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第四百十六話 ヴァンパイア ~葛藤~

 林を含めた三名を回収してから、事務所へ移動する僅かな間に、ペスカは倒れた三人の状態を確認した。ペスカの下した診断は、極度のマナ不足である。

 命に別状はない。病院で点滴を受け、暫く安静にしていれば、不足したマナも回復するだろう。


 安西と共に三名を病院へ搬送させる事に決め、ペスカ達は救急車を待った。暫くすると救急車が到着する。そして救急隊員に搬送先が決まったら連絡する様に伝えると、ペスカ達は同行せずに救急車を見送った。

 救急車が去った直後くらいであろうか、ゆっくりと歩きながらアルキエルが事務所内に入って来た。少し欠伸をしながらのんびりと歩く様は、緊張感の欠片すら感じない。


「ほぉ、こりゃ随分と暴れやがったな」

「ったく呑気な事を言いやがって。アルキエル、三堂の奴はどうした?」

「あぁ。連れて行かれた」

「はぁ? 何してや」


 連れて行かれたと言うセリフに、遼太郎と翔一が目を見開く。そして、アルキエルを一喝しようと声を荒げた途中で、遼太郎は気が付いた。


 アルキエルは何の意図も無く、無為な行動を起こす事は無い。御堂を連れ去ったのは、コピー能力者だ。恐らく自分達は誤認させられて来たのだろう。コピー能力者と事象の改変は同一人物だ。いや、事象の改変をコピー能力者がインストールしていたのだろう。


 そうなると話しは別だ。事象の改変は神の御業と言っても過言ではない。流石のアルキエルもマナを手繰る事は出来ないだろう。それなら、せめて連れ去られた御堂の居場所だけでも確認しておかなければならない。


 遼太郎は直ぐに翔一へ視線を向けると、問いかける。


「翔一! 三堂のマーキングはどうなってる?」


 遼太郎の言葉で、翔一も意図に気が付いたのか、スマートフォンを手に取り、地図を確認し始めた。


「遼太郎さん、反応が有ります。意外に近くです! 経堂駅の周辺!」

「ほぉ、まだ反応が有んのか? そりゃ思ったよりもやるじゃねぇか!」

「どういう意味だアルキエル!」

「どうもこうもねぇだろ! 倒れてる奴を見りゃ一目瞭然だろうが!」

「まさかお前、神気を取られたのか?」

「少しだけな。だがよぉ、お前も知ってる通り、俺の神気と親和性が有る奴はそういねぇ。俺の中に眠る、数多の神格が拒むからな。冬也の場合は特別だ。俺を下した奴だからな、皆も従うわな」

「待て、そうすると随分時間が経ってんだろ!」

「あぁだから言ってんだ。やるじゃねぇかってよぉ。これからが本番だぜミスラぁ。ついてくんだろ?」


 遼太郎は少し視線を落とした。そして考え込む様に口を噤む。神が絡む話しであれば、翔一の理解を超えており、口を挟む事は無い。アルキエルは、特に気にした様子もなく、遼太郎の言葉を待っている。


 だが、ペスカは違った。


「ねぇ。三堂って言うのが、あのキモイ人だよね。パパリンの知り合い?」


 ペスカが敢えて訪ねているのは、遼太郎にも理解が出来た。三島から受けた忠告、そして顔見知りの登場。ここまでくると、遼太郎の中にある疑念が確信へと変わる。遼太郎にとって、大切な後輩であり友人でもある。そんな人間を疑いたくはない。しかし、もう確定的であろう。


 遼太郎は、ゆっくりと口を開いた。


「三堂は、俺の後輩にあたる、深山の部下だった男だ」


 顔を顰め、息を大きく吐き出す。続く言葉は、遼太郎の喉元まで出ている。しかし、口にしたくない。言葉にすれば、これまでの信頼が全て壊れてしまう。

 遼太郎は、誰よりも深山を信頼していた。仕事上のパートナーとして、何よりも友人として。


 誰よりも真っ直ぐで正義感に溢れ、懐の深さも持つ男。友人が多く、周りに愛され、食事が一番の楽しみと豪語し、ユーモアも忘れない男。

 食事に連れて行くと、嬉しそうな顔でメニューを眺め、楽しそうに食事をする姿を見れば、奢る方だって嬉しくなるだろう。


 政治の世界に垣間見える汚泥を、敢然と掃除しきるのではなく、緩やかに配慮を重ねながら少しずつ取り除く。

 そんな男が、これまで起きた事件の裏で糸を引いていたとは、思いたくない。町田での能力者暴走、新型ウイルスの騒動、麻薬の密造、そして今回の事務所襲撃。どれも冷徹な統治者の行う所業であろう。彼のイメージとは真逆なのだ。


 本当に深山が、黒幕の一味だとすれば、何故そこまでの事をする必要があった? 何が深山を駆り立てた? 

 いや違う。どうして気付いてやれなかった。心の奥底に闇を抱えていたなら、どうして吐き出させてやれなかった。こんな大事件を引き起こす前に。


 遼太郎は、険しい表情のまま口を噤む。しかしペスカの、既に見抜いていると言わんばかりの視線が、遼太郎を貫く。告げない訳にはいかない。曲がりなりにも、特霊局府中支局の責任者なのだから。


 葛藤の中、遼太郎は重い口を開く。


「黒幕連中の一人は、深山で間違いない。恐らくリーダーだろう」

「それで、パパリンはどうするの?」

「出来れば、深山と話がしたいと思ってる。説得出来れば、それに越した事はねぇ」

「説得できるの?」

「わからねぇ。だけど、一方的に殴ってお終いにはしたくねぇ」

「ふぅん。なら、行ってきなよパパリン。どうせ、キモイ人がいる場所は、使い捨ての拠点でしょ? そっちはアルキエルに任せてさ」

「あぁ、そうだな」


 そしてゆっくりと遼太郎は立ち上がる。ペスカに背中を押されて尚、その瞳には迷いが残る。そんな心の内を親友が見逃すはずが無い。


「らしくねぇなぁ、ミスラぁ」


 そしてガンという鈍い音と共に、遼太郎が吹き飛ぶ。


「ロイスマリアから帰って来た時から、ずっと様子がおかしかったけどよぉ、これで目が覚めたか? ミスラぁ、お前は本当に人間になっちまったのか? 傍若無人のミスラ様は、どこに行っちまったんだよ! 角がとれて丸くなってよぉ。それで何か解決すんのかぁ、ミスラよぉ」


 続けざまに、アルキエルは遼太郎の腹部を蹴り上げる。ゴハっと胃液を吐き出し、遼太郎は転がる。


「美咲の様子を間近で見たんだろ? 小僧はどんな状態だった? てめぇの大切なものを傷付けられて、拳の一つも振るえねぇんなら、人間ですらねぇぞ!」


 転がり倒れる遼太郎に対し、アルキエルは更に蹴りを加える。明らかにやり過ぎだろう。翔一は、アルキエルを止める為に割って入ろうとする。しかし、それはペスカによって止められた。


「ミスラぁ。お前は俺を倒すために、神格を二つに割っても生き延びた。そして、転生し力を蓄えて、冬也みてぇな野郎を送り込んで来た。その執念はどこに行った? お前は、色々考えすぎなんだよ! 冬也の馬鹿みてぇにとは言わねぇがなぁ、こんな時は単純でいいんだ! 説得だ? 冗談じゃねぇぞ! 今のお前に出来やしねぇ! ぶっ飛ばして来い! らしくねぇんだよ、馬鹿が!」

「あぁ! くそっ! いってぇなぁ!」


 遼太郎はただ殴り蹴られ、黙っていられる男ではない。その根底には戦う神が宿る。更に蹴りを加えようとするアルキエルの足を片手で止めると、起き上がる勢いで思い切り殴り飛ばした。

 流石のアルキエルも、殴られた衝撃でよろける。何歩か後ずさったアルキエルに、遼太郎は追撃を加えた。そして遼太郎は声を荒げる。

 

「お前が考えてる程、単純な問題じゃねぇんだよ!」

「馬鹿か! 違うだろ? ぶっ飛ばして終わりだ!」

「冬也みてぇな、脳筋台詞を吐くんじゃねぇ!」

「いいじゃねぇかそれで!」

「良かねぇよ! 深山は俺のダチだ! ダチってのは、困った時に一緒に居てやるもんだ! 悩みを聞いて、間違った時には正してやる。それがダチだ!」

「ならそうして来いよ、ミスラぁ。迷ってねぇで力になって来い! 救ってやりてぇんだろ? なら、力づくで救って来い! それでも駄目なら俺達が、お前の力になってやるよ」


 アルキエルの言葉は、遼太郎の心を深く抉った。どんな重い拳よりも、その言葉は心に響いた。うじうじと悩む自分が馬鹿らしくなる位に。

 もやもやした感情は残る。悩みが完全に消えた訳では無い。でもやるべき事は定まった。遼太郎の目は、真っ直ぐ前を向いていた。


「翔一、俺の車を使って、三堂の所に行ってくれ。アルキエル、後は頼む」

「わかりました遼太郎さん」

「あぁ任せろ、ミスラ」


 翔一に指示をし、アルキエルに頭を下げると、遼太郎はペスカに体を向ける。そして、ペスカは笑顔を浮かべて、遼太郎に問いかけた。


「ついて行こっか?」

「有難いが、今回は俺一人にしてくれ」

「わかった。じゃあ、後で連絡頂戴ね」

「あぁ」


 遼太郎は頷くと、事務所から出ていく。そしてスマートフォンを手に取ると、深山の番号を探してボタンを押した。何コールか後に通話開始になる。


「深山か? 久しぶりだな。話が有るんだけど、今すぐ会えねぇか?」

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