第四百七十一話 邪神ロメリア ~反撃~
「お兄ちゃんにしては、よく我慢したね」
「そうでもねぇよ。ブルが止めてくれた。アルキエルもだ」
「ブルはわかるけど、アルキエルは意外!」
「あいつには、あいつなりの哲学が有る」
「まぁ、戦いの神だしね」
「なぁペスカ。後は任せていいか?」
「うん。今度はお兄ちゃんが、あいつを救ってあげて」
軽く言葉を交わし、ペスカは笑みを浮かべて冬也を送り出す。
ペスカが戻って来た事は、一つの事実を意味する。そして冬也は、ゆっくりと歩みを進めた。一歩ずつ確実に、辺りを確かめる様に。そして、冬也は飯縄権現に近づくと、その肩を軽く叩いた。
「おっさん、もう大丈夫だ。後は俺に任せて、あんたは休んでくれ」
「何を仰る、我はまだ戦えますぞ」
「いや、いいんだ。あんたとみんなが踏ん張ってくれたから、条件が整った」
冬也の言葉を受けて、飯縄権現は周囲を見渡す。
自分の支配地は、完全に冬也の神域として確立した。例え、邪悪な力が脅かそうとも、決して崩れ去る事は無いだろう。
何よりも、外には戦の気配を感じない。世界中に満ちていた悪意が、少しずつ薄れていく。飯縄権現は、全てを理解し冬也に頭を下げた。
「委細、承知しました。ご武運を冬也様」
「様は要らねぇよ。あんたみたいに立派な神様が、俺の下につく必要はねぇ。それに全てが終わったら、この場所も日本もあんた等に返す」
「有難きお言葉、感謝致します」
飯縄権現は頭を上げると、羂索を緩めてロメリアを解放する。そして、ペスカ達が居る場所へと歩いていった。
一方、ペスカは状況を確認する様に、辺りを見回していた。ある程度は予想はしていた。安西や佐藤ら一般の人間達が、無事だったのは僥倖だ。
しかし美咲と雄二、二人の能力者の死を止める事は出来なかった。ペスカの心にズキりと痛みが走る。
だが、ペスカは美咲の遺体を見て、ふと頭にある事が浮かぶ。近づいて来る飯縄権現に、慌てた様子で声を発した。
「飯縄権現様。美咲さんの魂魄を。いや」
ペスカは、言いかけた言葉を呑み込んだ。その意図を理解したのだろう、飯縄権現は回収した美咲の魂魄を懐から取り出すと、ペスカに優しく語りかけた。
「それが良かろう。この魂魄は、お主の加護で守られておった。だからほとんど損傷は無い。それにしても、どれだけ過酷な人生を送って来たんだろうな。それに立ち向かって来たからこそ、この魂魄は輝きに満ちておる。この子にお主の加護は、もう必要なかろう。輪廻に戻してやるのが良いだろう。我が祈ろう、この子に輝ける未来が有る事をな」
「私も祈ります。美咲さん。設楽先輩。二人により良い未来が、待っている事を」
今、この瞬間ならば、美咲を蘇生させる事が出来ただろう。かつてのスールと同じ様に。ただ、蘇生と同時に美咲はペスカの眷属となる。もう人間としては生きられない。それは、本当に美咲の意志なのか。優しく穏やかな性格で芸術を愛した美咲が、本当に望む事なのか。
恐らく、飯縄権現の言う通りなのだろう。目を覆い口を潰し耳を塞ぎ、命を絶ちたくなる程の非道に耐えた。心を壊してもおかしくない程のトラウマを植え付けられても、乗り越えてみせた。美咲を輪廻に戻す、これが正解なのだろう。
雄二とて同じだ。自分の母校を破壊したのだ、騒ぎになっただろう。異物扱いされただろう。狂気の目で見られたに違いない。
暴走したとは言え自分が犯した事だ。死を選びたくなる程の、後悔をしたに違いない。しかし、雄二はそれを乗り越えて、強くなる事を選んだ。死ぬことよりも生きて償う事を、自ら選び取ったのだ。強さを履き違えなかった雄二は、間違いなく人生の勝利者であろう。
自分達に出来るのは、祈る事だけ。彼らの道が、輝けるものである事を。ペスカと飯縄権現は、二人の魂魄に祈りを捧げる。人は、それを神の祝福と呼ぶ。
☆ ☆ ☆
羂索から解き放たれた瞬間、ロメリアは冬也に飛びかかろうと動いた。しかし、冬也にひと睨みされただけで、動けなくなる。
恐れている訳では無い。それに冬也からは怒りを感じない。先に憤った時の、あの強烈な闘気すら感じない。
ロメリアは、この瞬間に悟ったのだろう。自分は四度、敗北するのだと。しかし、それを享受する事は出来ない。古の神、ロメリアの名にかけて。
ロメリアは、己の中に有るありったけの邪気を膨らませる。その身に宿す、全ての怒りを籠めて言い放った。
「貴様ぁ! 勝ったつもりでいるのか? ふざけるなよ、クソガキ!」
「なぁ、ロメリア。俺はさぁ、星の記憶を見てから、お前の存在をようやく理解したんだよ」
「何を言ってる。頭までおかしくなったのか?」
「お前に未来はねぇよ。悪意を全て食らい尽くした後は、どうなると思ってんだ?」
「そんな事、知るか! 僕には関係ない事だろ!」
「知ってるから、怖いんだよな。だから、ずっと逃げて来た。わかるぜ、誰だってそうだ。でもよ、いつまでも逃げてる訳にはいかねぇよ。そうだろ?」
「ふざけるな! ふざけるな! 僕は消滅なんかしない! 僕は貴様になんて負けはしない!」
「勝ち負けじゃねぇんだ。前に俺は言ったよな、お前の神格が見えるってよ。今は見えねぇんだ」
「それは、僕の力が前と比べ物にならない程、増大したからだろうが!」
「そうじゃねぇんだ。お前の神格は、小さすぎんだ。今のお前より、ブルの方がよっぽど神格はでけぇぞ」
「馬鹿にしてんのか!」
「そうじゃねぇよ。思い返せば、お前をちゃんと浄化してやれなかった。最初の時も、二回目も、消滅しか出来なかった。悪かったな、ちゃんと浄化してやれなくてよ」
「舐めるな、ガキ! 僕の負けが、確定してるみたいに言うな! 調子に乗るな!」
「今のお前は、何もかもがハッタリだ。流石に能力者から、強引に能力を奪った時は、腹が立ったけどな。でも、おっさんのおかげで、奴らの魂魄は無事だ。だから、それも許してやるよ」
「ふざけるな! 貴様如きに何を許される! 調子に乗るな! 甘く見るな! 僕がこれから貴様らを八つ裂きにするんだ。貴様らが、僕に泣いて謝るんだ。許して下さいってね! 許してやらないけどさぁ!」
「問答は終わりだ。さぁ、やり合おうぜ、糞野郎! 俺の言葉を否定したいなら、勝って見せろ!」
「当然だ! この愚か者!」
最初に存在の危機を感じたのは、タールカールの地だった。多くの悪意を吸収し、眷属を増やして、神々に反旗を翻した。自分達が生きやすい世界を作りたかった。
戦いは熾烈を極めた。特に戦いの神々は厄介な存在だった。彼等に半数の眷属を消滅させられた。その時、初めて敗北をした。
消滅の危機だった。しかし、ミスラによって救われた。
ミスラが何故、自分を助けたのかはわからない。理解もしたくない。だけど、生き延びた。だから、残った眷属を連れて逃げた。そして、神域を作って隠れた。何百年も。
力を蓄えた。今度は勝つために。だが、如何に力を蓄えた所で数には勝てない。だから、神々の綻びを狙った。その狙いは正解だった。
原初の連中に隠れる様に、反旗を翻そうとする連中は増えて行った。そいつ等を使い手駒を増やして行けば、今度は勝てると思った。
そして行動に移した。
二度も間違いは犯したりしない。正面からぶつかるなんて真似はしない。策を張り巡らし、慎重に慎重に行動した。人間を操り争わせた。
しかし、問題は人間の中に優秀な奴がいた事だ。その小娘はこちらの思惑を尽く潰していった。忌々しい存在だった。但し、人間が長生きをしない事はわかっている。小娘が死ねば事態は好転する事もわかっていた。その通り、小娘は死んだ。事態は好転する筈だった。
予想外だったのは、小娘が姿を変えて戻って来た事だ。それも、ミスラの魂を感じさせるクソガキを連れて。だが、まだ弱い。潰すのは簡単だった。そのはずだった。計算外だったのは、ライン帝国の城内であった。小娘とクソガキに大きく力を削がれた。
そして、神気を回復させるために異界の地へ赴いた。立ち塞がった敵は、思いの他強かった。しかし、封じる事に成功し後は回復に努めるだけだった。
計算外だったのは、予想外に奴らの到着が早かった事。回復も儘ならない状態で、戦わざるを得なかった。万が一の為に、本体を切り離して人間の中に隠れたのは正解だった。まともに戦える状態では無かったのだから。
追い詰められた所を救ってくれたのは、己の神格を分けて誕生した、嫉妬の女神メイロード。逃げる様にロイスマリアへ戻り、策略の限りを尽くした。しかし、奴らは全てを乗り越えて、自分の所まで辿り着いた。そして、分霊体は消滅させられた。
三度目は、ドラグスメリアだった。
分霊体が消滅させられる前に、保険をかけておいた。その保険は、エンシェントドラゴンの身体を器にして、多くの土地神を取り込んで力を増した。そして、乗っ取った神を使い、奴らの殲滅を試みた。
しかし、奴らの手で全ての企みは潰えた。そして、反フィアーナ派の連中は使い物にならなかった、アルキエルの手で大きく傷付けられた。消滅させられるのは、時間の問題だった。
四度目は無い!
ロメリアは邪気を集めて剣を作る。そして、素早く降り下ろした。アルキエルの身体を貫き、その体に数多の傷を付けた剣。それは、奇しくもあの戦闘とは真逆の形となる。
目にも止まらぬ速度で振り下ろされた剣を、冬也は軽々と片手で受け止める。そして事も無げに、剣を握り潰した。
「わかるか? これが、アルキエルの、いや。翔一、空ちゃん、レイピア、ソニア、クラウスさん、ゼル、天狗のおっさん。みんなが作り出した結果だ。アルキエルに勝ったと思ってるのか? それは、大きな勘違いだ。翔一達に勝ったと思ってるのか? あいつらを馬鹿にすんなよ! お前は、お前が馬鹿にした奴らに負けたんだ。悔しければ、もっと本気でかかって来い! 満足するまで、相手にしてやるよ!」




