第四百六十七話 邪神ロメリア ~ペスカの戦い 前編~
ペスカの手で悪夢を見せられ、ミストルティンのメンバーは尽く心を壊した。そして、ペスカはその内の一人に命じて、世界各国の首脳と国連事務総長に連絡を繋げるように命じた。それと同時に、下部組織全ての解散を命じる。
既にミストルティンのメンバーは、自我が崩壊している。当然ながら、神の意志に逆らえるはずが無い。円卓に備え付けられた機械を操作し、ミストルティンのメンバーは連絡を取り始める。
しかし現状は、世界中が戦争状態になっている。直ぐに各国の首脳が、応答できるはずが無い。連絡が繋がるまでの間、ミストルティンのメンバーから記憶を読み取ったペスカは、拠点を探りはじめた。
目的の一つは、彼らを生き長らえさせた装置の破壊。人間が転生を行わずに、生き長らえる事は歪なのだ。そんな事をすれば、魂魄に多大なダメージを与える事になる。場合によっては、修復不可能な程に。
魂魄にも強度が有る。そして、本能の赴くままに生きる生物では無く、意志を持ち自ら行動を決めなければならない人間は、生きる事自体が過酷な修行である。生前の行い如何で、魂魄がより強くなる者も居れば、逆に魂魄をすり減らす者も居る。
魂魄をすり減らし転生が叶わぬ者は、修復の為に一定の場所へと安置させられる。それが冥界や地獄、又は天国と言われる様な場所である。
魂魄が弱っているが転生は可能な者は、意志を必要としない生物へと転生させられる。例えば、虫や動物等がそれにあたる。
いずれにせよ生を全うした後、大地の記憶に触れて過去を清算しなければ、魂魄の持つ強度を超える量の経験を蓄積し続ける。その結果は、どうなるか? 風船が破裂するのと同様に魂魄は崩壊する。
ミストルティンのメンバーは、一様に魂魄に甚大なダメージを負っている。無理に装置を使っても、身体を入れ替えられるのは、精々一回や二回が限度であろう。
それ以上は、身体の入れ替えに失敗し魂魄は消滅する。ミストルティンのメンバーの魂魄を修復させるなら、現時点が限界なのだ。
戦争で多くの人間が死んでも、彼らは間違いなく生まれ変われる。だが、ミストルティンのメンバーは別である。罪を犯した事は、消滅していい理由にならない。故に、この様な装置は存在してはならない。
ミストルティンは、現代科学を遥かに超える高度な文明の遺産を保有している。破壊すべき装置は他にも存在している。
例えば、数多の人間に強烈な暗示をかけて操る装置。ミストルティンが崩壊しても、こんな物を残せば悪用される。
そして、もう一つ破壊しなければならないのは、とある兵器。この兵器が有ったから、悪夢の様な計画に着手したとも言えよう。それは、多次元生命体、若しくは精神体へ直接ダメージを与える兵器である。
「三島のおじさんも、案外馬鹿だよね。こんな物で、今の糞ロメを倒せる訳が無いのにね。こんな兵器を信じて、戦争を起こして、犠牲者を増やして。戦争復興なんて簡単じゃないんだよ。わかってないんだね、働く側の苦労をさぁ。結局は技術なんて使う側の良識が問われるよね。まぁこの世界に、良識の有る人が居る事を願うよ」
怒りと失望が入り交じった様な心境なのだろう。声色に少し怒りを滲ませながら、ペスカは独り言ちる。そして施設内を探索し、不要と思える物を次々に破壊していった。
そして、円卓の有る部屋に入ろうとドアを開けると、中からは激しい怒声が聞こえる。各国の首脳達との通信が繋がったのだろう。
有る者は糾弾し、また有る者はそれに同調する。反論する者の声にも、強い怒りが籠る。ただ一つ言えるのは、誰も論理的ではない。戦争中なのだ、感情的になるのも仕方があるまい。たが、余りに稚拙な罵り合いでは、話しは到底進まない。目的が達成できる訳が無い。
そしてペスカは、ミストルティンメンバーの身体を使い、声を張り上げた。
「止めぬか! 馬鹿者共が! 何の為に、貴様らを集めたと思っている。我々の時間と、貴様らの時間、価値が同じだと思っているのか!」
ペスカは、読み取った記憶を頼りに、ミストルティンのメンバーが言いそうなセリフを口にした。世界を支配して来た者を前に、口を挟む者は居ない。そしてペスカは、首脳達を前に強い口調で、言葉を続けた。
「我らは、貴様らに戦争を起こす様に仕向けた。だが、もう潮時だ。貴様らは、どれだけ殺せば気が済む。無慈悲にもほどがある!」
ただこの言葉は、首脳達の怒りを掻き立てる結果となる。
「馬鹿な事を仰る! 戦争をしろと命じたのは、あなた方だ! 我々は、血の涙を流して、それに従った。それを今更、無慈悲だと! ふざけた事を仰るなら、こちらにも覚悟があるぞ!」
「イギリス首相。貴様に、フランスを侵略せよと命じたか? していないだろ! 血の涙? 嬉々として国土を拡大を狙ったのは、貴様ではないのか?」
「そんな事は無い! 全てはあなた方の計略だ! 我々は従っただけだ!」
「本当にそれだけか? 欲が無かったと言えるのか? 言えまい! この愚か者!」
戦争の口火を切ったイギリス、その首相を激しい口調で黙らせる。
「あなた方は仰った。これは崇高な目的なのだと。地球を守る為なのだと。もう、目的を果たしたと仰るのか? 自分の手は汚さずに! 多くの民を犠牲にして、何を成し遂げた? 説明を頂きたい!」
「貴様は、中国の首相だったな。貴様ら東アジアの国々は、日本を敵対視し続けて来たな。それに何の意味が有る。外に敵を作って、愛国心を高めようとでも思ったか? いつまで先の戦争を引き摺っている。いつまで日本から金を騙し取る。金の亡者共め、その汚い口を閉じるがよい!」
糾弾しようと声を荒げた中国の首相を、強い口調で罵る。睨め付ける様な視線は、中国首相に対してだけではない、朝鮮半島二国の首脳にも突き刺さる。
「戦争を放棄した我が国に、侵略の意志は無い。それにも関わらず、我が国は、一方的に攻撃を受けた。我が国は、内部に抱える問題に対処しただけだ。それが何の罪に問われるのでしょう? 何故、我が国は宣戦布告を受けなければならない!」
「貴様は、日本の首相か。わからぬのか? まぁわかるまいな。あっちに尻尾を振り、こっちに尻尾を振り。貴様らはいったい、何処の飼い犬なのだ?」
「何を仰る、無礼ではないか!」
「主体性の無い、愚か者よ。わからぬなら、教えてやる。貴様らは都合の良い様に、様々な事を隠蔽してきただろう。そして、己の都合が悪くなれば金を渡して終わりだ。それで、誰が納得する? 金で遺恨が拭えるのか? 金をばら撒いて、誰も彼もに良い顔をする。所詮、貴様らは綺麗事を並べ立てつつも、国益を優先する偽善者だ。だから国内に問題を抱えるのだ。トラブルの原因は己が身に有る。少しは己が身を省みよ、愚か者よ!」
今の世で、無償の奉仕を行う国は存在しない。寧ろ、そんな事を行う国は、国益を無視する愚かな国と言えよう。確かに金銭で解決出来る問題は有る。それでも真摯に向き合わければ、根本的な問題解決にはならない。
平和を掲げる一方で、軍備を強化する。強要されれば断る事が出来ない。八方美人の様に、誰にもでも良い顔をすれば、やがて信用を無くすだろう。先と同様に強い口調で罵り、日本の首相を黙らせた。




