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第四百十五話 ヴァンパイア ~治療~

 安西の卓越した技と執念が、奇跡を生んだのだろう。


 安西は体を縮めると共に、両手を盾にして書庫がぶつかる衝撃に備えた。スチール板の欠片が足を襲い、強烈な痛みが走る。そして体勢を崩した安西が、咄嗟の防御姿勢を取れたのは、訓練の賜物だろう。


 しかし飛んでくる書庫の勢いは凄まじく、とてもガードしきる事など出来ない。それでも安西は両腕に全力を注いだ。結果、安西は下半身に甚大なダメージを被った。

 しかし、頭部から内臓にかけてのダメージは、下半身のそれよりは幾分かましであった。激突の衝撃に押され、壁に後頭部を強打し、安西は気を失う。完全に潰された下半身からは、滂沱の血が流れ出る。


 そんな安西が、ペスカの到着まで命を繋いだのは、一連の行動が成した結晶であった。


 どれだけ安西が、懸命に己の生命を守ったとしても、意識の混濁が長く続けば、回復は困難になる。多くの血を流し続ければ、それだけ死へと近づく。

 ほんの僅か、ペスカ達の到着が遅ければ、安西は生きていない。ほんの僅か、ペスカの魔法が遅ければ、安西は冷たい屍となっていた。


 特霊局の事務所に到着した一行は、入り口のドアを開けて驚愕する。例え銃撃戦が有ったとしても、ここまでボロボロにならないだろ。そう思える程、事務所内は散乱していた。しかしそんな状況でも、安西がいるだろう場所は直ぐに見つかった。何故なら、朱に染まった川は、鮮明に彼らの目へ飛び込んで来たのだから。

 遼太郎が安西を救出しようと走り出す一方で、翔一は救急車を呼ぶ。そしてペスカは、安西の状態を確認する事なく、直ぐに呪文を唱えた。


「我が名において命ずる。この地に眠る全てのマナよ、我に力を貸せ。彼の者を苦しめる戒めを解き、従前の姿へと戻せ。我は神の一柱ペスカ! 我が力を持って、彼の者に救済を与えよ!」


 ペスカが唱えたのは、治療の魔法ではない。時間遡行の魔法である。


 一部が壁にめり込む書庫、その隙間から流れ出る血。その情報だけで判断し、ペスカは呪文の効果を決めた。恐らく、医者すら匙を投げる重症であろう。単に治療するのでは、間に合わない。


 ペスカの判断は、正解だった。


 事務所内は目が眩む程の光に溢れ、書庫と壁の間に吸い込まれる様に消えていく。そして呪文を唱え終わった後、ペスカは片膝を突いた。


 ペスカの魔法は、医療行為と呼ぶには語弊が有る。厳密には、医療行為を模した治療技術である。

 山中美咲に対して行ったのは、麻薬中毒の症状を体から取り除き、やせ細った体を一時的に健康な状態にしただけ。即ち、中毒症状は取り除いたが、回復に至った訳ではない、一時的なまやかしである。

 そして、安西にかけた魔法は、体を元の状態へと戻す遡行技術である。ただし、これには条件が有る。遡行とは文字通り遡る事。言わば、元の状態を知らなければ、遡行させようがない。極めて難しい魔法であり、精神力を大きく削る。


 ペスカにとって安西が、冬也と同程度に近しい関係ならば、そう難しい事ではない。容易に元の状態など、想像が出来るのだから。しかしペスカと安西が顔を合わせたのは、数回程度である。ペスカは記憶の断片に有る安西の映像を呼び起こし、忠実に再現しようと心血を注いだ。


 力を限定された状況で、しかもイメージを緻密に再現する。それがどれだけ困難な事か。呪文を唱え終わったペスカが、膝を突くのは無理も無い事であろう。


 安西の体が修復されるのは、遼太郎が力づくで書庫を退けるのと、ほぼ同時に行われた。そのおかげか、遼太郎の目に映る凄惨な光景も、ほんの僅かの間で済んだ。

 ただでさえ目を覆いたくなる光景である。長らくパートナーとして、任務をこなして来た男の悲惨な姿は、見る事すら辛いだろう。


 遼太郎は書庫を退けると、直ぐに安西の脈と呼吸を確認する。そして触診の要領で、体のあちこちを確認していった。

 体が修復されても、意識は戻っていない。遼太郎が安西の無事を確かめている間、翔一は破壊された事務用品の欠片を片付け、救急車が来るまでの安置出来るスペースを作る。遼太郎は安西を抱き抱えると、翔一が作ったスペースへと運んだ。


「にしても、助かったぜペスカ」

 

 安堵を浮かべた遼太郎は、明らかに疲れた感じで座り込むペスカの肩を叩いた。


「うん。でも、間に合って良かったよ」

「そうだね。ただ、ペスカちゃん。何をしたの? 心なしか、安西さんの肌つやが良くなってる気がするけど」

「何言ってんだ翔一! あぁ? よく見りゃ、十年くらい若くなってる気がするな」

「仕方ないでしょ。私の記憶を素に、体を元に戻したんだから。安西さんと会ったのは、子供の頃なんだよ!」

「いや、お前。この間、会ったばっかりだろ!」

「よく知らないおっさんを、じっくり観察する訳ないでしょ!」

「ペスカ。こいつは、これでもまだ三十五歳だぞ!」

「パパリンうっさい! 助かったんだから良いでしょ? 若返ったんなら、尚更だよ! 失態が帳消しになる位、頑張ってもらわないとだよ!」

「まあな。最近、稽古をつけてやれてなかったからな。修行が足りてねぇんだ」

「それにしても、凄い魔法だね。医療が遥かに進歩した気分になるよ」

「翔一君、馬鹿なの? ロイスマリアでもこんな事が出来るのは、私以外にはセリュシオネ様くらいしかいないよ」

 

 因みに、ペスカの言葉は半分は真実である。大きな力を持つ三柱の大地母神ならば、近い事は出来る。おおらかな性格の女神フィアーナと女神ラアルフィーネ、ガサツな性格の女神ミュール。この三柱に緻密な作業が向いていると思えない。可能だとすれば、女神セリュシオネとその眷属であるクロノス位であろう。


 そう考えると、この場所で起きた現象は、神の御業を超える奇跡であろう。


 ☆ ☆ ☆


 一方で、三堂を連れ去った鵜飼は、隠れ家にしている一軒の民家へ移動していた。三堂の自宅に運ばなかったのは、寝るスペースすらないゴミ屋敷であったからだろう。


 三堂を抱えてゲートを潜る姿を、一人の男が訝し気な表情で見つめる。鵜飼が抱えているのは、かつて人間であった何か。息をしているのが不思議な程に、崩れ果てたゴミ屑。そんな物を持ち帰るなんて、どうかしている。男の目は、そう語っていた。そして、鵜飼が三堂を床に置くと、男が問いかける。


「何があった? そもそも、これはなんの残骸だ?」

「御堂です。奴を使って特霊局を襲撃するのがボスの命令です」

「この様だと、失敗したんだな?」

「はい。途中で邪魔が入りました」

「東郷か?」

「それと、例の外国人です」


 鵜飼の行動に、男は深い溜息をついた。これまで慎重に行動してきたつもりである。それ故に、軽率な行動をしかねない鵜飼に洗脳を施した。それでも、鵜飼は命令の一部と判断したのか、自分の思惑とは別の行動をする。


 洗脳が甘かったのか? それともやり方を間違えたか?


 いや、今はそんな事を考えている場合ではない。恐らく、その場には工藤が居ただろう。御堂は確実にマークされている。そんな男を拠点に置いておく訳にはいかない。

 鵜飼すら工藤に目撃されていてもおかしくはない。そうなれば、鵜飼も切り捨てるしかない。鵜飼自体は切り捨ててもかまわない。しかし、彼が持つ能力は非常に稀有だ。捨てるのは惜しい。


 男は酷く落胆した気分に陥っていた。そして、侮蔑する様な見下した目で鵜飼を見ると、深山は徐に口を開く。


「一応聞くが、三堂を遣ったのは例の外国人で間違いないな?」

「はい」

「そうか。なら、三堂はもう終わりだ。君は直ぐに移動の準備をしろ! それとメンバー達に連絡だ。ここは放棄する!」

「わかりました」


 ここまで積み重ねていた計画が、全て水泡に帰す可能性さえ出て来たのだ。ただ、襲撃が失敗しただけでは終わらせたくない。何かしらの策は容易すべきだろう。そして、深山は僅かに三堂を見やると、少し口角を吊り上げた。


「せっかくだから、こいつを奴らへの土産にしてやろう」

「はい?」

「君は言われた事だけを熟せばいい。それとも、三堂と一緒に捕まりたいのか?」

 

 頭を下げると鵜飼は部屋を出る。そして深山は、既に息も絶え絶えになっている三堂に近づくと、腰を下ろし耳元に口を近づけ言葉をかけ始めた。


「いいか三堂、よく聞くんだ。今、君を苦しめているのは、神の力だ。強大な神の力を君は手に入れたのだ。苦しいだろう。それは仕方がない、人間が手にしてはいけない力だからだ。でも、君はそれを手に入れた。君は幸運なんだ。よく聞け三堂。君は、その力を制御しなくてはならない。いや、もう制御出来るはずだ。神の力は君の体に馴染み始めている。その力を使えば、君が憎んだ社会を壊す事は造作もない。そうだ、君はその力を使って、新時代の神になるのだ」


 深山は、三堂の深層意識に働きかけていた。それが人を支配し、己の統制下に置く能力。深山自身が、支配者の意味を籠めて『ルーラー』と呼んだ能力である。


 深山の問いかけに応える様に、三堂の呼吸が落ち着いて来る。既に人とは呼べない程に、崩れかけようとしている三堂の体が、強靭な肉体へと変化を遂げていく。

 その様子を見届けると、深山は立ち上がる。そして、まだ意識が戻らない三堂を残して、部屋から去っていった。

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