第四百二十一話 サイバーコントロール ~疑念~
「三島のおっさん。あんた、あいつを逃がして良かったのか?」
「今はね」
歩みを進める三島の背後から声が聞こえる。三島は振り向く事をせずに答える。それは、声の主が現れる事を予感していたかの様に。
「驚かねぇんだな」
「そうだね。ペスカ君の判断だろ?」
「あぁ」
軽く言葉を交わしてから、ようやく三島は振り向く。そして、声の主と向き合う。それは、自宅に居たはずの冬也であった。
襲撃の夜に、ペスカが冬也を叩き起こして現場に連れて行かなかったのには理由がある。それは、事務所と同じ様に自宅が襲撃される事を考慮したのだ。
無論、自宅には空がいる。空には能力は通じない。しかし、今回は結界を張った事務所を襲撃されたのだ。能力を封じる策を用意したにも関わらず。
他にはクラウスがいる。クラウスと対峙して無事な者はそうそういるまい。しかし、念には念をとペスカは、冬也を敢えて置いて行った。
但し、冬也はロイスマリアの最高戦力である。わざわざ防衛ばかりに当たらせる無駄はしまい。そしてペスカは一計を案じた。
本当の敵を見極める為に。
ペスカは、アルキエルが一度目に御堂を制した時に、冬也へ念話を送っていた。「三島のおじさんを見張って」と。「場合によっては、お兄ちゃんの判断で動いて良いからね」と。
ワクチンの精製時に三島が見せた行動力は、常人のそれを優に超えている。それは、冬也ですらわかる事だ。だからこそ、疑いたくなる。
だから、ペスカはそれを見極めたかった。
しかし、途中でペスカの思惑は外れた。遼太郎の言葉が有ったからだ。深山という存在が黒幕なら、三島は関係ないのか? それ以降の冬也への指示は、三島の観察から警護に変えた。
冬也にも念話で状況は説明してある。そこまで来れば、冬也にもわかる。何をすれば良いのか。
冬也は完全に気配を消した上で、透明化の魔法を使って姿も消して、三島の後をつけていた。冬也程の達人が気配を消したなら、凡人には気が付かれない。わざわざ姿を消さなくても、一般人なら素通りするだろう。
しかし、相手は三島だ。気配を消したり、魔法で姿を消すだけなら気が付かれる恐れがある。それだけの相手だという事は、一見しただけでわかる。
最早、存在自体が化け物であろう。
神気を封じて尚、拳を交えて負ける気はしない。しかし、腕力だけが強さではない。三島は、ロイスマリアには居なかった部類の化け物だ。それこそ、「存在一つでロイスマリアをひっくり返せるんではないか?」と思える位に。
三島が黒幕ではなかったとしても、『用心しなければならない相手』で有る事は変わらない。故に冬也は、魔法を使った際に『周囲にマナが漏れない様』に対策を施した。
そして、冬也は三島を観察し続けた。彼の中に潜むかも知れない闇を探ろうと。しかし、見れば見る程に疑念が姿を消していく。
冬也はこれまで、何度も邪神ロメリアと戦ってきた。そして、何人もの能力者からロメリアの因子を抜き取って来た。だからわかる。ロメリアの臭いと、それに冒された人間のマナの色を。
寧ろ、三島からロメリアの気配が少しでもすれば、結果は楽だっただろう。神気を解放して、三島からロメリアを引きずり出す。後は調伏して終わりだ。
しかし、三島にはその気配が全く感じられない。
神気を使えば、魂魄の内側まで探れるかも知れない。ただ、それをした瞬間に三島に自分を悟られるだろう。
そうなれば、三島はより用心するに違いない。もし、三島の中にロメリアが潜んでいるとすれば、より魂魄の内側へと姿を隠すだろう。
ただ、状況は一変する。
三島が歩いていた先には、黒い気配が漏れている男が立っていたのだから。間違いなく、遼太郎から逃げ果せた『深山』だろう。周辺からは別の気配もする。『コピー能力者』が隠れているに違いない。
この瞬間、冬也もわからなくなっていた。
三島がロメリアだった方が余程納得出来る。それだけ深山は、不用心に邪気を漏らしているのだ。もし、ここにエレナが居たなら、毛を逆立てて直ぐに戦闘態勢になっていた事だろう。
だからこそ、わからない。
冬也の知っているロメリアは、狡猾で陰湿で警戒心が強い。そんなロメリアが潜んでいるなら、少なくともあの気配は消させるはず。
あれは、自分から正体を示している様なものだ。そんな相手に、これまで手古摺って来たのではない。
あれは違う。ロメリアじゃない。
冬也がそう判断しかけた瞬間、三島と深山は対峙した。三島が現れた事には驚いている様子だ。しかし、顔見知りなのだろう。初対面の人間が交わす様な言葉ではない。
判断に迷った冬也は、少し様子を見る事にした。少しずつ、深山の口調が荒くなっていくのがわかる。激高しているのだろう、顔を真っ赤に染め上げている。通りすがる人達も、三島達の事をチラチラとみている。
いい歳をした大人が、通り沿いで何をしているのか?
そう軽んじられても良い状況だ。やはり、こいつはロメリアじゃない。こんな短絡的な奴じゃない。冬也が結論付けた時、深山は姿を消した。
何らかの手段で、こちらに悟らせない様にしているのだろうか? それとも、そういう能力を持っているのか? 相変わらず、コピー能力者からマナの動きが見えない。
しかし、深山の気配は覚えた。コピー能力者の気配もだ。追おうと思えばいつでも追える。それよりも先に、本命の方だ。
そして冬也は、魔法を消して姿を現し、三島に話しかけた。
話しかけた印象は、やはり異常だった。突然に姿を現したにも関わらず、驚かない所か普通に答えて来る。
「俺の事は、ばれてたって事か?」
「まさか! 君程の人間が。いや、今は神だったね」
「人間で間違いねぇよ」
「それは済まないね。あそこに隠れていた、コピー君と君は違うからね。達人が気配を消したら、私にも察する事は不可能だよ」
「まぁ、どっちでも良い事だ。それより、あんたは糞野、ロメリアか?」
「ははっ。私が異界の神だって? 残念ながら外れだよ」
「犯人ってのは、そうやってはぐらかすんだろ?」
「仮に私の中に異界の神が潜んでいたとして、君はどうするんだい?」
「神気を使って、糞野郎を引っ張りだして、ぶちのめす。それで終わりだ」
「それなら、こうしよう。君は神の力を使って、私を隅々まで探ると良い」
「当たりだったら、いてぇじゃすまねぇかも知れねぇぞ」
「構わないよ」
冬也は、三島の言葉通りに神気を少しだけ解放する。次に、三島の魂魄を探り始める。探れば直ぐにわかる事だ。そして、三島の魂魄には何も潜んではいなかった。
「不思議そうな顔をしているね?」
「そりゃあそうだろ。あんたみたいな化け物が、地球に存在している方がおかしい」
「君に化け物と言われると、少し感慨深いものが有るね」
「それで、あんたは何者なんだ?」
「君の父上の上司だよ。それだけの話しだ」
「嘘をつくんじゃねぇよ」
「その内、わかる事だ」
「で? あの野郎は、どうするつもりだ?」
「暫くは手出し厳禁だよ」
「なんでだよ!」
「ペスカ君は兎も角、君とお友達は退屈しているだろ? 敵は強ければ強い程、面白いはずだよ」
「馬鹿じゃねぇのか? 俺はそんな事、考えてもいねぇよ」
「そうかい? 君の顔には、あんなのが仇敵だとは思えないって書いてあるけどね」