第三百九十五話 オールクリエイト ~ペスカの作戦~
ニヤリと笑ったペスカに、佐藤は薄ら寒い怖さを感じた。
これまでワクチンの作成や極小の世界の捕縛等、神の御業としか思えない事を成し遂げて来たのだ。それが味方であるから今は安心している。もし、その力が自分達に向けられたとしたら? そう考えると恐怖すら感じる。
この娘と兄、そしてアルキエルという謎の外国人は、絶対に敵に回してはいけない。それは、確たるものとして佐藤の中に刻まれていた。
但し、神といっても完全では無かろう。
そもそも、この国の神は娘等の滞在許可と、少しの助言を与えたに過ぎないらしい。それに、娘等にしてもそうだ。本来の力を十分の一すら使ってはいまい。
実際に、高尾の山を吹き飛ばしたのは、悪神の仲間だという。そんな事が出来るのが神という存在なのだ。
もし、その力を十全に使えるとしたら、どんな奇跡を思える事すら可能にしてしまうのだろう。
「ねぇ、ペスカちゃん。清水を捕まえた時みたいに、パパッと解決は出来ないのかな? そもそもアマテラス様だっけ。その神様が言っていた、作ってる奴ってのは見つかってないんだろ?」
「そうしたいのは山々なんだけどね」
「だけど?」
「これ以上、内側から神気を使うと、東京結界がぶっ壊れちまうんだよ」
「おぉ、パパリン。知ってたか、そりゃそっか」
「まあな。これでも、陰陽をかじった事があるからな」
「それは、高尾の付近を守ったって言う?」
「守れちゃいなかったけどな。あそこで犠牲者が出なかったのは、フィアーナのおかげだ」
「フィアーナって方は、誰ですか?」
「神様だよ。それで、パパリンの奥さんにして、お兄ちゃんのママリンって訳」
「は~ぁ。東郷さんの逸話は色々聞いてたけど、神様を奥さんにしちゃうとはね」
「何か言いたげだな、佐藤」
「いやいや。今の東京では、東郷さんみたいな存在が貴重なんだって思ったんですよ。心霊や神なんて、オカルトじみたものを扱ってきた東郷さんがね」
遼太郎と話をする事で、佐藤は緊張がほぐれていくのを感じていた。一般的にキャリア組と呼ばれるエリートである佐藤は、右も左もわからない新人時代に遼太郎と出会い、仕事やそれ以外にも色々な事を教えられた。
間違いをそのまま見過ごす事が出来ない性格故か、上層部と対立する事が多い佐藤は、今では出世コースから外され『能力者への対策』に関わる部署を押し付けられている。
それでもめげずにいるのは、己の信念だけではない。遼太郎の存在が大きいのだろう。
「現状では、黒幕連中の思うままに動いてるけど、それを何とか出来るのかな?」
「う~ん、まぁそうだね。協力してくれればの話だけど。その前にさ、翔一君。二階にいるみんなを連れてきてよ。私はお兄ちゃんを呼んでくるから。空ちゃんは私の部屋に居るからね。アルキエルとクラウスはお兄ちゃんの部屋」
ペスカと翔一がリビングを出ると、佐藤が遼太郎に話しかける。遼太郎と佐藤が話しをしている間、空を始めに次々とリビングへ、住人達が集まって来る。
それぞれが少し不満気な表情をしているのは、勉強や議論の邪魔をされたからであろう。 最後にペスカに連れられた冬也がリビングへ顔を出し、全員が顔を揃えた。
一同がソファへ腰を下ろすと、ペスカが現在進行している事件の概要を説明する。ただ、佐藤は一同の様子に少し違和感を感じた。
切羽詰まった状況を理解していないのか、冬也とアルキエルは顔色一つ変えずにペスカの説明を聞いている。空とクラウスは、ペスカと冬也に全幅の信頼でも置いているのか、酷く落ち着いている様に見える。翔一に至っては、安堵の表情さえ浮かべている様に見える。
何故、そんなに落ち着いていられるのか、佐藤には理解が出来なかった。他人事の様に感じているのか、だとしたら腹立たしい。だが、その考えは一瞬で払拭させられた。
「ねぇお兄ちゃん、どう思う?」
「向こうは完全にやる気じゃねぇか。売られた喧嘩は買ってやるぜ」
「冬也ぁ。やっと、らしくなってきやがったじゃねぇか。ペスカぁ、俺達は何をすりゃいいんだ?」
「ちょっと待て冬也、アルキエル!」
「ミスラぁ。お前には、お前の立場ってもんがあるんだろ? 今回は俺達に任せておけ!」
「そうだよパパリン。時にはお兄ちゃんやアルキエルみたいな、脳筋軍団が必要なんだよ。特に今回みたいな場合はね」
静かに闘志を見せる冬也とアルキエル。それを見て、誰が無関心だと思えるだろうか。自分よりもよっぽど戦う意思を持っている、佐藤は考えを改めざるを得なかった。
この後すぐに、佐藤では考えもつかない作戦が、ペスカの口から告げられる。
「主な作戦は三つだよ。一つ目は東京結界の強化。これは、私達用の措置だね」
「ペスカちゃん達が、神気を使い易くする為って事?」
「空ちゃん、正解! 二つ目は、麻薬を捌く暗部組織を徹底的に潰す。これはお兄ちゃんとアルキエルに任せるね。三つ目は、主要な箇所に罠を張る」
「いや、ちょっと待てペスカ。一つ目はわかるが、二つ目は問題だ。それに三つ目の意味がわからねぇ」
「全くもう、パパリンってば。たまには頭を使わないと、お兄ちゃんみたいに退化するよ」
「茶化してんじゃねぇペスカ!」
「あのさ。黒幕連中の中で一番厄介なのは何?」
「そりゃ洗脳と通信の制御だろうな。メディアを使ってプロパガンダみたいな事をやられたら、たまったもんじゃんねぇよ」
「だからさ、そんな能力に制限をかけるんだよ。私達は、後手に回ってるんだから。少なくとも体制を整える時間が必要でしょ?」
「その為の三つ目ってか? でもどうするんだ?」
「護符を作るんだよ、私特製のね。能力を使用したら、空ちゃんのオートキャンセルが発動するの」
「それで連中の動きを封じるって事か。なら、二つ目はどういう事だ。麻薬を扱う組織なんて山ほどあるんだぞ!」
「なら聞くけど、そいつらが黒幕連中の傘下じゃないって言える? 幾らなんでも、拳銃を持った有象無象が街を闊歩し出したら、東京の治安は崩壊するよ。その前に潰しちゃおうって訳」
「にしても、片っ端からなんて無茶だろ」
「片っ端から潰すのは、後々に敵に回らない為。組織の中には間違いなく、麻薬を作り出している能力者が監禁されている。その人を救い出すのが本当の理由だよ」
佐藤はポカンと口を開けたまま、閉じられずにいた。まだ具体的な手段の説明を受けていないが、概ねは理解出来た。但し、この作戦を遂行するのに、どれだけの人員を割かなければならない。それに時間は足りるのか? そんな疑問がぐるぐると佐藤の頭を巡っていた。
敵側の能力を阻害する事で、こちらに時間的な猶予を作り出す。確かに敵側の能力で、厄介なのは洗脳と通信を使った情報操作である。それが可能ならば、大きなアドバンテージを得る事に繋がる。
それと麻薬対策についてだ。麻薬は、指定暴力団の大きな資金源となる。それ以外にも海外マフィア等が暗躍している。ましてや表面上に現れるのは、ただの末端なのが現状だ。それらを全て沈黙させられるなら、かなり大きな成果だろう。
だがそれを遂行するには、何人必要なのだ。現実には不可能だ。
「佐藤さん。難しい顔してどうしたんだよ。あんたは、俺等のケツを持ってくれりゃあ良いんだよ」
「お兄ちゃんの言う通りだよ、佐藤さん。警察にお願いしたいのは、お兄ちゃん達が制圧した後だよ。直に乗り込んで麻薬を押収、現行犯逮捕って流れを作ってよ。後は、お兄ちゃんとアルキエルの事が世に出ない様に揉み消す。そうしないと、次に動き辛くなるからね」
険しい表情をする佐藤に、あっけらかんと冬也とペスカは話す。まるで、些細な事だとでも言うかの様に。暫くの間、佐藤は言葉を失っていた。
「さてと、具体的な方法だけど。先ずは空ちゃんと私、後クラウスで護符を作るよ。五百枚位は作ろうかな、期限は明日の朝まで」
「明日? 本気なのペスカちゃん」
「大丈夫。私がついてるから。それでパパリンは取り急ぎ、神社に行って話を通しておいてね」
「東京結界の強化か?」
「そう。大神様からは、色々やって良いって許可を貰ってるんだから。帰りに紙と墨を大量に買ってきて」
「あぁわかった」
「佐藤さんは、麻薬の取引状況を調べて教えてね。それと、突入の段取りを組んでおいてね」
「わかったけど、本気なのかい?」
「大丈夫だって。お兄ちゃん達は、突入まで待機。それで護符なんだけど、パパリンの部下ってどの位いるの?」
「翔一を含めて五人だな」
「じゃあ手分けして、私が指定した建物全部に張ってね」
そう言うとペスカはペンを取り、考え得る施設を走り書きしていく。
国会議事堂や各省庁等、立法、行政、司法の各拠点。それとTV局やラジオ局等の放送局や、各新聞社と動画配信サービスの基地局等、多くの施設をペスカは羅列した。
洗脳能力が一番恐ろしいと感じるのは、プロパガンダによる市民の煽動である。恐ろしいのは、煽動された数ではない。明確に敵と認識出来ない者の中に、敵が紛れる事が厄介なのだ。先ずペスカは重要拠点として、行政関連や放送局を選んだ。
通信関連に関しても余念はない。同様の方法で、通信回線自体に罠を潜ませておく。敵が回線を利用しても、オートキャンセルにより能力の発動は失敗に終わる。
「一応ね、通信回線の方は、あらゆる回線に侵入して感知する仕様にするから、スマホ、固定電話、無線機、PC、有線無線問わずに、どこからアクセスしても失敗すると思うよ。お馬鹿さん達の悔しがる顔が目に浮かぶね」
ペスカは再びニヤリと笑い、作戦開始を告げる。遼太郎と佐藤はリビングを飛び出し、空とクラウスは護符を作る準備を始めた。




