第三百九十七話 オールクリエイト ~佐藤の一番長い日~
時は少し遡る。警視庁の本部に向かった佐藤は、一目散に警視総監への面会を申し出た。内部の混乱が耳に届いていたのか、面会は佐藤が予想したよりも早く訪れた。
警視庁のトップである警視総監と対峙するのは、佐藤でもかなりの緊張を強いられる。だが、佐藤は緊張している素振りを見せず、警視総監の目の前までツカツカと歩み寄った。
「私がう、伺った理由は、ご理解頂いていると思いますが」
「あぁ。それで君は、私の責任を追及しに来たのかね?」
「誤解しないで頂きたい。しかし、無礼な発言をご容赦頂きたい」
体外に睨め付け合う様に視線が交差する。先ずは、トップを動かさないと話にならない。既にこの時、佐藤は自分の首すら覚悟をしていた。それだけの気迫を持って挑む相手に、警視総監は些か気圧されている様であった。
「我々を取り巻く現状はご理解なさってると思いますが」
「ウンザリする位はな。内では裏切者探し、外からは叩かれる。いつ、警羅中に石をぶつけられる事態になるかわからん」
「だからこそ、今は信頼回復に努めなければならないんです!」
「そんな事は君に言われんでもわかっている!」
痛い所を突かれ酷く激高したのか、警視総監は両手で机を叩いて勢いよく立ち上がった。しかし、そこで怯える佐藤ではない。
これまで何度も衝突したのだ。結果的に佐藤は最も面倒な職務に就かされた。それでも、佐藤はこれまでの事を何一つでも後悔はしていない。
「麻薬の件、私に任せて貰えないでしょうか」
「何を馬鹿な事を! 自信があるって事か? だが、回せる人員は限られているんだぞ。それで、増加する麻薬取引と、能力者の暗躍を止められるとでも言うのか?」
「えぇ。再び民間人の協力を得ます。我々は、彼等を全面的にサポートしながら、事件の解決に努めます」
「民間人とは、東郷の子供達か?」
「はい。彼等は、新型ウイルスの騒動を食い止めた実績が有ります」
「それは信用しても良い。だがな、彼等はあくまでも民間人だぞ!」
町田や八王子の事件に始まり、新型ウイルスの騒動は民間人の活躍で事件が解決したのだ。これ以上、警察として民間人に頼って事件を解決したなどプライドが許さない。
更に、今は状況が悪すぎる。警察官が警羅しているだけで、訝し気な視線を向けられるのだ。そんな中で大規模な作戦を行えば、市井の声はより懐疑的になるだろう。
「だから言っているんです。もし協力してくれる民間人に危害が及ぶ様なら、私を裁判にかけても良い!」
「君の首だけで済むのなら、とっくにそうしてる!」
「思い出してください! 我々は何を守る為に存在しているのですか!」
「それは当然、民間人だろ!」
「そうです! 協力してくれる民間人も含めて、我々が守る対象なんです!」
「結局、君は何が言いたい?」
「私は、いち警察官として来る危機から民間人を守りたいだけです! 彼等ばかりに事件を解決させるなんて、もっての外です! 我々が盾になるのです!」
「君の言い分はわかった。先ずは話してみろ」
そして、佐藤はペスカが立てた作戦の概要を説明した。そして最後まで聞く迄も無く、警視総監は絶句していた。
かなり強引、いや無謀とも言える作戦であろう。しかし今後、暗躍する黒幕集団がこれ以上の力を付ける事を予想すれば、今動かないと手遅れになりかねない。
麻薬取引の増加も、警察を攪乱する手段の一つだろう。それを隠れ蓑に黒幕集団は、地固めをするのだろう。
直ぐに首を縦に振る訳にはいかない。それでも、市民を守る為なら首を縦に振るしかない。情けない事だが、指をくわえて状況を見ている事しか出来ないのだから。
暫く警視総監は目を瞑り、考え込んでいた。結論を決めかねているのだろう事は、佐藤にも痛い程に理解が出来る。自分が同じ立場だったら、悩むに違いない。
佐藤は答えをじっと待った。そして数分が過ぎる頃、警視総監はゆっくりと目を開けた。
「わかった、お前に任せる。その代わり、きっちりまとめて見せろ! 先ずはそれからだ!」
「かしこましりました」
佐藤は一礼して、警視総監の下を後にする。そして次に対策本部へ向かい、人員を収集した。
バラバラと集まる者達の表情は、決して良いとは言えなかった。内部からの風当たりが最も強いのはこの部署なのだ。不満や怒り等が、表情から見て取れる。
集まった途端に論争が始まる。主にキャリア組とノンキャリア組といった構図だろう。次第に口喧嘩に近い様相を呈する状況に、佐藤は声を荒げた。
「いまお前らが、下らない言い争いをしている間に、黒幕の連中は暗躍しているんだ! その被害を受けるのは誰だ? 我々警察か? 違うだろ! 何も罪が無い民間人だ! 我々は何の為にある! 民間人を守る為に有るんじゃないのか? 味方を疑う暇があるなら、現状を見極めろ! 言い争う暇なんて無い事がわかるだろ!」
佐藤がどれだけ声を荒げても、彼らには伝わらないのか。それとも、安易に正義を謳っても、今の彼らには届かないのか。返って火に油を注ぎ、言い争いは更に激しさを増す。だがそれは、論争というよりも口汚い罵り合いになっていた。
キャリア組からは、佐藤に対して不満をぶつける様な、罵声が浴びせられる。その行為が、ノンキャリア組の怒りに火を注ぐ事になる。
紛擾の起因となったのは、身内の中に裏切り者が居るという疑いであろう。ただ今の状況は、疑心暗鬼で他人を信じられないなんて、可愛らしいものではない。それよりもっと醜い。ただ溜め込んだ鬱憤を爆発させ、他人を攻撃しているだけに見えた。
それぞれの立場で、仕事の質や責任の重さが違う。それは、省庁と一般企業で異なる事がない社会では当然の事であろう。
確かに階級と年収は、キャリア組とノンキャリア組で、大きな違いが有る。社会を知らない世間知らずに、何年も体を張って来た者が顎で使われる事に、不満を持つ者もいるだろう。
しかし、誰もが仕事として割り切っている。自分の仕事に、それぞれが誇りをもっているはず。単純な意見の対立が、下らない罵りへと発展した。佐藤にはそれが、情けなく感じていた。
「お前達は、なぜ警察官になった? 単に公務員になりたいなら、他に行先はあっただろ? それでも、過酷な警察を選んだのは何故だ? 僕は正義の味方になりたかった。今でもそれは変わらない。お前達は何になりたかった? 何を夢見て足を踏み入れた? 思い出してみろ」
喧噪の中で、佐藤は静かに語りかけた。最初こそ佐藤の声を聞く者は少なかった。だが、次第に皆の視線が佐藤に集中し始める。
「俺はお前達を信じている。お前達は、俺のかけがえのない仲間だ。俺は断言する、この中に敵はいない! 俺が信じられないか? 仲間が信じられないか? 俺たちは、誰もが一人じゃ何も出来ないんだ。チームとして力を合わせるから、困難を乗り越えられるんだ! 少なくとも、俺はお前達に支えられてきた。半人前の俺を支えてくれたのは、お前達だ。頼む、今は俺の話を聞いてくれ」
そう言うと、佐藤は皆の前で深々と頭を下げた。それでも、味方に裏切り者が居ない事が証明できるのかという意見が飛び出す。それに対して、佐藤は明確に説明をした。
「まず、町田署で本部に報告を入れた警官には、洗脳された形跡がなかった。現場で怪しげな動きをした警官も存在しなかった。八王子署内にもそれらしい形跡はなかった」
少しでも皆の中に有る疑念を晴らそうと、佐藤は一人一人の問いに対して、丁寧に答えていった。次第に場の空気が落ち着いて来る。そして佐藤の説明は、現状予想される黒幕側の実態にも及んだ。
「現状判明している黒幕は四名。能力は洗脳、通信の支配、コピーとインストール、事象の改変。もしかすると、他にも存在しているかもしれない。ただ、現状では洗脳と通信支配の能力者が、一番危険だと考えられる。黒幕側は慎重に仲間を増やし、作戦を遂行してきたはず。非常に頭が切れる相手だ。今は奴らを一網打尽にする策は無い。後手に回っている状態で、我々は態勢を立て直さなくてはならない。その為の作戦を今から伝える」
マトリや公安と連携して、麻薬の取引の状況を事細かに調べ上げる。恐らく麻薬は国内で作成されており、それは能力者の仕業である可能性が高い。そして実際に施設へ突入するのは、民間人である。彼らが施設を制圧した直後に、警察が乗り込み麻薬を押収、現行犯逮捕を行う。
「全てが連携しなければならない。インビジブルサイトの事件で後れを取った。極小の世界でもだ。今回は奴らの鼻を明かすチャンスなんだ」
民間人を利用する事に、多くの反対が起きた。佐藤は説明をしながら説得を重ねた。それでも味方内に、敵側のスパイが居る事を信じる者が無くならない。佐藤は必死に唱えた。今何をすべきなのかを。
長時間に渡る説得により、少しずつ佐藤の賛同者が増えて来る。元々はノンキャリア組に信頼されている佐藤である。後は、キャリア組の人間が同意すればいいだけ。
ただ、キャリア組は最後まで渋った。裏切り者の存在だけではない。民間人を利用する危険性についてもしつこく佐藤に迫った。しかし、佐藤は譲らなかった。
「保守的なのが間違いとは言ってない。それでお前らには打開策があるのか? お前らは自分を守りたいだけだろ。大丈夫だ、全責任は俺が取る。これは警視総監も了解済みだ。この作戦が失敗しようが、お前らは責任を取る必要が無い。お前らの出世コースにも何も影響がない。総監は俺に一任すると言った。それに従えないなら、この場から去れ! 寧ろ今は俺に協力しない方が、後々の出世に響くと思うぞ!」
佐藤の言葉で、反対を決め込んでいたキャリア組も、同意するしかなかった。そして、具体的な作戦と指示が佐藤の口から告げられる。こうして、黒幕連中に対抗する警察の態勢が整った。これはただの準備に過ぎない。それでもスタート地点に着かせた佐藤の功績は大きいだろう。熱い魂でぶつかった佐藤の勝利であった。




