第四百七十四話 邪神ロメリア ~友情の行方~
遠い昔、ある星が滅びた。その星は生物が住めない程に破壊され、神々に打ち捨てられた。神々は、その星で地上の生物に干渉する事を禁じた。導く者が存在しなかった故か、それとも人間という種族が傲慢過ぎたのか、地上では戦乱が絶えなかった。
人間は欲望のままに行動し、星を食らい尽くす。やがて命が枯渇した星は、壊れて行った。そして、神々はその星を放棄し新たな星を創り、再び生物を創り出した。
神々は前回の反省を活かす為に、次の星では新たなシステムを作りだした。それが生物の悪意を吸収した後に消滅する、邪神システムであった。
そうして、ロイスマリアに『邪神ロメリア』が産まれた。
神々はロメリアに余計な知識を与えない為に、星の記憶へのアクセスを禁じた。更に、感情を持つ事を禁じた。只々、機械的に目的を遂行するだけの存在へ仕立て上げた。しかし、それに異を唱える存在も居た。それが、戦いの神ミスラであった。
ミスラは、しばしばロメリアに会いに出かけた。そして、色んな事を話して聞かせた。それは、かつて滅びた星の事。星を滅ぼした人間の事。それを眺めていただけで何の行動も起こさなかった神々の事。地上の美しさ。人間の営み。亜人の営み。魔獣の営み。世界を守護する龍。神に与えられた役割。
そうやって、ロメリアは知識を吸収していった。
更にミスラは、物語を語って聞かせた。時に冒険譚、時に恋愛話と面白おかしく話してみせた。
その中で、ロメリアは感情を獲得していった。
ロメリアは純粋だった。様々な知識と知恵を得ても尚、役割を忠実に果たそうとした。生まれた感情を己に封じ、地上の生物の為に有ろうと努力を重ねた。ロメリアの在り方は、ミスラにとって誇りであり、同時に不満でもあった。何故、同じ神なのに消滅する事が前提なのか? それに納得をしていなかった。
確かに邪神システムは、友好的かも知れない。これが有れば、人間達は無用な争いを起こさないだろう。欲望のままに星を食らい尽くさないだろう。互いに助け合い、競い合い、更なる成長も期待出来るかも知れない。
しかし、ロメリアが犠牲になる必要が無い。
ミスラは、己の考えに矛盾が有る事を理解していた。それでも納得は出来なかった。故に、最後の時間まで友として傍に居ようと考えた。
だが、邪神システムは神々が想定した通りに機能しなかった。長い時間をかけて世界中から悪意を集め続けたロメリアは、徐々に存在を変質させていった。
それは、ミスラが余計な知識を与えたからか? それとも、感情などと言う不要なものを獲得したからか? いずれにせよ、ロメリアは邪神システムから逸脱していく。
動物、植物、虫等は本能的に次代を残す為に行動する。そして循環して星に帰る。それこそが星にとって最良の環境だ。それには、欲望を持つ人間や亜人が邪魔だ。
例え、世界を守護するエンシェントドラゴンが居ようとも、全てを管理する事は出来ない。このまま人間や亜人が繁殖を続ければ、いずれは星が破壊される。
だから、人間や亜人を滅ぼさなければならない。但し、それでは神々の支配に歪が生まれる。故に、魔獣も滅ぼして理想の環境を作り上げなければならない。
ロメリアは純粋だった。純粋だった故に、その思想は歪み始めた。
最初に、眷属を作り上げた。次に、星を破壊する病巣を摘出する為に行動し始めた。その間にも、ロメリアは地上から悪意を吸い続ける。力は増し続ける。やがて、その力は原初の神にすら匹敵する様になっていく。
その歪みに気が付いたミスラは、ロメリアと対話を重ねた。しかし、純粋故にロメリアは意思を変える事は無かった。やがて、ロメリアとその眷属達は混沌勢と呼ばれる様になり、神々から疎まれる存在になっていく。
そうやって、神々の中に対立構造が生まれる。それは、次第に激化していく。ロメリアは悪意に呑まれて、存在そのものを完全に変質させていく。それは、ミスラにすら止められない。
やがて、己の存在意義を賭けた戦いへと移り変わる。それが、タールカールの地を滅ぼした神々の戦争であった。
戦争は熾烈を極めた。特に、原初の神に匹敵する力を持ったロメリアの存在は厄介だった。タールカールの地とそこで生きる生物を犠牲にし、多くの神が消滅していった。
しかし、原初の神々とそれに組する神々と比べ、混沌勢の数は余りにも少ない。徐々に混沌勢は押されていく。その戦争で最も戦果を上げたのは、当時最強と呼ばれていたミスラであった。
ミスラは、ロメリアの眷属達を次々と消滅させていく。そして、混沌勢が残り少なくなった時に、ロメリアと対峙した。
ミスラは、ロメリアと戦いたくは無かった。しかし、ロメリアを含めた混沌勢を消滅させなければ、タールカールの地だけではなく星自体を破壊する事に繋がるだろう。故に、ロメリアと戦わざるを得ない。
それは、ミスラにとって受け入れ難い二律背反だったのだろう。
ミスラとロメリアは拳を交える。如何にロメリアが力を増したとて、ミスラに敵う訳が無い。しかし、決着が着く事はない。ミスラが矛盾を抱えているからだ。
それは、戦争に置いて致命的だった。ミスラは、傷ついたロメリアを逃がした。それが、ミスラにとって、最後の抵抗だったのだろう。
神々の戦争は終結した。しかし、大きな禍根を残す事になる。
ミスラは神の世界で発言権を失い。やがて、暴走したアルキエルに敗北する。最強と呼ばれたミスラが敗れたのは、後悔を抱えていたからかも知れない。
「待て! 待ってくれ冬也! そいつを消滅させないでくれ!」
「馬鹿言うんじゃねぇよ親父」
「決着は俺に着けさせてくれ。頼む、俺がやらなきゃならねぇんだ」
走りだした遼太郎は、冬也の前で深々と頭を下げる。既に、ロメリアに二柱を相手取る力は残っていない。息も絶え絶えなロメリアは、その光景をただ眺めていた。
目の前で頭を下げている男は誰なのか? ロメリアには男の記憶は残っていない。それだけ変質してしまっているのだから。
それでも、ロメリアにとっては好機なのだろう。二柱を相手取るよりも、人間が相手の方が良い。それなら確実に勝てる。この場から逃れられる機会も有るかも知れない。
そうやって考えを巡らせるロメリアを横目に、冬也は言い放った。
「もう、神気は残っちゃいねぇだろ? 本当に唯の人間だ」
「でも、マナは扱える。これは全て、俺がしでかした事だ。てめぇの尻くらいは、てめぇで拭かなきゃならねぇだろうが!」
かつて、ロイスマリアで星の記憶にリンクした冬也は、タールカールでの出来事も理解している。「はぁ」と溜息をついた後、冬也は剣を収める。
「お兄ちゃん……」
「仕方ねぇよ、ペスカ。糞親父にかっこつけさせてやるか」
「まぁ……。そっか……。仕方ないか……」
二柱に許しを得た遼太郎は、「ありがとう」の代わりに笑顔を浮かべる。そして、遼太郎はロメリアに向き合い拳を掲げる。対するロメリアは口角を吊り上げる。
過去の後悔を清算する為に、遼太郎は拳を振り上げる。
「人間如きがぁ! 僕に勝てると思うなよぉ!」
「今度こそ、目を覚まさせてやるよ! ダチ公!」