第四百五十四話 第三次世界大戦 ~八王子事変 其の一~
ブルに守備を任せたとは言え、手ぶらでは皆が不安になるだろう。ペスカは美咲に依頼し、新宿で使用した沈静効果の有る銃を、人数分用意してもらった。
更に美咲は自らの意志で、ブルに食料の問題を伝える。ブルは美咲の言葉に頷き、慣れ親しんだ果物が生る木を急速に成長させた。
美咲は、ブルが育てた果実を収穫し、いつでも食べられる様に処理をする。包丁やタッパ等の日用品を、自在に作り出せる美咲ならではの行動であろう。
それに加え、陰陽士達から社殿の説明を受け、作り出した筆記用具で図面を仕上げていく。準備段階で、美咲は八面六臂の活躍を見せていた。
冬也とブルが力を合わせて大地に神気を注いだ事で、一帯は一時的にマナが活性化し始めた。それが何を意味するか。防御と治療に関しては、エキスパートとも言える空が全力を出せるのだ。
空は日本に帰還して以来、医療を学んできた。ロイスマリアで人々を治療した時よりも、医療に関する知識が深まっている。
これまで、治療の魔法はペスカに頼るしかなかった。結界は、ペスカとクラウスに頼るしかなかった。それが、空と言うエキスパートを加える事で、サポート体制が充実したと言えよう。
地球に住む人間の中で、本気で魔法を信じている者は皆無であろう。例え青春時代の青臭い夢だとて、心の底では誰もが常識では有り得ないと理解している。だから成長すると、黒歴史として過去を封じるのだ。
しかし、魔法は実在する。地球では存在しなくても、異世界ロイスマリアでは。
マナの活性は、異界から来た者達にも恩恵を与える。マナの薄い地球で、本来の力を十分の一も発揮する事が無かったクラウス、そしてレイピアにソニア。彼らが本気を出せるなら、一個小隊程度なら軽く壊滅させるだろう。
そして前線に加えられなかった特霊局のメンバーの中には、攻撃に特化した能力者が存在する。炎を扱う雄二に、サイコキネシスを使うエリー。軍との戦いに置いて、中途半端な体術は通用しない。だが、彼らの能力はこの事態で活きて来るだろう。
更には、警察に反旗を翻した佐藤とその仲間達。彼らは、他のメンバーと比べて銃の扱いに慣れている。美咲が作った銃を、十全に扱い成果をだすだろう。
最後に、彼らをまとめるのは、遼太郎である。
どちらかと言えば、前線で戦うのを得意とする遼太郎である。ただ、それをサポートするのは、安西なのだ。遼太郎が不在の際は、代わりにメンバーをまとめてきた。遼太郎が前線に出た際は、連絡と調整役を熟して来た。安西がいるからこそ、遼太郎がリーダーとして、全力を尽くせると言っても過言では無かろう。
アルキエルは口角を吊り上げて、戦いが始まるの心待ちにしている。望んで諍いを起こさない冬也とて、これから始まる戦いに意気込んでいる。ゼルは体内にマナを巡らせ、準備万端といった様子である。
そしてペスカは、静かに内に闘志を秘め冷静さを保つ。だが、冬也は理解はしていた。ペスカがこれ以上もない位に、激しく怒っている事に。
彼らは間違えた。決して手を出してはいけない相手に、刃を向けた。それがどれだけ愚かな事なのか、嫌と言う程に思い知る事に成る。
後悔した時には遅いのだ。神を語る人間が、本当の神に手を出したのだから。それなりの罰を受けて然るべきだろう。
それぞれが持ち場につき、その時を待ち受ける。そして、戦闘機の到来により戦闘は始まった。
真っ先に動いたのは、アルキエルであった。
新宿での戦闘は、アルキエルを満足させるには足りなかった。三堂との戦いもだ。無論、戦いの神を満足させるには、相応の力が必要になる。
かつてのロイスマリアで、生物の頂点として君臨していたエンシェントドラゴンでさえ、アルキエルには手も足も出なかったのだから。
期待をしてこの世界に来た。力を制限された状態にも関わらず、満足出来る戦いが出来なかった。完全な消化不良が続き、鬱憤が溜まっている。
但し、相手が人ではなくて最新鋭の兵器ならどうであろう。しかも兵器内にいる人を、殺してはいけない条件が付いている。不利なほど熱くなるのが、戦闘狂というものだろう。
アルキエルは高ぶっていた。今度こそ、自分を満足させてくれるだろうと。
そして、アルキエルは飛んだ。瞬間移動と呼んだ方が正解だ。音速で戦闘機の眼前に、突然アルキエルが現れれば、パイロットはさぞかし驚いたであろう。
攻撃する間も無く、戦闘機はアルキエルに突っ込む。アルキエルは、音速で飛ぶ戦闘機を正面から片手で受け止める。そして逆の手で拳を作り戦闘機を殴りつけた。
アルキエルの拳は軽々と戦闘機を貫く。戦闘機が爆発する前に、アルキエルはハッチをこじ開けるとパイロットを投げ捨てた。衝突の衝撃で、パイロットは気を失っている。投げ捨てられたパイロットが、自らパラシュートを開けるはずが無い。
しかし、アルキエルはちゃんと考慮していた。パイロットはゆっくりと降下していく。アルキエルは、パイロットの重力を制御したのだ。そして降下して来たパイロットを、警察チームが拘束する。
アルキエルの目に留まった戦闘機が不運だったのか。ただの不運でない事は、直ぐに証明される。
隊列を組んで飛行する米軍の航空部隊。一機が簡単に破壊されても、戦いを止めないのは、軍人として正解なのかもしれない。
だが本当の正解は、ここで尻尾を巻いて逃げ出す事だ。空中に突然現れて、戦闘機を片手で止めるなんて、正真正銘の化け物だ。逃げ出して何が悪い。何を咎められる。一機を製造し飛ばすのに、どれだけ金がかかると思っている。
しかし米軍機は見事な隊列を組み、アルキエルに向けて一斉にミサイルを放つ。放たれたミサイルは、全てアルキエルに命中する。
この地上に有る大抵の物なら、破壊し尽くすだろう。そんな破壊力を持った攻撃が、降り注いだのだ。痛がる素振りでもすれば、可愛げが有るというもの。だが、アルキエルは笑っていた。
「はっはっはっはぁ! ようやく、らしくなって来やがった! てめぇらは、スールよりものろまなんだ。せめて、あいつのブレス位は超えて見せろよ! この程度なら何百集まろうが、エンシェントドラゴンにすら届かねぇぞ」
無論スールは、エンシェントドラゴンを超越した神龍である。そして今や、完全な神へと至っている。そのスールと比べるのが酷というもの。しかし、エンシェントドラゴンは、あくまでも地上の生物である。アルキエルらしい比較だろう。
続くミサイル攻撃が、アルキエルに通用する訳もない。単調な攻撃に業を煮やしたアルキエルに、全機が破壊し尽くされるのは、そう時間はかからなかった。
圧巻、それ以外に言葉は不要であろう。音速で飛び回る戦闘機の前に現れては、簡単に破壊しパイロットを投げ捨てる。その繰り返しで、米軍の航空部隊は完全に沈黙した。
しかし、それは攻撃の第一陣である。本気の米軍が、戦闘機数機を飛ばしただけで、終わるはずが無い。横須賀に寄港していた空母から、次々と戦闘機が飛び立つ。巡洋艦からは、何発ものパトリオットが発射される。
「さっきの雑魚よりは、よっぽど面白そうじゃねぇかよ」
飛んでくるミサイルを眺め、アルキエルは言い放つ。アルキエルが期待していたのは、進んだ科学が生み出した兵器の数々、その力がどれ程のなのか。自分を本気にさせる程の威力を持つのか。それを確かめたかった。
戦いの神である、高揚して当然だ。しかし、それだけではない。神をして脅威と言わしめる物ならば、ロイスマリアの住人及び神々に警告せねばならない。
やはり、文化を発展させる事は、世界を壊す事に繋がると。
ただ、今回に限り杞憂で終わるだろう。宙に浮かぶアルキエルに、パトリオットミサイルが次々に命中する。衝突時の爆発と共にガスが辺りに充満する。
音速を超える速度で飛び追突する衝撃力、衝撃と共に爆発する破壊力、最後にガスを持って死に至らしめる。
そんな大量殺人兵器であっても、本物の神には通用しない。アルキエルの体から発せられる神気の膜を、突き破れはしない。
アルキエルなら、ミサイルを躱す所か、迎撃する事も可能だっただろう。しかし敢えて全弾を受けたのは、見せしめる為。防御の必要すらないのだと。
第二陣の戦闘機からは、次々にレーザーが投射される。それすらも、アルキエルには通じない。そして、あっと言う間に戦闘機は破壊され、パイロットは放り投げられる。
どんな攻撃も通用しないとしたら、それは悪夢でしかない。米軍の心を折るには、充分であったろう。しかしアルキエルが、戦意を喪失させるだけで終わると思ったら大間違いだ。
どちらかと言えば、ペスカが得意としそうな技である。アルキエルの目は、巡洋艦と空母の詳細な位置を把握している。遠く離れた巡洋艦と空母に向かって、アルキエルは手を翳す。
そしてアルキエルは、巡洋艦と空母に限定し大気の濃度をコントロールした。乗組員達は酸素欠乏症を起こして、次々に倒れていく。
乗組員が行動不能になれば、ミサイルを撃つ事は出来ない。新たに戦闘機を発射させる事も出来ない。米軍対アルキエルは、アルキエルの完全勝利で幕を閉じた。
「まぁこんなもんだろ、人間に作れるもんはよぉ。兵器が戦うんじゃねぇんだ、極めた奴が一番つえぇ。そんな事すら忘れた奴に、俺を傷付けられると思うなよ。それとなぁ、ここにはシグルドの転生体が居やがるんだ。奴が成長して俺に戦いを挑んでくるまで、この国を壊せると思うんじゃねぇ!」