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第四百十一話 ヴァンパイア ~吸血鬼になった男~

 遮光カーテンにより、光が遮られたワンルームの部屋。そこには、床に物が散乱し足の踏み場所も無い。暗闇の中で、パソコンのモニターだけが煌々と光る。部屋の中には男が一人。やせ型の体躯に肩まで髪を伸ばし、やや頬がこけ、目だけがぎょろりと出た男。男はパソコンに向かい、ケタケタと薄気味悪い声を上げていた。


「ハハ。凄い、凄いね。流石に課金兵は違うねぇ。あぁそうだよ、そうなんだよぉ。僕をただで遊ばせてくれるんだぁ。彼らに感謝して、僕はちゃぁんと負けてあげないといけないんだぁ」


 気味の悪い笑い声は続く。何がそれだけ興味を掻き立てるのか、男はパソコンのモニターに釘付けになっていた。時折、床に散乱したゴミの中でガサガサと音が鳴っても、男は気に留めたりはしない。その目に映るのは、パソコンの中で起きている出来事だけであった。


「ハハハ、ハハハハ。見せてくれよ、金をつぎ込んで強化したんだろぉ? やっぱり世の中は金だよねぇ! ゲームの中だってそうさぁ! 金を持っている奴が一番強いんだぁ! あぁそうさ。僕は現実でもゲームでも、負け犬なんだぁ。ハハハ凄いよ。凄いよぉ、良いよぉ、そうだよぉ。その調子だぁ。僕を負けさせてくれぇよぉ」


 男の癖なのだろうか、ややゆっくりとした口調、そして挑発的な物言い。画面の向こうにいる相手を煽る様に語り、刹那的に嘲り笑う。一方では達観的、若しくは諦観していると言えるのだろう。しかし、己の奥底にある情念は、ブスブスと燻っている。

 男の中にあるのは、矛盾とも取れる感情であろうか。そして男には、己の感情を理解しながら敢えて、放置し観察している様子すら垣間見える。

 

 夜が明けると、男の一日は終わりを告げる。男がモニターの下に映るデジタル時計に目をやった時、背後に気配を感じた。男は振り向く事すら億劫な様子で、気配の主に声をかける。


「で、君はどこから入って来たんだい? 鍵はかけてあったはずだけどねぇ」

「どこからでもいい」

「また奪ったのかな? 当りか? 当たりなんだねぇ! なんて非道な男なんだ! そして、僕の能力も奪おうとするんだ!」

「御堂、仕事だ」

「仕事? 僕はこれから寝るんだよぉ。僕は吸血鬼だからさ。昼間は寝なくちゃ」

「繰り返す。仕事だ、三堂」

「三堂? それ誰だい? 僕の名前は、破壊王ヴァスアキレイだよ!」

「それはゲームの中の名前だ。下らない事を言うな」

「下らない? 違うね! 僕はこれでも、ギルマスなんだよぉ」

「あんたと話していると、頭がおかしくなりそうだ」

「頭がおかしい? それは君じゃないかな! 失敗して降格処分になった上に、洗脳された鵜飼君?」


 御堂の問いに対し、鵜飼は答える事は無かった。そして、そのまま御堂に詰め寄ろうと近寄る。しかし、御堂は鵜飼の手を振りほどいて言葉を続けた。


「大体君達はさぁ、考えている事が卑屈なんだよ。この世界を正そうだなんて、ただの欺瞞だろ? 本当はこの世界を牛耳る偉い大人達が憎いんだ! そうなんだろぉ!」

「下らない問答は終わりだ! これからあんたを、ある場所へ連れて行く。そこにいる奴らを皆殺しにしろ!」

「ある場所? どこなんだい? 連れて行くのはいいけど、気が乗らなければ仕事はしないよぉ」

「特霊局だ。今は、東郷遼太郎が不在だ。三島健三もな。奴らの牙城を崩すチャンスだ」


 特霊局の名が挙がった瞬間、初めて三堂は振り向いた。そして、肌を粟立たせるほど喜色の悪い笑みを浮かべていた。


「特霊局? そうか、そこならご馳走がたんまりと有りそうだ。いいよ、わかったよ、そうしよう。協力する事にしよう。そうだね、それがいい。久しぶりに食事をする事にしよう」


 三堂は、鵜飼を覗き込む様に顔を近づける。これまで淡々と話しをしていた鵜飼も、本能が拒んだのか後退る。


「よっぽど、君らは東郷と三島が、怖いんだね。僕から言わせて見せれば、東郷なんて唯の暴力バカじゃないか。確かに三島には底が無い。だけど、唯の人間だ。恐れる事なんてないだろう?」

「ボスは、東郷と三島に気を付けろと仰った。ボスの命令は絶対だ」

「ハハハ。やっぱり命令違反をした男の言葉は違うね」

 

 三堂は煽る様な口振りで鵜飼に話しかける。対して鵜飼は、何の感情も無いかの様に表情一つ動かさない。

 三堂は会話をしながら、鵜飼との距離を縮める。いやらしい笑みは絶やす事は無い。そして、一拍おいてから再び口を開いた。


「鵜飼君。それにしても君、相当に面白い事になってるね。洗脳された人は初めて見たけど、それはそうか。考える事は出来る、日常生活も普通に送れそうだ。でも、命令だけを遂行する時はロボットみたいだ。飼い主に従順な犬でも、もっと感情表現をするのにさ。こんなに僕が煽っているのに、眉一つ動かさない。つまらないね。本当に最悪だよ」


 御堂は嫌らしい笑みをそのままに、声を荒げ始める。それは、洗脳を受けた鵜飼という男の本性を、意地でも引きずり出そうとするかの様だった。


「君は、大人の世界を舐めすぎだね。あのデブが、何を求めてるかは知らないよ。でも、僕はデブの手下でも何でもない。僕に命令出来るのは僕だけだ。間違えるなよ、鵜飼!」


 息継ぎ一つせずに言い切ると、御堂は息継ぎをする。そして呼吸を整えた後は、これまで続けていた嫌らしい笑みは消えていた。


「今日の所は仕事を引き受けてやる。だけど、二度と舐めた口を叩かない事だね。じゃないと、死体になるのは君になるかも知れないよぉ、鵜飼恭弥君」


 これまでと打って変わって冷徹になった口調は、誰をも怯えさせる事であろう。但し、目の前の男を除けばではあるが。

 

 鵜飼を含めて組織の面々は、三堂裕也という男を詳しく知らない。知っているのは、三堂の能力と多少の過去だけ。だが、特霊局への意趣返しに利用するには、三堂は充分過ぎる能力を持っている。


 しかし、それで充分だ。組織にとっては御堂は使い捨ての駒に過ぎないのだから。

  

 ポンと鵜飼の肩を叩いた時には、三堂は元のいやらしい笑みを浮かべていた。やる気の有無が判然としない。しかし、鵜飼は何の感慨も無くゲートを開いた。無論、ゲートの先は特霊局に指定をしてある。


 インビジブルサイトの能力を使えば、一瞬で遠距離の移動が可能となる。そして、二人はゲートを潜り異次元空間を通り、出口となる特霊局へと近づいた。しかしその時、三堂は口を開く。


「待て、鵜飼君。君さぁ、使い捨ての能力を持っているかい?」

「あぁ、それがどうした?」

「わからないのかぁ? それでもエリートなのかい? なんでもいいから能力使いなよぉ。それでわかるからさぁ」


 鵜飼は、三堂の言葉通りに能力を使う。特段、使い切っても惜しくはない、偶然コピーした炎の能力である。鵜飼は炎の塊を造り出すと、特霊局側のゲートに向けて放り投げる。そして、炎の塊はゲートを超えた瞬間に消えうせた。


 その瞬間、流石の鵜飼も言葉を失っていた。能力が消える事なんて、今まで見た事が無い。そして、そんな事が出来るのは一つだけだと聞いている。新島空という女が持つ、オートキャンセルという能力。そして、特霊局の事務所に新島空がいない事は、事前に調べてある。


 そう、能力が打ち消される事は無いはずなのだ。作戦に抜かりがあるはずは、無かったのだ。


「なっ!」 

「ハハハ予想通りだね。これを考えたのは、恐らく東郷ではないなぁ。別の奴だぁ。それにしても、チンケな罠の割には、効果はてきめんだねぇ」


 そう言うと、三堂は鵜飼を眺めた。


 驚いて、大声を上げなかっただけましだろう。仮にも隠密作戦であるのだ。如何に異次元を通っているからと言って、中で大声を上げれば出口から音が漏れる可能性が有る。

 ただでさえ無策のまま突っ込んだら、能力が使えない状況になり、取り押さえられるのは確実なのだ。そんな時に呆然としていたら、逃げるどころでは無くなるだろう。


「まぁ、反省は次に活かすとして、君は宿舎の方に向かいなよ」

「何を言って」

「君は、それなりに賢いと思っていたんだが、間違いなのかなぁ? あれは、恐らく能力を封じる為の罠だよ。そんな物が、一つだけだと思っているのかい? 君は、あの中じゃ役立たずだぁ。早く、宿舎の罠を解除して逃げなよ。そうじゃないと、怖い鬼が、飛んでくるよぉ」


 鵜飼の言葉を遮る様に、三堂は捲し立てる。まだ落ち着きを取り戻していない鵜飼は、三堂の言葉通りに宿舎へと急いだ。そして、三堂はゲートの出口を出る。


「彼もまだまだだけど、深山もトップに立つ器じゃないね。傀儡にしたら役に立つものも立たなくなる」


 その後、三堂が零す様に吐いた言葉は、特霊局の職員達を騒然とさせる。能力者が侵入出来ない仕掛けが施されていたはず。それがいつの間にか突破され、入り口とは全く関係の無い場所に男が立っているのだから。


「はじめまして特霊局の皆さん、僕は吸血鬼です。さあて、どっちが狩る側か確かめるとしよう。どの道、僕からは逃げられしない。唯の人間ならねぇ」

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