第四百二十三話 サイバーコントロール ~宣戦布告 後編~
「眉唾の様に感じますけど、その証拠は?」
「はい。その説明をこれから致します」
この時、深山に質問をしていたアナウンサーは、担当ディレクターに目線を送っていた。「このまま続けて大丈夫か?」と。その答えは「続けろ]である。
そもそも、番組が違う。こんな『都市伝説めいた』暴露を趣旨とした番組ではない。それなのに、何故止めようとしない? 多少、界隈の情報には詳しかろうが、こんな初めて見る様な弁護士の言動を、何故誰も止めようとしない?
アナウンサーは、キョロキョロとスタジオ内を見渡す。誰もがいつも通りである事に、一種の怖さを感じていた。
皆が深山に好意的なのではない。深山の行動を不審がらないのだ。当然だ、スタジオ内の殆どが深山の洗脳下に有る。唯一、洗脳されていないのは局アナだけだ。異様に感じるのも当然だろう。
頭の中で違和感が渦巻いている。しかし、ディレクターがOKを出したなら、番組は進めなくてはならない。懸命に冷静を保とうとするのは、プロの証なのだろう。そして、アナウンサーは深山に問いかける。
「能力者の軍事利用と仰いましたが?」
「はい。新型ウイルスの騒動は記憶に新しい方も多いでしょう」
「そうですね。東京都を中心に広がった大災害でしたから。SNSではテロなんて噂も」
「そうなんです! あれは、テロリズムと何ら変わりが無い!」
「えぇ! どういう事です?」
「あの騒動は、これから説明する組織が起こした実験の結果なんです!」
「じ、実験ですか?」
「はい。ウイルスの軍事利用実験です。実験の際にウイルスが施設から漏れて拡散した。これが騒動の真実なんです!」
「そんな事が有り得るんですか?」
「わかりませんか? 国の対応はコロナウイルスの時と比べて、異常な程に早かった。そして、世界のどの機関も開発に苦戦していたワクチンが、どこからともなく現れたんです」
「そ、それは確かに。言われてみれば」
「全ては、秘密組織は政府直下に有ります。秘密組織から情報を得ていた政府は、速やかに対策を講じると共に、組織の不始末を隠蔽しつつワクチンを作り出させたのです」
「で、ですが。本当にそんな事が?」
「有り得ます。先日起きた、新宿で大きな抗争を覚えているでしょう?」
「はい。大きな事件でした」
「それは何故、詳しい報道がされないのでしょうか? 抗争時に映った二名が、有り得ない力で大勢を無力化しています。何故、そんな事が出来るのでしょうか?」
「まさか……」
「抗争時の警察の動きも、おかしな点が多い。機動隊が出動したにも関わらず、抗争に介入しなかったのは何故でしょう? そもそも何故、こんなにまで大きな抗争に発展したのでしょう?」
「それが全て、その組織の仕組んだ事だと?」
嘘の中に真実を織り交ぜる。事実を知らない者にとっては、あたかもその嘘が真実であると錯覚する。同調行動を常としている者を錯覚させるには、有用な技術であろう。所謂、嘘を誠として錯覚させる為の説得材料として、真実を取り入れるのだ。
例えば、弁護士が言っているのだから間違いは無い。これは、地位がはっきりとした知識人に従う同調心理である。
先ず深山はTV出演の際に、国政と能力者に詳しい立場である事を示した。そして誰もが不信に感じるだろう事を提示した。それによって興味を引き立て、これから語る事が真実であると思い込ませるのである。
ただしこれは、語り手に矛盾を感じた瞬間に、疑義が生じて錯覚させるのは難しくなる。如何に、論理立てて説明出来るかが重要になる。だがそれに関して深山は、とても優秀であった。
深山は特霊局の存在を明かした。そして主要人物として、三島と遼太郎の顔写真も公開した。これは名目上、能力者が起こす事件に対抗する為の組織であると。そして深山は、この裏には真相があると続けた。
徐々にアナウンサーも、深山の語りにのめり込んでいく。もう、そこは深山の独壇場だった。そして、深山は語気を強めて説明を続けた。
新型ウイルスの騒動は、組織が起こした実験の漏洩に原因が有る。正確には能力者を使って、ウイルスを作り出した。それなら、同じ能力でワクチンも作り出せる。そうして、政府は不始末を隠蔽した。
しかし、それだけでは民衆は納得しないだろう。故に、民衆の目線を別の方向へ向けさせる必要が有った。それが新宿での抗争へと繋がる。
騒動の只中で、政府はウイルスを作り出した能力者を使って、今度は麻薬を精製して流通させた。それを大きなニュースとして、取り上げさせようとした。
組織は政府の命令の下に、暴力団等を利用し麻薬を流通させた。しかし、想定以上に麻薬取引が増加してしまった。結果として、彼らは指定暴力団へ麻薬流通を差し止める様に命じた。
但し、指定暴力団はその命令を無視して、麻薬の流通を続けた。それが原因で、暴力団同士抗争が勃発し歯止めが利かない状態へと陥った。
更に失敗だったのは、二名のエージェントを利用した事であろう。この二名はいずれも能力者である。彼らにより深い洗脳を施された暴力団は暴走し、日本全国の暴力団等を相手取る事へと繋がった。
この件には、警察の上層部が深く関わっている。暴力団等を利用した事を黙認した上、一掃する事にも協力的だった。警察は、一般の車両規制を行ったが、暴力団等の車両を素通りさせた。これが良い証拠である。機動隊が出動したにも関わらず、抗争に関与しなかったのも、警察が彼らの行動を黙認した結果である。
そして彼らは、この件が明るみになるのを恐れて隠蔽を行った。事も有ろうか、政府に圧力をかけて。報道が規制されたのは、それが原因である。
この様な政治的取引は、報道の自由を侵すものである。
正確な報道がなされずに、真実が明らかにされない。これは、彼らを著しく暴走させる事へ繋がる。今回の事務所襲撃は、彼らによって著しく弾圧されていた、一部の能力者による反抗であろう。
本来であれば、襲撃事件を起こす等は以ての外である。しかし、真実を見極めて欲しい。これは、弾圧されて来た能力者の悲鳴である。
「要するに、国が能力者を何等かの方法で利用する事を考えている。そういう事ですね?」
「そうです。労働に見合う対価が払われるならば、通常の雇用契約と何ら変わりはないでしょう」
「能力者に関しては、そうでないと」
「能力者は我々と同じ日本人です。法の下に守られるべき存在なのです。しかし、政府を含めて彼らは、能力者を悪用しようと企んでいる。この状況を許すと、新宿抗争よりも大きな事件が起こるでしょう」
「それはどの様な?」
「弾圧された能力者の反乱です。いま、多くの能力者が、社会生活に不安をかかえています。私は彼らを救う為に、改めて声を大にしたい。能力者は敵ではない! 皆さんの見方です! 政府の過ちを正す為に、能力者を守る為に、一丸となる時なのです! それが皆さんの生活を守る事に繋がります!」
力強く言い放ち、司会者やアナウンサー達からの称賛を受けて、深山の出番は終了した。そう、これは深山による、特霊局への宣戦布告。熾烈な戦いの幕開けであった。