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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十五章 邪神の再誕

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第四百六十四話 邪神ロメリア ~空と翔一の抗い~

「我が力は全てを拒絶する。我が力を持って、彼の繋がりを断ち切れ! 忌まわしき力に捉われた者を、須らく解放せよ! オートキャンセル!」


 詠唱と共に、空の身体が輝きを放つ。その輝きは、邪神ロメリアを包み込んだ。それは、ただの魔法であり、人間が使える稚拙な力であった。ただ、空は己の能力をマナで増幅させて、魔法として昇華させた。


 空の力は、異能力が通用しないオートキャンセル。言い換えればそれしか出来ない。しかし空は、ロイスマリアでの苦難を乗り越える事で、その能力を様々な技術へと進化させた。


 一つは、旧メルドマリューネでもみせた『完全防御』であろう。その力は、邪神の復活前から、邪気を封じて仲間達を守って見せた。

 溢れ出す邪気に耐えきれず、張った結界は壊れかけた。しかし、空が作り上げたフィルターを通してなければ、濃密な邪気は仲間達に甚大な被害を与えただろう。


 そして、空はロイスマリアで魔法に対する大きな適正をみせた。その適正は、攻撃では無く補助。その魔法適正があったからこそ、戦いで傷ついた多くの人間達を治療する事が出来た。


 かつての戦いで、ロメリアを圧倒した空の能力。積み重ねて来た経験や知識。アルキエルがみせた抗う勇気。友人を殺された憤り。

 それらが全て一つになる。空の意志は、圧倒的な力の差を乗り越える。それはかつてと同じ、ロメリアにとって最悪な相性の敵を目覚めさせる事になった。


「貴様ぁ、何をした!」

「言わなきゃわからない程、あんたは馬鹿なの? 土下座でもしたら、教えてあげてもいいわよ」


 声を荒げるロメリアに対して、空は臆する事なく冷静に言い放つ。しかも普段の空なら、決してしないだろう挑発じみた言い回しである。

 塵芥としか認識していない生物に反抗されて、ロメリアの怒りは増す。だが以前とは異なり思考が出来たのは、有する力に自信を持っていたからであろう。しかし、その怒りは冷静を奪う。


「貴様ぁ、あの時のガキぃ! お前の力も僕が与えた物だ! なんでお前からは、引き剥がせない!」

「そんな事は知らないわよ! 私の事を覚えて貰って、こんなに不愉快になるのは初めてね」

「僕に逆らう事を後悔しろ! あの時の分も含めて、たっぷりと後悔させてやる! この罪は、八つ裂きにしても足りないぞ!」

「やってみれば? あんたの力は私には通用しない!」

「さっきまで震えていた癖に、何をほざいている! 僕の力はあの時とは違う、貴様が何をしようと無駄だ!」

「だから、やってみればって言ってるじゃない。怖いの? そうだよね、あんたは恐れてるんだよ。アルキエルさんの勇気は、あんたの存在を否定する。みんながアルキエルさんに感化されて立ち向かったから、怖かったんだ」

「だから何だと言うんだ! それ位の事で、僕の優位は変わりはしない!」

「アルキエルさんに恐怖したから、強引にみんなから力を奪ったんだ!」

「僕が恐怖? 笑わせるなよ、小娘ぇ!」

「勘違いしないでよね、その力はあんたの物じゃない! みんなの物だ! 勝手に奪うなんて許されない! みんなを殺したあんたを、私は否定する!」


 ロメリアは、自分が何をされたのかを気がついていない。それは、絶対に覆る事の無い勝利を、足元から揺るがせる事になる。そして気がついた時には、もう遅い。これ以上は、力を増す事が出来ないのだから。


 この時、冬也はブルに腕を掴まれたままであった。


 空の能力は知っている、ロメリアに対して相性が良い事も。しかし、力を増したロメリアに通用するとは到底考えられない。ましてや、翔一が作り出したマナの剣が、邪神にダメージを与える事は不可能だ。

 そんな二人を、冬也は助けようと動く。しかしブルは掴む力を強め、首を横に振って冬也を諫めた。


「信じてあげるんだな。あいつらは、冬也の友達なんだな。それに、多分あいつらは特別なんだな」


 確かにブルの言葉通りであった。


 空は、深山の能力を打ち消したのだ。世界中の人間との繋がりを消し去り、流れこみ続ける悪意の供給を止めたのだ。

 ロメリアが悪意を集めていたのは、深山の能力を媒介としていた。ならば、空の能力であれば、その行為を止める事も可能であろう。ただし、理論上ではだが。


 空がロメリアの邪気に怯えていたままなら、決してこの結果にはならない。倒れた仲間達、失った友人の無念を晴らそうと、勇気を持って立ち上がらなければ、この状況が生まれる事はない。

 

 ロメリアは、能力者から強引に力を奪って、強大な力を得た。ただし、無限に強くなる事は無くなった。

 そして、英雄は一人ではない。翔一が降り下ろした剣は、ロメリアが纏う邪気を切り裂いた。それはかつて冬也が、ロメリアに対して行った攻撃そのものである。


 冬也の戦いを間近で見て来た。神気を有する冬也だから、通用するのだと思っていた。しかし、翔一はアルキエルの戦いを見て、力の使い方を知った。本当の強さは、技でもマナの量でも神気の量でもない。絶対なる意志なのだ。


 そして、ここは冬也の神域。冬也の意思が大きく反映される。ここならば、例えマナしか扱えずとも『邪神を滅せんとする意思』は、必ず通用する。アルキエルが、その身に傷を付けた様に。

 ロメリアを倒す必要は無い、ダメージを与える必要すらない。纏う邪気を減らせればいい。それなら絶対に出来るのだ。


「甘く見るなよ! 僕達は、そう簡単に負けない! 僕達を、人間を、舐めるなよロメリア!」


 翔一が声を荒げる事など滅多にない。それだけ、抱える想いがあるのだ。そして翔一は、周囲に溢れる邪気を尽く切り裂いていく。しかしそれは、ロメリアにとっても脅威であろう。邪魔者でしかない翔一を、ロメリアが見逃すはずが無い。動き回る翔一に対し、ロメリアは邪気を集めた塊を投げつける。

 

 塵如きには、それだけで充分。だが、その考えは大きな間違いである。


 邪気の塊を、空の能力が打ち消す。更に空は、能力を遺憾なく発揮する。翔一へ攻撃を防ぐ様に、ロメリアを能力で縛り付ける。全てを拒絶する空の能力は、ロメリアの攻撃を尽く無効化する。


 その間に、翔一が周囲を飛び周り、邪気を消していく。

 

 巧みな連携が、絶対的な不利を徐々に覆していく。ほんの僅かな隙から頑強な城が陥落する様に、寄生虫が象に病気を齎せ死に至る様に、どんな強者にも絶対はない。

 往々にして、小さなミスは重なり大きな問題へと発展する。顕在化した時には、修復困難な程に問題は大きくなり、その身を滅ぼす。


 アルキエルが示した戦う意志、己が都合で能力者を殺した事、何よりも人間を見下していた事は、じわじわとロメリアを締め付け始める。そして、二人の英雄が戦う姿は異界から訪れた者達にも勇気を与えた。


「クラウス。あなたは、ペスカ様の命でこの世界に来たのでしょう。ですが、この場にいるのは何故ですか? あなたが、兄であるクロノス。あの天才を倒した気概を見せて貰えませんか?」

「当然です、レイピア殿。空殿と翔一殿が、あれほどの戦いをしているのに、私が何もしないのは有り得ない事です」


 ペスカが不在。邪悪にこの場を譲り渡すまいと、冬也が気を張っている。尊敬する友人が、敵わないはずの敵に立ち向かっている。なのにどうして、何もせずに傍観していられる。静かに語りかけるレイピアに対し、クラウスは大きく首を縦に振った。


「ゼル。あなたとベヒモスの戦いを見てました。あなたは充分に強い。あなたは真摯に己と向き合い、その後も修行を重ねて来た。あなたの力は、今こそ発揮されるべきです」

「同じ人間として、あの方達を尊敬します。レイピア殿、私は戦う為に彼らを守る為に来ました。その役目、今こそ果たしましょう」


 自分は志願をしてこの世界に来た。それは冬也とアルキエルに会いたかった訳ではない。危機に際して、僅かでも力になりたかったから。神に及ばずとも、己の力を役に立てると決意したから。

 今こそ力を振るうべき時だ。怯えている場合では無い、英雄達が戦っている。そんな英雄譚に加わりたいと、修行を重ねて来たのだ。

 ゼルはレイピアに答えると共に、剣を抜いて闘気を高めた。


「ソニア。私は一生を賭けても、償いきれない罪を犯しました。差し伸べられた手を払うだけでなく、心なく殺し尽くしました。向けられた刃を、破壊し尽くしました。あなたを理由に、私は全てを正当化して来ました。こんなもので罪は償えません。そして口惜しいですが、私ではあれに敵いません。力を貸して貰えませんか?」

「姉さん。一人で罪を背負おうとしないで下さい。私も多くの者を殺めてきた罪人です。私にも償いを行う機会を下さい。あの方々の勇気に私は応えたい。アルキエル様が示して下さった意志に私は応えたい。もう、震えている時間は終わりです。戦いましょう、姉さん」

 

 世界を救う事で償えない罪とは何なのか。それでも、姉妹は過去を受け止め、前に進もうとする。小さな抗いだ。このまま反攻に転じる事が出来るとは思っていない。しかい、切り札が真に力を発揮出来るように、場を整える位は可能なはず。

 ロメリアが些末だと見下した者達の抗いが始まった。それは、アルキエルが齎した小さな光明を、強く、大きく変えていく。

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