第三百九十三話 極小の世界 ~平穏の訪れ~
「ペスカ、終わったぞ」
「グッジョブ、お兄ちゃん!」
「アルキエルが亜空間を壊しまくってる。落ちる場所はわかんねぇ」
「大丈夫、私が捕捉してるから」
空高くに出現した冬也達を確認するなり、ペスカは着地点を予測する。そして、すぐさま遼太郎に連絡を入れた。更に遼太郎から佐藤へ連絡が入る。そして、待機していた警察部隊が動く。
緊急事態宣言の状況下である事が幸いした。普段なら人通りや車が行き交う場所なのだろうが、閑散としている。だから、安全に着地する事が出来た。そして、能力を失った極小の世界は、殆ど抵抗する様子も無く冬也に拘束されていた。
やがてサイレンの音が聞こえて来る。パトカーが何台もやって来る。手錠をかけた瞬間、極小の世界は全てを諦めたかの様に項垂れていた。
一先ず、一連の事件は終わりの兆しが見えた。
極小の世界の態度を見る限り、素直に話すに違いない。そうすれば、黒幕連中の目論見どころか、正体すらもわかるかも知れない。逮捕状など幾らでも理由をつけて発行させれば良い。何なら、テロリストだと断定して動いても良いんだ。
一向に進展を見せなかった事件の真相が判明する、かの様に見えた。
能力者の正体は判明した。清水仁、三十二歳、職業はフリーター。逮捕歴は無し。
八王子での殺害事件、ウイルスをばら撒いた方法。他には、能力の実験と称し犯した軽犯罪の数々と、清水は自身の犯した罪を詳らかに話した。
能力の実験は窃盗から始めた。飲食店等で席の横に置かれた鞄を、小さくして盗む。盗んだ後は財布から金銭だけ抜き取り、裏路地に捨てる。そんな事を繰り返し、能力の威力を上げていった。
八王子での事件に使用したのは、小型の爆弾だった。それをナノレベルまで小さくして被害者の腕に埋め込み、それから元の大きさに戻しつつ爆弾を起爆させた。それ故、腕が内部から吹き飛んだ様に見えたのだろう。
但し、八王子の事件に関しては、清水は『爆弾』としか答えなかった。無論、専門的知識が無ければ、その種類や性能等はわからなくても仕方ない。
しかし、爆弾がどんな形状だったかは、被害者の身体に埋め込んだ本人が一番わかってなければおかしい。それにも関わらず、清水はわからないと答える。
そして、ウイルスの散布方法についても、証言に矛盾点が有った。
対象者を無作為に選び、その体内に入り込みウイルスを撒く。入る時も出る時も目に見えないサイズになっていれば、誰にも気が付かれない。同様の方法で、感染者を増やして行った。
考えれば当然の事だ。ナノレベルまで小さくなったとして、どの様な方法で対象者の口に入るというのだ? 偶然に風が対象者の口に吹き込んだとでも言うのか?
そんな偶然を期待する様な杜撰な計画なら、ここまでの騒動になっていないはずだ
特に東郷冬也、アルキエルの両名が目撃した時の様に、『空中へ散布する』様な方法では狙った効果は出ない。仮に効果が出たと仮定しても、空中に現れる様な真似は極小の世界には行えない。それこそ、清水本人が風に吹かれて飛んで行かない限りは。寧ろ、昆虫等を媒介にして感染者を広めたと言った方が、余程現実的だ。
少なくとも、軽犯罪の類や八王子の事件は単独でも行えただろう。しかし、ウイルスの拡散については別だ。
協力者は存在する。それは確実にだ。そうでなくては、極小の世界だけでは完結し得ない。
それでも、清水は単独で行ったと証言した。黒幕に繋がる情報は一切話さなかった。正確に言えば、話せなかったのだろう。
「記憶が消されてる? そんな事が有り得るのか?」
「佐藤。コピー野郎の能力を忘れたか?」
「まさか、事象の改変とやらで、黒幕に関する記憶を全て消されたと?」
「そうとしか考えられねぇし、奴が嘘を言ってるとも思えねぇ」
「そこまでやる野郎が、今回ばかりは先走った。なんか、ちぐはぐだな」
「そういうのから導き出すのが、お前等の仕事だろ?」
「わかってますよ、東郷さん」
清水は窃盗罪の疑いで逮捕されると共に、八王子事件及び新型ウイルス散布の重要参考人として尋問は続けられるだろう。
そして、ペスカと冬也は一週間ほど監視を続けた後、ウイークリーマンションを解約し自宅へと帰宅した。
「親父。もしかして、俺が能力を消しちまったから、証拠が無いとか?」
「いや、それは仕方ねぇ。お前が能力を消してなければ、今頃は逃げられてたかも知れねぇ」
「パパリン。お兄ちゃんが、能力を消すんじゃなくて、封印すれば良かったのかもよ」
「頭良いな、ペスカ」
「おい、ペスカ! お兄ちゃんの味方はしてくれないのか?」
「やい、バカ息子! お前のせいだから責任を取りやがれ!」
「無茶苦茶言うんじゃねぇ! 糞親父!」
今回も黒幕の足取りは掴めそうに無い。しかし、新型ウイルスを取り巻く状況は好転しつつ有る。それが何よりの知らせではなかろうか。
軽微の感染者は次々と退院していく。重篤化した患者も、回復の兆しが見られる迄になった。それでも、ワクチン接種の勧告は続く。
誰もが怖いのだ、コロナウイルスよりも遥かに致死性の高い新型ウイルスが。それ故、状況が多少好転した所で必要最低限以外は屋外には出たがらない。
だが、それも時間の問題だろう。
コロナ渦を乗り越えて来た逞しい商店主達は、この騒動すらも乗り越えるだろう。そして、企業も変わらずに活動を続けるだろう。
時間と共に騒動は収束し、緊急事態宣言は解除されるだろう。そうなれば、完全とは言えずとも元の生活に戻れる。人々の笑顔が見られる日も近い。
しかし、その裏で着々と次の計画は進んでいた。世間の目を逃れる様に、大きく広がりつつ有った。
「これは、どこ産だ?」
「純国産だってよ」
「はぁ? そんな訳あるか!」
「でも、上物だぜ。試してみればわかる」
「それを、こんなに安く捌けって?」
「それが上からのお達しだ」
「上は何を考えてんだ?」
「それは知らねぇよ。でも、今じゃハングレだろうが、他所さんだろうが、皆これを使ってんだ。お前も乗らない手はねぇって事だ」
「ははっ、そうだな。面白くなって来たな」
「そうだろ。これから日本は麻薬大国だ」