第四百六十八話 邪神ロメリア ~ペスカの戦い 後編~
「我が国は、世界の警察だ。大陸側からの攻撃に際して、同盟国を救う。それのどこがおかしい。ありとあらゆる国が、我が国に宣戦布告した。寧ろ、それについてお聞かせ頂きたい」
「アメリカ大統領。貴国が、我々に反旗を翻そうとしていたのは知っている。だが、我々の誘いに乗り仲間を裏切ったのは、貴国ではないのか? 世界の警察が聞いて呆れる。東アジアの利権に釣られた欲深な愚か者よ! そうやって正義を掲げる振りをして、どれだけの利権を得て来た? 隠せるとでもおもっていたか? 世界中の誰もが、貴国が正義ではない事を知っておる」
嘲笑する様な言い回しで、アメリア大統領の正当性を打ち砕く。
「我が国は、最後まで反対した。貴様らの悪辣なやり方で、戦わざるを得なかった。これだけの事をしておいて、何を今更言っている。これが、貴様らの目論見ではないのか? ふざけるな、ミストルティン! これでは深山が浮かばれない! 深山の部下が浮かばれない! 高みに座ってないで降りて来い! 今すぐ、俺が殺してやる!」
「では聞くが、貴国は何故ドイツや、貴国から独立した国々に侵略した? 戦わざるを得なかったと言ったな? それはアメリカの裏切りか? 深山とやらの、意志を引き継ぐなら、貴国だけでもこの戦争に反対すれば良かっただろう? 結局は、我々の命に従い、他国を侵略したのだ。罪の無い民を殺しまわったのだ。同罪であろう、愚か者が!」
ミストルティンメンバーの身体を使っているとはいえ、いつになく激しい口調で、ペスカは首脳達を糾弾していく。それには理由がある。
ミストルティンに命じられたから、仕方なく戦争を起こす。この絶対は、有ってはならない。
戦争を肯定する訳ではない。だが命じられて戦うのに、何の意義が有る。戦う兵士は、何の為に戦えばいい。戦争に敗北した国の一部の首謀者は、詰め腹を切らされる。何処が戦争裁判だ。一方的な裁判に本当の価値など有るのか?
敗北した国は疲弊する、そして他国の食い物になる。その反発で起きた、二回目の大戦ではないのか? 例えミストルティンの命だとて、善悪の判断も出来ない様なら、本当の意味で支配からの脱却は出来ない。
戦争が絶えないのは、何故か。それには幾つもの理由が有るだろう。人種問題、宗教問題等様々だ。しかし一番は、知らないからではないのか?
相手が攻めて来るかもしれない、相手に国を乗っ取られるかもしれない。だから、防御を固める。しかしそれは、本当に防御を固めるだけで終わっているのか? 侵攻する意志は無いのか?
何を持って軍備を増強する。何の理由で他国を攻撃する。そんな状況で、国民が納得しなければ、国という体裁は成り立つのか? それこそ無くなってしまった方がましだ。
手を取り合うには、知る事から始めなければならない。理解し合う努力をしなければならない。誰もが怖いのだ。だからといって、威圧的な態度を取るのは大間違いだ。
個人間で、人種や言語を超えて、友人になる例は多く有る。友好都市と呼ばれ、遠く離れた都市間が繋がる例もある。それを、国が出来ないはずは無かろう。目先の利益だけを見ているから、出来ないだけだ。
多くの死者を出したこの大戦は、後の世に大きな影を落とす可能性が有る。操られたとはいえ、遺恨は残るだろう。やるせない想いは、何処にぶつければいいのだろう。それでも、前に進む為には、世界中の人々が手を取り合う必要がある。
一つ一つ、ゆっくりと静かに、誰もが理解出来る様に語る。それは、ミストルティンメンバーの身体を借りた言葉では無くペスカの言葉、凛と響く少女の声そのものに変わっていた。
今は何が必要なのか、どうすれば平和になるのか、何が間違いだったのか、貧困を無くすにはどうすればいいのか。
支配される事に依存していた国は、少なくないだろう。自ら考えるより、命令に従った方が楽なのだから。それは、過ちを犯した時の言い訳にもなる。責任は自分にないと。それを続ければ、過ちは何度も繰り返す。立ちはだかる壁を、乗り越える事は出来ない。
世の中に絶対の方法など存在しない。そうでなければ、平等を目指した国が内部から崩壊はしない。それでも現存する手段で、模索するしかない。新たな世界を目指す為に。
説得には長い時間を要する。その間、仲間達にロメリアと対峙して貰う事になる。それでも、世界に充満する悪意を取り払わなければ、一連の騒動に幕は下りない。
同時にペスカは信じていた。空なら、深山の能力を消滅させ、ロメリアと洗脳された人々の繋がりを断ち切る。
レイピア、ソニア、ゼル、クラウス、彼らの力は皆を助ける。ブルは、佐藤ら民間人を守ってくれる。アルキエルは絶対に負けない。
そして、冬也が居れば邪気が世界を汚染する事は無い。
少しずつではあるが、激しく糾弾され肩を落としていた首脳達が、ペスカの語りかけに耳を傾け始める。少しずつではあるが、ペスカに同調する者が現れる。
そしてペスカの言葉に頷く者が増え、拍手が起こり始めた時、ペスカはミストルティンの壊滅を知らせ、自らの姿を現した。そしてこれまでの経緯を説明する。
「ま、まさか。本当に? いや、信じられん」
「全て事実です。挨拶が遅れましたが、私の名前は東郷ペスカ。異世界ロイスマリアで、神の末席に連なるものです」
「神? そんなものが? じゃあ、今まで話していた事は本当に?」
「私がこの場で嘘を言って、何になります? それとも私が神の力を示さないと、理解出来ませんか? 私の話しは、今起きている事と合致するはず」
「あ、ああ。確かにな」
「私は、神の力で命じる事はしたくありません。皆さんを意のままに操る事は、造作もありません。ですが、それをして何の解決になるのでしょうか? 例え、ミストルティンが原因であっても、実際に戦争を起こしたのは皆さんです。皆さんが悔い改めなくては、先に進む事は出来ません。そしてミストルティンが崩壊した今、下部組織の全てが解散となります。制約から解き放たれて自由になる。その代わりに、自ら判断し行動しなければなりません。わかりますか? 新たな基準は、皆さんが作り上げなくてはならないのです」
ペスカの言葉は、予想以上に重い。
先の大戦以降に国際連合を作り、首脳達が会議をする機会を作った。国連以外にも、様々な組織が存在する。しかしそれらは、国の利益をかけた戦いの場になっている。
国益だけを重視していけない。手を取り合わなければいけない。誰もが納得する基準を、作らなくてはならない。それがどれ程の重圧か。
「先程、皆さんから大きな拍手を頂きました。それは皆さんが、この大戦を悔いる証拠でしょう。ですから今から一時間後に、これから私が言う事を、一言も漏らさずに世界へ伝えて下さい。中には皆さんにとって受け入れ難いものも有るでしょう。ですが、席を立つ事は許しません。通信を勝手に切る事は出来ないとお思い下さい。わかりますか? これは皆さんに対して私が行う、唯一の強制です」
そして、席を立とうとする者は、誰一人として居なかった。強制だから? 違う、誰もが戦争を早く終わらせたいと思っていたのだろう。確かに、ペスカの言葉の中には、納得が出来ないものも有った。しかし、戦争を終わらせた後、復興を考えた時、荒廃した世界をどうやって立て直す。それを考えれば、手を取り合うのは必然とも言えよう。
ペスカの言葉は通訳の魔法で、全ての国の言語に変換されて伝わっている。この通信に参加した首脳達は、一語一句漏らさずに書き留める。そして、誰が言った訳でもなく、この場で停戦協定を結ぶ話に至った。
悪夢は終わりを告げようとしている。そして、世界は新たなスタートを切る。それは今を生きる、人間達の手に委ねられた。