第四百七十三話 邪神ロメリア ~最強の神~
冬也は人型の何かに向かって剣を振るう。次の瞬間には夥しい瘴気は消え失せ、人型の何かは消滅していく。ペスカが手を翳すと、黒ずんだ怨念が眩い光に包まれて、人型の何かは消滅していく。ロメリアによって世界中から集められ繋ぎ留められた怨念が、神の力に触れて清められていく。
それは、奇跡の瞬間でも有ろう。神だけが起こす事が出来る奇跡だ。
しかし、ロメリアの執念は未だ燃え盛っている。集めた怨念は未だ多く、冬也の神域を澱ませていく。
どれだけ力を集めたとしても、目の前の二柱を相手にするには足りない。そんな事はロメリアとてわかっているのだろう。だからこそ、その瞳はどす黒い執念に染まる。再起を図る為に足掻く。
そうやって、幾度も消滅の危機を乗り越えて来たのだ。今度だって逃げ切って見せる。
本当なら、この世界をもっと壊したかった。神々が干渉しない世界など、殆ど存在しない。その意味では地球は暴れやすかった。そして、力を溜めやすかった。
この地球と言う星に住む人間達は、どれも狂っている。どこかがおかしい。どこかが歪んでいる。
他人を蔑む事でしか満足感を得られない。他人を見下す事でしか自己を肯定できない。そんな下らない存在ばかりだ。
それは小さな歪を幾つも生み出す。それは大きくなり、社会を混沌へと導いていく。邪神の力を利用しようと考えた下衆達も存在した。しかし、その者達は手を下す必要も無いほどに壊れていた。
だから好き勝手にさせた。そして望み通りの展開になった。間違えたのは何処からだろう。
もう、この世界はもう終わりだ。これだけ周到に準備して行動に移しても失敗した。もう一度ロイスマリアに戻る。次こそ全てを滅ぼす。
だから、せめて、目の前の邪魔者だけは排除していく。例えロイスマリアに戻っても、こいつ等は立ちはだかるだろうから。
そして、ロメリアはありったけの邪気を放出した。世界を再び混沌に書き換える為に。しかし、それは成らなかった。何故なら、ロメリアの前には最強の神が立ちはだかっていたのだから。
溢れかえる様に、次々と生み出される人型の何かは、冬也の一振りで消されていく。浸食が広がる事は無い。寧ろ、せっかく浸食した神域が元に戻っていく。
ロメリアから吹き出す邪気が、周囲を朽ちらせる事は無い。倒れている人間共に、僅かにさえも影響を与える事すら叶わない。
「何故だぁ! くたばれよぉ! くたばれよぉ! 何で消滅していく? 何で失われていく? 何故だぁ!」
「何度もやりあったのに、未だ理解してねぇのかよ。てめぇの力は借り物だって、何度も言ったろ」
「馬鹿な事を言うなぁ! この力は僕の物だぁ!」
「変わらないね。まぁ邪神って言う位だしね。変わったりはしないんだろうね。でもね、あんたの力は唯の悪意なんだよ。あんたはそれを利用するしか出来ないんだよ」
「それが邪神だ!」
「アルドメラクの野郎は邪神のシステムを理解してたぜ。お前は違うのかよ?」
「知ってるさぁ、知ってるよぉ。貴様等に言われなくてもねぇ!」
「それなら救ってやるよ、お前もな」
「生意気を言うなぁ!」
目の前に広がるのは、壮絶な戦いではない。邪を清める清祓である。空気は清々しさに満ち溢れている。頬に当たる風は、温かな優しさに包まれている。そんな中で、邪気が存在出来る筈がない。その光景を見て、何かを感じ取る者も居るだろう。
「これが、神の戦いか?」
「ガキ。こんなの戦いじゃねぇ、喧嘩ですらねぇ。浄化って言うんだ」
何度も生を繰り返しても、こんな光景は見た事すら無いだろう。これだけ大きな力も感じた事が無いだろう。心の底を洗い流してくれる様な感覚に陥った事は無いだろう。
当然だ。人間の成せる技ではないのだから。
「私の、ミストルティンのした事は、やはり間違いだったんだな」
「わかりゃいい。ガキ、よく聞いとけよ。戦争のきっかけを作ったのはてめぇ等の組織だ。でも、戦争を拡大させたのはロメリアじゃねぇ。自由と暴力の意味を理解してねぇ馬鹿な人間共だ!」
「でも、それは!」
「ここには、少し居ただけだけどよぉ。この世界は文化が進歩してる割に、住んでる人間共は進化してねぇ。糞みてぇな奴等が多い。歪んでやがんだよ」
「でも、それを正そうとするのに、こんなやり方は間違っていた」
「そうだろうよ。糞みてぇな奴等の悪意を吸い取って、ロメリアは力を手に入れるんだ。争いの中で沸き起こる憎しみを操って、更に力を増すのがロメリアだ。根源は人間に有る」
「人間の進化……か……。重いな。生を繰り返して来た私とて、進化したとは言えない」
「簡単じゃねぇよ。でもな、せめてあの小娘共位にはなってみせろ」
そう言うと、アルキエルは空やレイピア達を指さす。
「怖ぇのに立ち上がる勇気、邪気にあてられても呑まれない信念。ああ言うのが、魂魄の強度を何段階も上昇させるんだ」
「それと優しさだよ。健兄さん」
「あぁ。そうだな、確かにそうだ。遼太郎」
この状況を作り出したのは、冬也とペスカではない。命懸けで深山を救おうとした遼太郎。圧倒的な力の差にも怯まずに立ち向かい、傷を負わせたアルキエル。仲間を守る為に邪悪に立ち塞がったブル。諦めずに結界を張り続けた空。狂気に満ちた空間で勇敢に立ち回った翔一。自分の力を信じて攻撃を続けたレイピア、ソニア、ゼル。彼等を補助しながらも、力を出し尽くしたクラウス。足りない力を補う様に奔走し続けた美咲と雄二。そして、皆が倒れていく中でロメリアを押し留めた飯縄権現。
彼等の献身が無ければ起こり得なかっただろう。それだけではない。エリーや林、陰陽師のチームが居なければ、もっと早い段階で状況は悪化していただろう。佐藤ら警察チームの存在がなければ、ここまで戦えてなかったかも知れない。
これは、皆が作り上げた状況だ。そして、最後に邪悪へ立ちはだかったのが、最強の神というだけだ。
ロメリアが人型の何かを作り出すよりも、二柱の神の浄化が上回る。ロメリアから邪気が消えていくのがわかる。禍々しく変質した形が、徐々に小さくなっていく。
ロメリアがどれだけ喚き散らそうとも、状況は変わらない。少しずつ邪気が祓われ、やがてロメリアの神格が露わになる。
これを壊せば、全てが終わる。
しかし、その時だった。立っているだけでやっとだった筈の遼太郎が、ロメリアに向かって走り出した。
「ミスラぁ! ようやくやる気になったかよぉ!」
「違う! あいつは独りだ! 独りで逝かせる訳にはいかねぇよ!」
「今のてめぇは、神気の欠片すら残っちゃいねぇ。唯の人間だ。そんなんで、やれんのかぁ?」
「出来る出来ねぇじゃねぇ。ダチの為に命を賭けられねぇ様な奴は、人間ですらねぇ! 俺は人間だ。もう神じゃねぇ。糞程にも力はねぇ。だけど、ダチだけは助けてみせる!」
「それなら行って来いよ、ミスラぁ」
「目を覚ませぇ! ダチ公ぉ~!」




