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第四百四十一話 テロリスト ~援軍の到着~

 赤髪の女性は二人。彼女らが、どこから現れたのか。気がついたらそこにいたとしか思えない。

 どの国の組織なのか。明らかに日本人ではないが、欧米人とも違う気がする。見た事がない人種、そして見た事も無い剣を持っている。


 そして、一瞬の出来事だった。


 ライフルはいつでも発砲出来る態勢である。アランが手を下ろすだけで、全てが終わる。そんな緊張状態にあったのだ。だからこそ、遼太郎は拳銃を手にしたのだろう。


 それにも関わらず、兵士達は身動きすら取れなかった。周囲をぐるりと囲んだ兵士達。円の中心で座らされている人質に、ライフルを突きつけている兵士達。そしてアランも。


 一人は剣を使い、瞬く間に人質にライフルを突きつけている兵達を昏倒させた。そして人質の前に立ち、彼らを守る様に剣を構えている。もう一人は、アランの振り上げた腕を後ろに捻じり、その首に剣を突きつけた。


「御身を犠牲に、民を守ろうとする御姿。流石はミスラ様。ですが斯様な場所で、御命を奪われる訳にはまいりません」

「ミスラ様は、私達の命を救って頂いた恩人です。その御方に、何をなさろうとしているんです? 神に弓をひくなんて、言語道断ですよ」


 二人の女性が話す言葉が、何処の言語なのか皆目見当もつかない。

 だが、アランは優秀な軍人であった。剣を首に突きつけられても、視線は動かせる。冷静に状況を把握し、部下に視線で指示を送る。「自分に構うな、撃て」と。視線を受け取った部下も、アランの意図を良く読み取ったと褒めるべきであろう。


 ライフルの連射が始まる。そして、やや混乱状態にあった遼太郎は、少し動くのが遅れる。 何の為に、命を落とす覚悟までしたのか。これでは全てが水泡に帰す。遼太郎はすぐさま走り出す。しかし無慈悲な銃弾は、遼太郎よりも早く人質に近づいていく。


 だが銃弾は人質に届く事はなかった。一瞬の間に、人質がいる周囲の土が盛り上がる。そして土嚢を積み上げた様な、簡易的な壁が出来上がる。第一射は、全て土の壁に阻まれた。


 それを見た遼太郎は、直ぐに踵を返した。


 発砲後、直ぐに動き出したせいか、遼太郎は致命的な傷を負っていない。しかし、銃弾は体を掠め、何か所か血が流れ出していた。

 遼太郎は、傷を一切気に留めずに、周りを囲む兵士に向かう。人質の命が保証されれば、遼太郎を阻むものはない。


 次の射撃が行われるまで、何人かは戦闘不能に出来るだろう。遼太郎は、素早く兵士に近づく。そして、二名の兵士の間に入り込むと、両の掌を撃ち抜く様に、突きあげる。遼太郎の掌底は、両サイドにいる兵士の顎を破壊する。

 

 兵士の顎が砕かれ、崩れ落ちると共に陣形が崩れ出す。


 殲滅対象は、遼太郎だけである。人質や、得体の知れない女二人にかまけて、余計な戦力が失われる訳にはいかない。そして拘束をされているアランも、動き始めた。


 体を反転させて、捻じられた腕を元に戻す。そして掴まれた腕を引っ張り、肘で打撃を与える。

 アランが行おうとしたのは、ごく簡単で誰にでも出来る護身術である。場合によっては、相手を昏倒させることも出来る。素早く行えば、それだけダメージを与えられる。女性の体へなら、致命的なダメージも与える事が可能なのだ。


 腕を引っ張るまでは良かった。しかし相手が一枚上手であった。腕を引っ張る反動を利用した肘の攻撃は巧みに躱され、アランの鳩尾には剣の束がめり込む。

 

「この国の人間は、鍛え方が足りないようです。飛び道具に頼った戦い方をするから、本質を疎かにする」


 薄れゆくアランの意識が、女性の声を受け取る。何処の言語か、終始理解は出来なかったが。


 攻撃対象から外れた土嚢の中では、もう一人の女性が人質の拘束を解いていた。片割れの様子を見ていれば、言葉が通じないのがわかる。女性は身振り手振りで、この場で待機する事を人質に伝えた。土嚢の外では、ライフルの音が聞こえているのだ。人質達が理解しないはずがない。


「姉さん。こっちは大丈夫。そろそろ、ミスラ様の加勢に」

「そうねソニア。御役に立つ為に、こんな場所まで来たのだし」


 二人の女性は剣を取り、散らばる兵士達を倒し始めた。入り乱れた状況では同士討ちの可能性が有り、ライフルを乱射出来ない。そこに付け入り、女性達は素早く動き、兵士達を昏倒させていく。

 

 そこには、かつて見た狂気は欠片も見当たらない。妹を守る為に、他者を傷付ける事しか出来なかった姉は、何処にもいない。

 姉の陰に隠れ、指示が無ければ戦うどころか、食事すら満足に出来ない。そんな妹は、影も形もない。


 そんな二人を見て、遼太郎は目頭が熱くなるのを感じていた。


 俺は彼女等に感謝される事はしちゃいない。あれはただのお節介だ。ただの自己満足だ。人間として生きて、何度も理不尽を味わった。くそったれの地獄を何度も見て来た。拭いようも無い理不尽に対する怒り、それを晴らそうとしただけだ。

 真っ当な道を歩み始めたのだとすれば、それは彼女達が努力したからだ。悪名は消えない。それでも挫けなかった結果が、あの光り輝く姿だ。それでも、彼女等は俺を恩人と呼ぶ。


 安西は泣いていた。俺の決意が揺るがねぇ様に、声を殺して泣いてやがった。俺は偉そうな事を言って、何も出来ねぇ糞野郎だ。そんな俺を惜しんでくれた。逝かないでくれと、泣いてくれた。

 

 生まれついての力で、何でも出来ると思っていた。色んなもんに、抗ったつもりでいた。色んな奴らを助けたつもりでいた。


 違う、本当はそうじゃねぇんだ。救われたのは、俺の方だ! 命も、心も、何もかも。助けて貰っていたのは、俺なんだ。


「先輩、そっちに見慣れない女性がいるんですが」

「彼女らは味方だ」

「そっちにもですか?」

「あぁ? どういう事だ!」

「どうもこうも無いですよ。こっちにも変な子達が」

「ったく、要領を得ねぇな。とにかく、そっちは大丈夫なんだな?」

「えぇ。それより、先輩が無事で良かった」

「あぁ? 泣いてやがった糞ったれは、何処のどいつだ! 甘ったれの泣き虫が!」

「うるせぇよ! 先輩こそ涙ぐんでただろ! 録画したのを公開してやるぞ! ペスカちゃんだって、頷いてる!」

「いいか、ペスカに言っとけ! ふざけた真似しやがったら、お仕置きだ! それと、助かった。ありがとう」


 通信機越しに聞こえる安西の声が、少し軽くなった様な気がする。どこのどいつだか知らねぇが、自宅の方にも助けが来たんだろう。

 間違いなく、ペスカとフィアーナの手配だ。ったく、流石としか言いようがねぇ。それにしても、何が無事で良かっただ。安西の奴、ふざけやがって。銃弾が何発も掠めたから、いてぇんだよ。

 同じ人間の体でも、冬也の奴と違って、直ぐには回復しねぇんだ。そろそろ、朦朧としてくる頃だ。血が足りなくてよぉ。


「でも、倒れる訳にはいかねぇよな! せっかく、チャンスを貰ったんだからよぉ!」


 遼太郎は、雄叫びを上げる様に声を荒げる。そして頭を振り、朦朧とする意識を振り払う。

 血が流れ過ぎて、上手く力が入らない。しかし、戦い方は体が覚えている。群がって来る兵士達は、軽々と吹き飛ばされて意識を失っていく。


 米国の特殊部隊が全滅するのには、然程の時間はかからなかった。相手は遼太郎一人ではなく、異世界からの助っ人が二人もいたのだから。特殊部隊を全滅させると、二人の女性は遼太郎に駆け寄る。


「直ぐに治療を致します。後回しにして、申し訳ございません」

「いや、助かったぜレイピア。まさか、お前達が来てくれるとはな」

「フィアーナ様が、異世界に行く者を募集なさいました」

「それに、応募してくれたって事か」

「はい。少しでも、御役に立てばと」

「役に立ったどこじゃねぇよ。お前等は命の恩人だ!」

「勿体ないお言葉です」


 レイピアと勝負してから、数か月も経っていない。それにも関わらず、以前とは全く違う雰囲気を纏っている。そしてもう一人。妹のソニアは、遼太郎に向かって深々と頭を下げた。


「私達をお救い頂き、誠に有難うございます。ミスラ様がいなければ、私達は未だに心を無くした殺戮者でした。私達に立ち直る機会をお与え下さったミスラ様には、どれだけ感謝しても足りません」

「馬鹿。それは、お前らが頑張ったからだ。何度も言うが俺は何もしちゃいねぇ。それにたった今、俺の命を救ってくれただろ! 俺の方こそ、返しきれねぇ恩が出来ちまった」


 彼女等は、こんなに活舌よく喋る事は出来なかった。笑顔を浮かべる事すらなかった。特に妹の方は、それが顕著だった。

 確かにきっかけを与えたのは遼太郎だ。しかしどれだけ努力すれば、短期間でこんなに変わる事が出来る。


 遼太郎は、彼女等の過去を垣間見た。そして観客席からの反応で、彼女等がどう思われているかを知った。

 頭では理解しても、心をコントロールする事は出来ない。それが人間だ。恐怖の対象であった彼女等が、どんな思いで笑顔を浮かべているのか。


 それを慮るだけでも。遼太郎の目頭が熱くなる。


 ただどんな時でも、水を差す者はいる。戦いの様子を監視していたのだろう。感動の再会を邪魔する様に、米軍と自衛隊が大挙して押し寄せる。そして銃火器を携えて、遼太郎達を囲む。


「無粋な連中だぜ、全くよぉ。てめぇらも、こいつらと同じ様になりてぇのか?」


 威嚇する様に、遼太郎は声を荒げる。その時、自衛隊の中から一人、歩みを進める者がいた。


「我々に、交戦の意志は無い。そもそも我々自衛隊は、それを許されていない」

「なら、どけよ。それと、車両を用意しろ」

「残念ながら、その要求を呑む事は出来ない」

「はぁ? 俺をここに通しておいて、外には出さねぇってのか? そもそも、あそこに固まってる連中は、転がってる連中に拉致されてきたんだぞ!」

「お前を通すのは、命令が有ったからだ」

「出さねぇのも、上の命令ってか?」

「当たり前だ。テロリストの主要人物とその関係者。それは拘束する理由になるだろう」

「馬鹿かてめぇらは。日本政府が何も声明を出してねぇだろ! 勝手に先走って、そりゃ罪じゃねぇのか!」

「疑いが晴れれば解放する。それで充分だ。お前達は、この場から出る事は出来ない。これは決定事項だ。それと、そこの二名。何処の諜報員かは知らないが、敷地内に無断で侵入した事は、立派な違法行為だ。我が国の法に則り、お帰り頂く」


 これ以上続けても、水掛け論にしかならない。諦めた遼太郎は、エルフの姉妹に視線を送る。お前達だけでも、この場から撤退しろという意味を籠めて。


 しかし、姉妹から返って来た答えは、遼太郎すらも驚かせた。


「ミスラ様。ここから去る方法ですが」

「おい、レイピア。俺はお前達だけでも逃げろって」

「いえ、お聞き下さいミスラ様。ゲートがまだ開いております。ゲートを経由すれば、ご自宅近くに帰還が可能です」

「はぁ? 何を」

「ペスカ様は、この状況を予測されておりました。お車は弁償させるから、人質を連れて大人しくゲートで戻って来いとの事です」

「はぁ、それをペスカが」

「えぇ。仰っておりました」

「先輩。その子の言ってるのは、間違いないですよ。隣でペスカちゃんが、頷いてますから」

「わかったよ。お前達に任せるわ」

「はい、お任せを。いくよ、ソニア」


 レイピアの掛け声にソニアが頷く。そして、小声で呪文を唱える。人質と遼太郎達、両方の足元に魔法陣が浮かび上がる。


 次の瞬間、全員が消えていた。そして、自衛隊と米軍は呆気に取られていた。


 上官の命令は絶対。軍というのは、そういう場所である。命令を受けている以上、逃すつもりは毛頭無かった。油断したつもりも無い。しかし、まるで手品でも見ているかの様に、一瞬で姿を消した。

 

 直ぐに、自衛隊と米軍が手分けして、場内の捜索を行う。ただ、遼太郎達が見つかるはずが無い。残されているのは、遼太郎が乗って来た車だけ。人質を連れた遼太郎達は、無事に自宅への帰還を果たした。

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