第四百七十六話 邪神ロメリア ~新たなる神~
遼太郎の言葉は、ロメリアを震わせる。そして、ロメリアは更に力を籠めて遼太郎を殴りつけた。どれだけ殴りつけても、目の前の男は平気な顔をしている。それどころか、笑顔さえ浮かべている。
ふざけるな! そのにやついた顔を、歪ませてやる!
「わかってるじゃねぇか、ダチ公! でも、足りねぇぞ! もっとだ! そんなんじゃ、俺はたおせねぇぞ!」
ロメリアの攻撃に威力が増していく。それと同時に、遼太郎が反撃を始める。両者の拳が互いの頬を捉える。ロメリアはどれだけ殴られても立ち上がり、闘志を示した。
遼太郎の拳は邪悪を消し去る。
最初に拳を受けた時には喪失感を感じた。今受けた拳は痛みを感じる。否応なく、己の変化を自覚させられる。殺したいのではなく、純粋に勝ちたいと思う。自分を凌駕する目の前の男を超えたいと願う。受ける痛みに生きている実感を感じる。
そう、既に身体は変化を遂げ始めている。
全身を貫く痛みに耐え、ロメリアは一心不乱に拳を振るう。そうやって殴り合いは続いていく。
段々と遼太郎の頬が腫れていく。鼻や口から血が流れ出していく。それでも殴り合いは止まない。それはもう戦いではない、試合でもない、喧嘩でもない。
意地の張り合いだ。
「何故だ! 何故、お前は倒れない!」
「それは、俺がつえぇからだろ!」
「ふざけるな! たかが人間如きが神に敵う訳が無い! そんな事はあってはならないんだ!」
「そりゃあお前、俺は研鑽をし続けて来たからだ。人間の体で何百年もな」
「だから何だって言うんだ! クソガキもそうだ! クソ雌もそうだ! みんな、みんな、お前らは何なんだ!」
「お前は、借り物の力を行使してただけだろ? お前自身の力は、今ようやっと使い始めたんだ。俺等と違って当然だろ! 俺等に敵わなくて当然だろ! 神も人もねぇよ!」
「お前はいつもそうだ、ミスラ。僕に余計な知識を与え、感情を与え、使命の邪魔をする! 僕は使命に従って来た! それが間違いだとでも言うのか!」
「あぁ、間違いだね。間違いだらけだ」
「冗談じゃない! 僕の使命は悪意を集めて消える事だ! それは絶対なんだ! それを覆す事は神にすら許されない!」
ロメリアは気が付いていない。自身が『遼太郎をミスラと呼んだ』事に。悪意に染まり歪んでしまったロメリアは、もう存在しない。遼太郎と殴り合って、激しく声を荒げているのは、あの頃のロメリアだ。
口では『使命』を尊ぶ。しかし、奥底で目覚めつつある己の意思は、別の事に支配されようとしている。
目の前の男に、一歩でも近づきたい。叶うなら、目の前の男を超えたい。それは、憧憬と呼ばれるような感情だ。
「わかるか。お前の浄化は、とっくに終わった。もう邪神じゃねぇ。なぁダチ公。システムから解放されて、邪神じゃなくなったら、どうなりたい?」
「愚門だよ。こんな事は、口が裂けても言いたくないけどさぁ。僕はお前に勝ちたい! お前みたいに、自由になりたい!」
「なれるぜ、お前なら」
「調子に乗るな! それはお前に勝ってからだ!」
既にロメリアは、腕を動かす事すら不可能であった。そんなロメリアに足を踏み出させるのは、意志の力だろう。絶対に勝ちたいという意志だ。
それでも遼太郎には届かない。たかが人間に何故己の拳が通用しないのか? それは、研鑽をして来たからか? 何よりも、勝つという意志が誰よりも強いからか? 恐らく、どっちもなのだろう。
己を取り戻したロメリアは、殴り合いを続けながらも自身に問いかけを続けた。悪意に歪まされていたとはいえ、自分のしでかした事は全て覚えている。それは使命を逸脱した事で有る。許されてはならない事だ。だからと言って、どんな贖罪をすれば良い? 何をすれば償える?
ミスラは自分には可能性が有ると言った。それはどんな事なんだろう? もしかすると、本当に自分は『邪神』というシステムから離れ、神らしい何かを出来るのだろうか? もしかすると、それが贖罪に繋がるのだろうか?
出来る事が有るなら、それを成したい。それを成せる神になりたい。冬也の様に、ペスカの様に、ミスラの様に、アルキエルの様に、ブルの様に。
使命に縛られるだけでない。地上の者と慣れ合うだけでない。皆と共に歩み、共に助け合い、共に成長する。そんな神になりたい。
殴り合いは、意地の張り合いを超える。それが最初の一歩となる。
確かに変化は遂げつつある。しかし、神格はまだ変化をしきっていない。体から邪気が抜けていけば、もう体を維持できない。ロメリアは限界だった。
恐らく、これが最後だろう。ならば、全身全霊で遼太郎に一撃を与える。そして振り抜いた拳には、これまでに無いスピードと威力が乗る。
この殴り合いで、遼太郎は初めてロメリアの拳を躱した。受け止めるのでも、捌くのでもない。遼太郎に躱す事を選択させたのだ。
それだけロメリアの攻撃が、受け止められない威力であったのだ。無論、そんな威力の攻撃を上手く捌ききる事は出来ない。
そして、カウンター気味にロメリアの身体に掌底が叩きこまれる。そして、ロメリアは吹き飛ばされながら意識を失う。
ロメリアは意識を失い地面を転がる。全力を尽くしても遼太郎には届かなかった。それでも、力を出し尽くしたロメリアの表情からは、鬼気が消えていた。
次の瞬間、ロメリアの神格は光に包まれていた。そして、ロメリアの体に神気が生まれる。それは、今までの禍々しい邪気ではなく、神々しい光であった。それは、崩れかけた体を再生させていく。
新たなる神の誕生だ。『邪神ロメリア』ではなく、ただの『男神ロメリア』だ。
体は再生される、神気も充実している。そんなロメリアを、遼太郎は優しいまなざしで見つめる。ペスカは両者の健闘を称えて拍手を送る。そして、冬也は通信を行う。連絡先は当然、異世界ロイスマリアの大地母神、フィアーナである。
「お袋、新しい神の誕生だ。そっちで承認してやってくれ。あぁ? 今回はあんた、ほとんど何もやってねぇだろ! ゲート位、直ぐに開けろよ!」
「おい! 冬也、そんな事をしてもらう訳には……」
「何言ってんだ? ロメリア、お前はちゃんと承認してもらわなきゃならねぇだろ?」
「そうだよ、ロメリア。あんたは、ロイスマリアで新たな神として承認してもらうの。罪を償うのはそれからだよ」
通信を終えるとゲートが開く。遼太郎はロメリアを誘導すると、ゲートの上に立たせた。ゲートが光ると共に、ロメリアの身体が消える。それを見届けると、冬也は振り返った。
「やっと終わった。家に帰ろう」
「お疲れ様、お兄ちゃん。パパリン、頑張ったね。予想以上の結果だよ」
「お前等もお疲れさん」
ロメリアは、世界中から悪意を吸い取り、浄化された。そして、ロメリアという新たな神に至った。運命というシステムに翻弄され続けた神は、最後に自由を手に入れた。
地球上で、多くの人間が死んだ。多くの悲しみが生まれた。多くの建物が破壊され、多くの技術と文化遺産を失った。
しかし、立ち止まれば犠牲になった命は浮かばれない。生き残った者達は崩れ去った現実を見据え、歩き出さなければならない。
もし、傷ついた者に手を差し伸べる、許しあうことが出来る、助け合う事が出来る世界が創れるなら、そんな未来も悪くない。
人類よ、敗北者であり続ける事なかれ。人類よ、勝者であれ。未来は誰も知らない。自分の手で切り開くからこそ、その未来は輝きを増す。
今日この日が、新たな神ロメリアの、地球人類の、新しい門出の日となる。
犠牲者達の旅立ちが幸せで有る事を願い、冬也とペスカは黙とうを捧げる。冬也の後に続き、仲間達も同様に黙とうを行った。そして、新たな門出に幸が有る事を願い、一斉に大空を見上げた。
全ての魂魄に、幸あらん事を。




