第四百五十三話 第三次世界大戦 ~悪化~
深山を移送中に起きた惨劇。それに気がついたのは、誰あろう翔一であった。TV出演時に能力を使用して以来、深山を追跡し続けた成果であろう。
「おかしい! 深山の反応が遠ざかってる!」
突然声を荒げた翔一に、皆が反応を示した。正確にはルーラーと呼称された能力が重要である。それでも最大のキーマンと言えるのは、深山に他ならない。そして深山の一派と和解をする事は、最大のミッションだったと言えよう。
深山の中に悪意が集まっている事は明白である。電話の中で葛西が言った台詞が、正に核心を突いていたのだ。
深山は多くの人間を支配下に置いた。その反動で、数多の感情がその身に流れ込み、自らを制御出来ない状態へと陥った。
恐らく今は残ったメンバーの力で、鎮静化させられているのだろう。そうでなければ、簡単には移送出来ないはずである。
今の深山と、世界中に広がりつつある悪意の渦は、リンクしている。相乗的に悪意が強まり、やがて種子は災厄を生み出す。今は、深山の治療を優先させるべきなのだ。
所謂、深山の中に集まる悪意を浄化し、災厄の種子を取り除く。これが出来れば、各地の暴動を治められるはず。そして、元凶となったミストルティンを叩けば事は治まる。
そして葛西の様子から、もう一つわかるのは、深山を一番に考えている事。それならば、電話での約束を違えるはずが無い。
仮に、他に治療の方法が有ると、甘い言葉を囁かれたとしても。異邦者の言葉に耳を傾けるなと、忠言を説かれたとしても。
そう、葛西等が自らの意志で引き返す事は、有り得ないはずなのだ。
「翔一君。深山の反応は、どっちの方面に向かってる?」
「恐らく、多摩方面じゃないかな」
「それだけじゃ、わかんねぇな」
「お兄ちゃん。多分、横田基地に向かってるんだよ」
「なんでそんな事がわかんだ?」
「電話に出た人が、ちゃんと報告をしていたら、動くのは米軍しか考えられないもん」
「ちょと待てペスカ。アメリカが奴らを裏切ったって事か? それで、深山は無事なのか?」
「そんないっぺんに言われても、わっかんないよ! パパリンの馬鹿!」
「でも、重要な事だろうが!」
「もう、うっさいパパリン! どうせ、アメリカさんはミストルティンの圧力に屈したんでしょ? それも仕方がない事だとは思うけどね」
ペスカの推測は正解であり、アメリカの事情も考慮していた。ここまではだが。
面白半分に遠見で覗いたアルキエルの言葉がなければ、ペスカの怒りがアメリカ側に向く事は無かっただろう。
そして、神気を注ぎ続けるブルが、異変を感じ取らなければ、米軍の悲劇も起こらなかったはずだ。
「おい、ペスカ。その何とかって野郎とは別に、パトカーだっけか、そいつが走ってやがるぜ」
「どういう事?」
「どうもこうもねぇよ。お前の目算だと、奴らの残りは二人だったよな」
「そうだよ」
「パトカーに乗ってるのは、二つの死体だ。一つは首から上が、無くなってやがる」
「はぁ? 何それ!」
「ペスカ。南の方から、変なのが近づいて来てるんだな」
「ブル、変なのって?」
「説明が出来ないから、手をだすんだな」
ブルの手から伝わる思念が見せてくれたもの。それは、最悪の光景であった。近づいて来るのは自衛隊の特殊車両、そして遠く神奈川からは米軍の戦闘機が飛び立とうとしている。
恐らくこれは第一陣であろう。横須賀や横田から米軍が、府中や市ヶ谷など都内各所の基地から自衛隊が、第二、第三と出動するはず。
何より、パトカーで運ばれた二つの死体。これは深山の一派に間違いは無いだろう。頭を失ったのが、電話に出た方かはわからない。
電話の男が、リーダーである深山の身を何よりも案じているのは、よく伝わって来た。だから、信用できないと思っていても電話をしてきた。真摯な態度で接して来たのも、深山を思った故だろう。
そんな男が無惨に殺された。そんな事が許せるはずがない。
「アルキエル、存分に暴れさせてあげる。その代わり、必ず殺さないで」
「難しい注文だなぁ、おい。だが、それの条件をつけねぇと面白くねぇよなぁ」
「お兄ちゃんとゼルは、もちろん前線ね。戦闘機、特殊車両、その他武器となる物を全て破壊。兵士は全て拘束。これが出来れば、百点だよ。後は、アルキエルが暴れ過ぎない様に、止めてくれれば尚良し」
「わかった。任せろペスカ」
「お任せ下さい。冬也様の足を引っ張らない様に、頑張ります」
「レイピアとソニアは、転移の準備。奴らが基地に着いたら、翔一君の指示に従って、深山を回収してね」
「畏まりました、ペスカ様」
「直ぐに準備に取り掛かります、ペスカ様」
「ブルは、神気を注ぎつつも、みんなを守ってあげて。地上からだけじゃなくて、空からの攻撃もあるから、注意するんだよ」
「わかったんだな。まかせるんだな」
「ちょっと待て、俺はどうするんだペスカ! それに佐藤達は?」
「特霊局のみんなと佐藤さん達は、戦いの邪魔だから大人しくしてて。あっと、そうだ。美咲さんは、陰陽士の人達に聞いて社殿の設計図を書いて。設計図が完成したら、みんなで大工仕事だよ」
「おい、それが俺達の役割か?」
「馬鹿だね、パパリン。一番重要な役割じゃない。飯縄権現は、戦勝の神なんだよ。こっちにいる、やんちゃな奴とは一味違うんだよ!」
「それはわかるけど、資材はどうすんだよ!」
「そんなのブルが幾らでも作るに決まってるじゃない。あの子が何の神様だか、知らないの?」
「それで、ペスカ。お前はどうすんだ?」
「お兄ちゃん。私は勿論、舐めた事をしてくれたお馬鹿さん達を、お仕置きしに行くんだよ。居場所は、三島のおじさんの脳から直接聞くよ」
ペスカは、捲し立てる様に皆に指示を飛ばした。そして、最後の言葉が、皆の心を揺さぶった。
「殺して良い命なんて、無いんだよ。命は全うする、それが人間に与えられた試練なんだ。好き勝手に殺す権利なんて誰にも無いよ、神様にだってね。人をおもちゃの様に扱う傲慢は、私が許さない!」
後に八王子事変と呼ばれる戦いが、始まろうとしている。だが、ペスカの想いとは裏腹に、世界は混沌へ向けて突き進んでいた。
☆ ☆ ☆
各国の首脳が宣戦布告を表明した。しかし、直ぐに戦争は始まらなかった。何故なら、深山が民衆に施した洗脳は『各国が争う』のではなく、『旧態依然の体制崩壊』だからである。
全ての政治家や資産家が、ミストルティンの支配下に在る訳ではない。当然、議会では首脳の声明を避難する声が上がる。加えて、様々なメディアで議員達が声高に叫ぶ。「宣戦布告は首脳による独断で有り、我が国に戦争の意思は無い!」と。
そして民衆達も立ち上がる。「戦争反対」と声高に叫び、各地で暴動を起こした。当然、それを鎮圧する為に軍隊が差し向けられる。
ただし、ミストルティンの息がかかった元首達にとって予想外だったのは、一部の軍が民衆側についた事だろう。
そして、同じ国の中で仲間同士が睨み合う事になる。
一報は民衆の為、世界の為にと反旗を翻した。そして、もう一方は己の信念に従い、国の為に命を賭そうと決意していた。
どちらかが間違っているとは言えない。両者共に、掲げる理想が有った。両者共に、正義が有った。
それは、一つの悲劇だったのかもしれない。
最初の銃弾はパリ市街であった。エッフェル塔を横目に対峙した、デモ隊とフランス軍。歴史を繰り返すかの様に、フランス軍から銃弾が放たれる。それを皮切りに、衝突は激化した。
その日、デモに参加した人数は一万人を超える。その内、六割もの死者を出した。衝撃の事態は、瞬く間にヨーロッパ全土へ伝わる。そして、ヨーロッパ各地での暴動は激しさを増していく。
スペイン、イタリア、ベルギー、オランダと、デモ隊と軍の衝突が激化していく。やがて北欧のスウェーデンや、東欧のウクライナ等にも内紛は広がった。
事態を重く見たドイツ首相は、各地で起きるデモ活動と軍事行動の中止を呼び掛ける。しかし、フランスのデモ隊は更に参加人数を増やし、悪化の一途を辿る。
フランスで大きな衝突が起きた翌日、突如としてイギリスが軍を派遣する。名目上は、フランスの混乱を収める為。しかしフランス側は、この行為に激しく反発する。
そして、イギリスとフランスの戦争が始まった。
二度の大戦で敗戦国となったドイツは、イギリスの行為を非難する声明を発表する。声高に唱えるものの、届くはずが無い。これは、予定された戦線の拡大なのだから。
そのドイツとて、銀行の破綻に移民と数多くの問題を抱えている。そして、暴動の余波はドイツにも訪れる。ドルムントで起きた労働者の決起集会はたちまち数を増やし、首都ベルリンへ攻め上る。
ただ、これが序章である事は、誰も知らない。いや、誰もがどこかで予想していたのもしれない。こんなものでは、終わらないと。
ヨーロッパから始まった戦争は、南欧を通じてアフリカや中東へと広がりを見せる。それはアジアにも広がり、やがてアメリカ大陸をも呑み込んでいく。
貧しい者達から先に死んでいく。富んだ者は賢く生き残る。予定された未来が、現実となっていく。人間の社会は終わりを告げ、新たなステージに進もうとしている。
これは選別。ミストルティンによる、『新たな世界を生きる資格を持つ者を選ぶ』試練なのだから。