
「ズマが言うなら、仕方ないニャ。私も友達になってやるニャ」
サムウェルを始め、モーリスやケーリア、そしてエレナにズマが立ち上がり、ロメリアに近づく。そして、握手を求めた。彼らの行動を理解出来ず、少しキョトンとしていたロメリアに、サムウェルは言い放つ。
「知らねぇのか? これからよろしくって事だよ」
「その位は知っている。でも何故、僕にそんな事をしようとする」
「あんたは、さっき自分で言ってたじゃねぇか。色んな事を知りてぇってよ。だから、俺達が教えてやるぜ。少なくとも冬也とペスカ殿なら、そうしていたはずだ」
サムウェルは、ロメリアの問いにとびっきりの笑顔で答えた。そして、一部始終を傍観していたフィアーナは、力が抜けた様にホッとした表情を浮かべていた。
疑念を持つ事は、大切だ。それが無ければ、過ちを未然に防ぐ事は出来ない。しかし、信じる事が出来なければ、未来に向かい一歩を踏み出す事は出来ない。間違いなく、ロイスマリアは新しい道を進んでいる。未来は明るく輝いていた。




