第四百七十七話 ロメリアの承認 前編
全てが純白で一切の澱みが無い神の空間。神の意志で作られたその空間は、次元という概念が存在しない。有ると思えば存在する。無いと思えば触れる事さえ叶わない。
そこに入る事が可能なのは、神気を持つ者のみ。例え、どんなに意志の力が強くても、神気を持たぬ者には空間の存在を認識出来ない。
その神の空間へ、久方ぶりに神々が集められていた。アルキエルの件以来、大幅に数を減らした神々。今回集められたのは神だけでなく、その眷属までもが呼ばれていた。
ラフィスフィア大陸を拠点とする、女神フィアーナを頂点とする原初の神々。その眷属として、モーリス、ケーリア、サムウェルが顔を揃える。
アンドロケイン大陸を拠点とする神は、先の戦いで多くを失った。参加したのは、女神ラアルフィーネと数名の神、そして眷属から神へと至ったばかりのエレナであった。
アンドロケインとは対照的に、ドラグスメリアから参加した面々は、圧巻と言わざるを得ない。
女神ミュールを中心とした神々。そして眷属であるズマを先頭に、四大魔獣と巨人族のスルト、アトラス、アルゴスが集まっていた。
そして、女神セリュシオネの眷属として、旧ライン帝国の皇帝と、クロノスが参加している。
通常ならば、議長を中心とした円形の席が設けられる。しかし、神の数が減少している。その為、今回は座談会の様な形式を取っていた。
それぞれの神と眷属が役割を果たす中、久しぶりに顔を合わせる者も少なくはない。銘々が情報交換等を行い、未だ到着していない二柱の女神を待っていた。
「結局、いつもあなたは遅れるんですね。それ程、忙しいとも思えないのですが」
「今回は仕方ないのよ、セリュシオネ。冬也君から突然連絡があって、ロメリアを送って来たんだもの」
「まぁ、そういう事にしておきましょう。いつも出迎える、私の身にもなって下さい」
「悪かったと思ってるのよ」
「なら、少しでも急いで下さい。皆があなたの到着を待ってます」
溜息交じりに話しをするのは、生と死を司る女神セリュシオネ。そして柔らかい口調で、呑気な態度を崩さないのは、神々の長とみなされている大地母神フィアーナ。
地上の生物と神々が協力し、世界の行く末を決める様になってから、神々の協議会が開かれる事は減っていた。それだけ、神のみで決議する事項が少なくなっているのだろう。
前回開かれたのは、ブルとエレナが神として承認された時。そして今回の議題は、新たな神として生まれ変わったロメリアが、神の一員として承認するか否かである。
古の邪神にして、狡猾な手段で世界に混沌を引き起こしてきたロメリアである。遺恨が有る神も多かろう。簡単に承認されるとは思えない、寧ろ協議の場は荒れるだろう。その事が、フィアーナの歩みを遅くしていた。
一方その頃、協議会の会場では一同が雑談に花を咲かせ、ガヤガヤとした賑わいをみせていた。
世界は復興の只中に有る。しかし神々が、自由に動き回り旧交を温め合う。その光景は、今までには無かったものである。それは、新たに加わった眷属達の影響も大きいのだろう。間違いなく、神の世界も変革を迎えていた。
「ところで、ミューモの旦那。あんたは、行かないで良かったのかい?」
「既にアルキエルが行っている。その上、ブルが向かったのだ。我らが行けば、過剰戦力になり、地上への影響は計り知れない」
「相変わらず、お堅いねぇ。あんた等は、主の危機に一も二も無く馳せ参じるじゃねぇか」
「当然だ。我らは家族だ。家族の危機には何を置いても駆けつける」
「でも、向かったのは。農耕の神だろ? 役に立つのか?」
「サムウェル。幾ら貴様でも、ブルを馬鹿にする事は許さんぞ! モーリス、ケーリア、エレナ、そして貴様は、人間や亜人にしては恐ろしく強い。だが、ブルの足元にも及ばん。我らでさえブルを傷付ける事は、至難の業なのだ」
「まぁ、その位にしておけ、ミューモ。こ奴らは、まだまだ力を付けている最中じゃ。油断していると、足元を掬われる」
「慢心せずに精進を重ねるからこそ、あなた方は強く有り続けられるのでしょうな」
「モーリス。お前の言う通りだ。我らはこの中でも、一番のひよっこだ。負けずに精進あるのみ」
「あぁ、やだねぇ。真面目な奴ばっかりでさぁ」
「サムウェル。ケーリアの言う通りですよ。あなたは、少し真面目に取り組む事を知りなさい」
「レオーネ。最近、やたらと口やかましな」
「それは、あなたが悪いんです!」
「少なくとも、俺は真面目だぜ。時間も守ってるしな。少なくとも、そこで寝息を立ててる猫や、食い歩きをして遅れた、どっかの女神様とは違うんだぜぇ」
「御一同、そろそろ到着の様です。お静かに」
余り会話には参加せず、凛とした姿で座るのは、王であった頃の名残であろうか。ズマの一声で、会場は静まり返る。
そして、静かにフィアーナと女神セリュシオネが、議場に足を踏み入れた。
「お待たせしました。早速ですが始めましょう。皆さん、お座りください」
フィアーナの一言で、一同が車座になり次の言葉を待つ。そして、フィアーナは、異世界である地球で起きた出来事と、今回の議題について説明を行った。
フィアーナは重い口調で、しかも言葉を選びながら説明を行う。
一大事である事は、間違いないのだ。ロイスマリアの神が、異世界に悪影響を与えた。しかもその結果、大きな混乱を招いた。
ただ今回の議題は、原因の究明や糾弾ではない。新たに生まれた神を、ロイスマリアの神として承認するか否かである。
神を除き、邪神ロメリアと実際に対峙した者は、眷属の中には存在しない。ドラグスメリア出身の者でさえ、邪神ロメリアを模した分霊体と対峙した経験しかない。しかし、邪神ロメリアがどの様な存在か、その所業も含めて十二分に理解している。
原初の神に反旗を翻した、今は無き反フィアーナ派でさえも、邪神ロメリアに唆された犠牲者と言えよう。
元を正せば、邪神ロメリアは全ての元凶である。冬也等が浄化したから、もう問題は起こさない。その保証が、何処にある。
疑ってかかるのは当然だ。説明を終えたフィアーナへ、多くの質問が投げかけられるのも、無理の無い事だろう。
だが、フィアーナは質問に対して一切の返答をしなかった。発したのは一言だけ。
「実際に、自分の目で見て確かめなさい。質問はそれからよ」
フィアーナは皆にそう告げると、議場の入り口に向かって、手招きする様な仕草を行う。そして、議場にゆっくりと足を踏み入れた新たな神は、邪神ロメリアそのものの姿をしていた。
一同は息を呑む。さもありなん。その姿は、かつて世界を混乱に陥れた邪神の姿である。否応なしに、過去の惨劇を思い出させられる。
邪神というシステム上、ある程度の所業は大目に見て来た。それを理解しているからこそ、不安を感じざるを得ない。
確かに目の前にいる、新たな神からは一切の邪気を感じない。しかし、過去の記憶を全て有しているなら、再び邪神になり得る可能性も秘めているはずなのだ。リスクを回避するならば、存在を抹消するのが適切な対応なのだろう。
原初の神々からは、危険性を訴える声が次々と上がる。しかし、それに異を唱えたのは、意外にも地上の生物から眷属となった者達であった。
過去の行いと、未来の可能性は、切り離して考えるべきだ。過去を省みて、危惧するのも仕方がない。しかし、それだけで未来を摘み取るのは、今までと何も変わらない。地上では種族を超えて、手を取り合おうとしている。地上の者達が出来て、なぜ神が出来ない。
少なくとも、我々は彼の意志を聞いていない。我々の勝手な憶測で決断するのは、公平だと言えるのか?
直接の被害を被ったのは、神々ではなく地上の生物である。遺恨が有り容易に認めれない、それが眷属達の口から放たれるなら理解出来る。
ただ、眷属達の口から、そんな言葉が出るとは、原初の神々でさえ驚きを隠せなかった。