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第四百三話 オールクリエイト ~抗う覚悟~

「ところで、あんたはどうするんだ?」


 冬也は女性に問いかけた。女性が麻薬中毒になっている事はわかっている。最早、自身の力で考える事や判断する事が出来ない事も、ちゃんと理解している。それでも冬也は、問いかけた。

 これから長い時間をかけて、彼女は離脱症状と戦っていかなければならない。多くは、その辛さに耐えきれずに挫折し、再び麻薬に手をだすのだから。特に彼女は、麻薬漬けにされていたのだ。その戦いは、かなり苦しいものになるだろう。


「ここで待っていれば、警察が来る。病院に連れて行って貰えばいい」


 女性は朦朧とした意識の中で、漠然と冬也の言葉を聞いていた。耳には届いている、しかし頭には入ってこない。

 女性は自然と辺りを見回し注射器を探した。自分を縛っていた男達が倒れている。何故、倒れているのかが理解出来ない。


 もう、麻薬を作らなくていいのか。もう、麻薬を打たれなくていいのか。もう、麻薬を打ってはくれないのか。

 

 暴行を受け、強姦され、無理やり能力を使わされて。それでも女性が依存していたのは麻薬であり、それを注射してくれる男達である。

 女性の中に強烈な不安が過る。まるで心を鷲掴みにされ、握りつぶされる様な。そして、女性は発狂した。


 部屋内に甲高い声が響き渡る。もしこの部屋が防音で無かったら、ビル内に響いていただろう。頭を搔き乱し、髪を引きちぎり、頬に爪を立て、それでも足りずに体中に引っ搔き傷を作る。

 

 まさに女性の行動は、狂乱という言葉が相応しい。そんな姿を見た時に、どう思うだろうか?

 気味が悪いだろうか。近寄らないでおこうだろうか。当たり前だ、普通は関わりたくないだろう。しかし、冬也は黙って女性に寄り添った。

 

 女性は混乱している。それは、ただ混乱しているだけなのか? 違う、様々な感情が無意識にぶつかりあっているのだ。冬也には聞こえていた、麻薬を寄こせと叫ぶ心と相反する様に、助けを求める声が。


「あんたはどうする。どっちにしたって、これからは地獄だ。麻薬を抜くなんて、すげぇつれぇらしいからな」


 冬也は優しく問いかけ続けた。決して考えろなどと、軽はずみには言わない。冬也は女性の心に問いかけ続けた。女性の心が真に欲するものが何なのか、その欲求を引き出そうとしていた。


「つれぇよな。今がつれぇんだよな。だがよ、世界はあんたが思う程、厳しくはねぇ。優しさもあるんだ、あんたに手を差し伸べる奴も居るはずだ。病院の先生とか看護師さんとかな。あんたが麻薬と手を切れる様に、親身になってくれるはずだ」


 冬也の温かい神気が女性を包む。それに触れて、少しずつ女性の自傷行為が収まり、発狂する声も静まって行った。それから女性は初めて冬也に顔を向けた。

 今まで虐待していた男達とは異なる温かい瞳に、女性の視線が重なり合う。そして、自然と涙が零れていた。


 突然に妙な能力が芽生えたとしたら、人はどんな行動を取るだろうか。能力を使い熟した、これまでとは違った人生を思い浮かべるだろうか。それは、空想の中だけではないのか。

 現実は違う。能力を活かして、のし上がろうと考えられる人間は余程の野心家か、柔軟性に富んだ者か、無軌道に生きて来た者達だろう。発生した能力に怯えて、訳が分からずに混乱するのが多数ではないだろうか。


 女性は後者であった。当時、美大生であった彼女は、突然に発症した能力に戸惑った。ニュースでは、能力者が起こす事件を報道し、危険視している。また世間の目も、同様に能力者を異端扱いしていた。そんな中で、親や友人にも悩みを打ち明けられず、時間だけが過ぎていった。


 女性は、在学中に個展を開く程の知名度があった。怯える様に過ごす毎日でも、自分の作り出す芸術作品だけが、心の拠り所になっていた。

 それは偶然だったのだろうか。個展を開いていた時、身なりの良い親切そうな男性が、自分に話しかけて来た。


「あの、すみません。失礼ですが、貴女は能力者じゃないですか? 変な事を聞いてすみません、私も能力者なんです」 


 女性は最初こそ唖然としてたものの、同じ能力者という悩みを言い合える、同士に出会えた事に歓喜した。だが、それは一時の幸せであった。その時の女性は、裏切られる事など考えもしなかった。他人に依存しがちな性格が災いしたのか、遠慮近憂せずに信じ切った故か、悲劇は始まった。

 同士と信じていた男に連れられて、とある事務所に入った。そして、強面の男達に囲まれた。そこからの転落は、敢えて語るまでもないだろう。


 女性は今、懐かしさすら感じる様な、温かい気持ちを感じていた。彼の瞳に映るみすぼらしい自分すら、許してくれる様な温かさである。自分の瞳から涙が零れている自覚さえない、それでも漠然とした不安が消えていくのを感じていた。


 そして、冬也は待っていた。何時間でも待つつもりであった。警察が到着しても、冬也は女性の決断を待とうとしていた。


「長くはなると思うけどな。病院に行って、治療して、こんな糞みてぇな事は忘れて生きていくのも、一つの手だと思うぜ。治療は辛いだろうが、抗う覚悟があれば乗り越えられるさ」


 その声は、自然と女性の心に染み渡る。未だ脳が思考を拒否していても、未だ体が麻薬を求めていても。


「もし、あんたに抗うつもりがあるなら。いや、もしあんたが、このまま泣き寝入りをしたくねぇなら、力を貸してやる」


 女性は瞬きする事なく、冬也を見ていた。微動だにせず、じっと冬也の方だけを見ていた。優しく語りかける冬也の言葉から、何かを見出そうとしている様に。


「わかるか? これからやくざだけじゃねぇ、色んな闇組織が俺とアルキエルを狙ってくる。あんたが奴らに一矢報いるのは、ここしかねぇ」


 女性は、じっと冬也を見ている。そして、冬也の言葉を聞いている。だから冬也は声色を強めた。


「いいか! あんたは、奴らからいいようにされてきた。少しでも悔しいと思うなら、抗ってみせろ! 強制はしねぇ。さっきも言った様に、こんな糞ったれた世界の事は、綺麗さっぱり忘れちまった方が良いんだからな! でもよ、あんたは本当にそれでいいのか? 悔しくはねぇのか? こんなボロボロにされてよぉ、辛い思いを散々味あわされてよぉ!」


 その時、女性の心は大きく震わされた。


 痛かった、辛かった、苦しかった、どれだけ泣きさけぼうと誰も助けてはくれなかった。悲しかった、悔しかった、それでもどうしようもなかった。


 助けて欲しかった。


 だが今、女性の心は揺り動かされていた。冬也の温かい神気を受けて、そして力強い言葉を受けて、根底から揺さぶられる様に、ぐらぐらと揺れ動いていた。


 戦え!


 彼はそう言っている。

 

 苦しいだろう、だけど戦え!


 彼はそう言っている。


 戦う気があるなら、守ってやる!


 ならば、自分はどうする。


 女性の頭脳は、未だに思考する事を拒否している。しかし、心は訴えている。悔しい、負けたくないと。その訴えは、怯える心を抑えつけ、必死に自分を動かそうとしている。


 逃げてもいい、忘れていい、それでこれから幸せになれるのか? 怯えて暮らす生活に戻って、これから幸せになれるのか? 

 

 違う! 忘れようとしても、忘れられる訳が無い。辛い記憶を抱えてずっと生きて行かなけれならない。ならば、やる事は一つしかないはず!


 それは深層意識がそう求めたのだろう、女性は冬也の袖を掴んだ。良い悪いでは無く、女性の本能が戦う事を決めた。その姿に冬也は破顔する。そして、女性の手を強く握ると、再び問いかけた。


「俺は東郷冬也。あんたの名前は?」

「や、やま、やまな、山中美咲」


 冬也は女性の手を取りそのまま立ち上がらせる。そして、スマホを取り出しすと通話を始めた。


「佐藤さん。能力者は救出した。これからペスカの所へ連れて行く。治療はこっちに任せてくれ」

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