第四百二十五話 サイバーコントロール ~三島とペスカ~
本来ならば、語るべき事ではないのかもしれない。特に能力者ではない三島と佐藤には。だが三島は納得はしまい。それに曖昧にしていても良い事ではない。威圧感のある三島の鋭い眼光を眺め、ペスカは溜息を零した。
「で。三島のおじさんは、どこまで知ってるの?」
「私が知っているのは、東郷君から受けた報告だけだよ。後は推測だ」
「アルキエルの事も?」
「そうだよ。アルキエル君の場合は論外だけどね。銃弾を受けて傷一つ負わない人間なんて、いやしない」
「ちょっと待って下さい、三島さん。まさか、あの八王子の大災害も、関係してるなんて事は無いですよね」
「いいや、佐藤君。有り得る話しだよ。あれは正しく大災害だ、にも関わらず死者がゼロ。そんな事は有り得るかい? この事件と前後する様に、異能力を持つ人間が現れた。これも有ってはならない事態だ。そうだろ? この世界では起こり得ない事態が発生したなら、こことは違う世界から、何等かの干渉を受けたと考えるしかない」
「それに、この子が関わっていると?」
「あぁ、異界の旅行者との間に生まれた冬也君。また、異界からやって来たペスカ君。この兄妹を中心に事件は展開している。だからこそ聞きたいんだ。私の推測じゃなくて、真実をね。特にこの先、能力者に未来が有るのかをね」
ペスカと冬也は、アルキエルと同質の存在であると、三島は想定していた。三島は幼い頃の二人を知っている。だからこそ、現在の二人との違いがわかる。若しくは様々な修羅場を乗り越えて来た三島だから、理解が出来る感の様なものかもしれない。
佐藤は、冬也の事を良く知っていた。
暴力団の事務所に単身で乗り込む中学生。そして、組員を全て叩きのめす。こんな事はざらに有った。何度、冬也が起こす事件を揉み消したかわからない。
しかし、ペスカと会ったのは、新宿警察署が初めてであった。それ以降、何度もペスカには驚かされた。インビジブルサイトのトリックを簡単に暴き、ワクチンを事も無しに作り上げ、麻薬取引増加問題を解決する為の中核となったのだから。
ただのやんちゃ坊主と、頭の良い少女ではない。それは理解しているつもりである。しかし、異世界と言われても荒唐無稽だとしか言いようがない。尚更、一連の事件の根本に、彼らが関与しているなどと、普通に考えても馬鹿らしいと思うはず。
ペスカ達の事情に疎い佐藤の考えは、ごく一般的であろう。だが、三島は彼らを一連の事件を
と関連付けた。それは何故なのか。三島の言葉に誘導される様に、佐藤の眼つきも変わっていった。
二人の真剣な表情を受け、ペスカは遼太郎を見やる。しかし、遼太郎はただ黙って頷いた。自分で話せと言わんばかりに。そしてペスカはゆっくりと語りだす。
「三島のおじさんの言う通り。この世界に有ってはならない能力なんだよ。本当はね、全て消してしまった方が良いの」
以前ペスカは、空、翔一、美咲の三人に、能力の危険性について語った事が有る。能力とは、劣等感やトラウマの様なマイナスの感情が、邪神ロメリアの植え付けた悪意の種と結び付き、肥大化して発現したものだと。
元を辿れば、能力とは邪神の力なのである。では、邪神とは何か? それは、世界を構築するシステムの一つである。
人間に関わらず、亜人や魔獣、動植物に至るまで、生物が生きる上で欲は必須である。しかし、それが過ぎれば、欲望は世界を壊す。そして世界を守る為のシステムとして、邪神が存在する。
邪神は世界に満ちるありとあらゆる悪意を取り込み、力を増していく。そして集めた悪意毎、存在を抹消させられる。
ただこれは、あくまでも異世界ロイスマリアでのケースである。
地球にもこれに似た逸話が存在する。アルマゲドンやラグナロクである。片や善と悪の戦い、片や神々の戦争と内容は異なれど、世界の終末を予期した物語。類似する逸話と、ロイスマリアでの世界の浄化は、似て非なる物だと言えよう。
ただし行動の結果次第では、地球でも終末が訪れる可能性も有るだろう。
ロイスマリアでは、ペスカと冬也を中心に世界中の者達が力を合わせる事で、災厄を退けた。では、地球の場合はどうか。ロイスマリアと全く同じ災厄が起こるとは限らない。しかし、邪神ロメリアの植えた種が成長を続けた場合は、その限りではない。
その種こそが、能力なのである。
事実、三堂は能力を暴走させ、モンスターと化した。これが、能力者が能力を使い続けた場合に起きる、可能性の一つなのだ。
特に深山の能力は、危険である。
例えば深山が能力を使い、多くの人間を支配したとしよう。同時に多くの人間から悪意が集まったとしよう。その場合、深山はどんな変化を遂げるのか。
どれだけ強靭な精神力を持ち合わせていたとしても、数千数万の人間から悪意を集めれば、それに呑まれて狂気する。
深山の狂気は、支配された側にも伝染していくだろう。それは邪神誕生のシステムにも近い状態になる。その結果は語るまでもなかろう。
本来であれば、分不相応な力は取り除いた方が良い。ましてや根源となっているのは、邪神の力なのだから。制御できるならまだしも、制御方法すら知らない者が多いだろう。
能力を便利な力だと簡単に考えてはならない。これは身を滅ぼし、果ては世界を滅ぼしかねない力なのだ。
聞き終えた時、佐藤は顔を青ざめさせた。そして、三島は少し口角を吊り上げる。それを見逃すペスカでは無かった。
「三島のおじさん。何を考えているか大体は想像つくけど、それは止めた方が良いと思うよ」
「何故だい? この地球から悪意という不確かな脅威を取り去るチャンスかも知れないんだよ」
「三島のおじさんって、かなり嫌な性格をしてるね。知ってて聞いてるんでしょ?」
「ははっ。確かに私の性格は破綻しているかも知れないね。でも、世界を正す事が出来るなら、そうすべきだとは思わないのかい?」
「思わないよ。悪意ってのは、人間が持つ当たり前の感情だからね。それが無ければ、人間の成長は無いよ。生物だって進化しなかったかも知れない」
「進化論の話しは置いておくとして、今の世界は間違っていると思った事は無いのかね?」
「そうやって、深山って人に発破をかけたの? 本当は何をしたいの?」
「私はね。正義の味方で有りたいだけだよ」
「あっそ。それなら、どの大陸を差し出すの? どれだけの人間を犠牲にするの?」
「そんな犠牲は出したくないものだね」
「おじさん……。わかってないよ」
「何がわかってないと言うのかね?」
「糞ロメが力を取り戻したら、私達も本気を出さなきゃいけないの! わかる? おじさんは、ラグナロクを起こそうって言ってるんだよ! 私達の力はこの世界に影響を及ぼすんだよ。だから控えてる。それなのに力を使ったら、この世界の神様だって黙っちゃいないよ! わかる? 私達とこの世界の神々がガチで戦ったら、地球は生物の住めない星になるよ」
ペスカの言葉は、自分達が地球にいる事自体が問題だと言っているのである。その言葉は、アルキエルの戦いぶりで真実味を帯びているだろう。あれで、力を制限していると言うならば。
「そうなると、今の内に深山君から邪神とやらを引き剥がした方が良いって事になるね」
「そういう事。だからさ、おじさん。お兄ちゃんに変な命令するの止めてくれる?」
「何もかもお見通しって事かな?」
「当たり前でしょ? だって、お兄ちゃんだよ! お兄ちゃんが難しい顔して、ずっと黙ってるんだよ! 変な事を言われて、考え込んでるとしか思えないでしょ? ねえ、アルキエル?」
「あぁ。このガキ、ロメリアに手を出すなって冬也に吹き込みやがった」
「おじさんって、本当の馬鹿なの? 何言ってんの?」
「それなら聞くが、この状況に置いて深山君を悪者にせずに事を収める方法は有ると言うのかね? 深山君は覚悟を決めて事に及んでいるのだがね」
「いや、流石にそれは……」
その問いには、ペスカでさえも口ごもるしかなかった。
罪を憎んで人を憎まずなんて言葉が有る。それは理想でしかない。深山からロメリアを消したとしても、深山の罪は残る。「邪神に操られていた」なんて言い訳は、法廷では通用しない。それ以前に、世間が納得しない。
何らかの形で罪は償わなければならない。仮にどんな崇高な目的が有ったにせよ、深山は日本を大混乱に陥れた黒幕なのだ。
「だからこそ、深山君はこの国の法律で捕まえなければならない。それこそ、君が言う穏便にだ」
「それが出来るって?」
「その為に、わざわざ足を運んだんだよ」