第三百九十二話 極小の世界 ~捕縛~
冬也とアルキエルが姿を消した頃、ペスカは念話で状況を確認しながら、スマートフォンを使って遼太郎に連絡を入れていた。
「パパリン! 極小の世界の尻尾は掴んだよ!」
「マジか! 本当に現れやがったか!」
「うん。予想以上に早いお出ましだったけどね」
「それなら、こっちは佐藤に連絡を入れておく。わかってると思うけど」
「抜かりは無いよ。何せ、お兄ちゃんとアルキエルが追ってるんだからね」
遼太郎はペスカとの通話を終えると、直ぐに佐藤へ連絡を入れる。佐藤は「わかった」とだけ答える。極小の世界とコピー能力者は亜空間に消えたのだ。直ぐに緊急出動しても、目的の場所がわからない。故に情報の伝達と、直ぐに警察が動ける準備を整えた。
そして、冬也とアルキエルが移動したのは、何もない空間だった。既に気配が消えている。また別の亜空間へ移動したのだろう。冬也は軽く舌打ちをし、アルキエルは溜息をついた。
「懲りねぇ野郎共だなぁ。同じ様な事をしたって、逃げられやしねぇってのに」
「でも、変だぞ。ウイルスを撒こうとした野郎のマナはわかるけど、インビジなんとかって奴のマナはさっぱり追えねぇ。この亜空間からも、何も感じやしねぇ」
「それが事象の改変って力なんだろうよ。全く世も末だな。神の御業を人間が行使しやがるとはなぁ」
「兎に角、追うぞ!」
「面倒くせぇなぁ!」
次に移動した場所でも、気配はない。こうやって、次々と亜空間を移動する事で、自分達を撒こうとしているのだろう。
依然として、コピー能力者の気配は掴めない。しかし、一度掴んだ極小の世界のマナは、しっかりと把握できている。
逃がすつもりはない。
そして、次の場所へ移動しかけた瞬間だった。アルキエルは、元居た亜空間を神気で破壊する。一瞬の事で、冬也は慌てて座標をずらしかける。ただ、冬也は幾多の戦いを経て来た歴戦の雄である。直ぐに冷静へと戻り、次の亜空間へ移動を完了させた。
「馬鹿野郎! 危なく迷子になる所だったじゃねぇか!」
「うるせぇ! 神がそんなもんで迷子になるかよ!」
「それにしても、なんで亜空間を壊したんだよ!」
「あぁ? それなら、あの空間を二度と使えねぇ様にだぁ」
「おぉ。お前、意外と考えてるんだな」
「意外は余計だぁ。てめぇとは違うんだよ、冬也ぁ」
三度目の移動先も同じく気配はない。そして、四度目の移動先にも気配はない。逃げ続ける敵に対し、流石にアルキエルも焦れ始める。
「焦んなよ、アルキエル。ワープ野郎の時とは違うんだ。じっくりいくぞ」
「一々、説教じみた事をいうんじゃねぇよ、冬也ぁ」
正直な所、アルキエルは既に飽き始めていた。鬼ごっこは二回目だ。同じ事をしても、心は踊らない。これは寧ろ、冬也とペスカの要望に付き合っているだけだ。「面倒だから、てめぇらで勝手にやれ」と投げ出さないだけ上等だろう。
それに、アルキエルが亜空間を壊し続けているのは、相手にもわかっているだろう。何せ、能力で創った空間なのだから。
何度逃げても追いかけて来る、亜空間は尽く壊される。それは、相手にとって脅威でしか無いはずだ。
更に言えば、相手は功名心に駆られミスを犯した。それを無かった事にしようと、躍起になっているはずだ。そんな時にこそミスは続くものだ。
今、追い詰めているのは、自分達なのだ。だから、このまま追いかけるだけで、必ず尻尾を掴める。
☆ ☆ ☆
「なんだ! なんだ! なんなんだ! 奴等は、何故追いかけて来れる!」
「良いから逃げろ! 何が何でも逃げろ!」
「わかってる。そんな事はお前に言われなくてもわかってる」
「それなら、早くしろよ! 次の空間を創れ!」
「うるさい!」
ここで逃げないと、どうなるか。そんな事は言われなくても承知している。自分達が何をしたのか。それも、理解している。
世の中を変えようとした。それは正義だ。日本は変わらなくてはならない。一部の無能な権力者だけが支配する世の中ではいけない。有能な者がその能力を遺憾なく発揮出来る世の中に変えなくてはいけない。
このままだと、日本は腐ってしまう。日本という国家そのものが無くなってしまうかも知れない。それでは遅いのだ。だから立ち上がった。この能力が有るなら、そして大いなる力を持った指導者が居るなら変えられると思った。
それが間違いだと思っていない。それは絶対に正義なのだ。
だけど、方法は単なるテロでしかない。このまま捕まれば、何も変えられずにテロリストと呼ばれて長い拘束を受けるだろう。それでは駄目だ。
逃げても逃げても、追いかけて来る。次々と亜空間が壊されて、もうそこには移動できない。能力は無限に使える訳では無い。
焦りが生じる。その焦りは、更なる焦燥を呼び起こす。そして、追い詰められた人間は、思わぬ事を考えつく。
もしかして、こいつを置き去りにすれば、自分だけは逃げられるのではないか?
偶然にもその考えは正しかった。冬也達が追いかけているのは、コピー能力者では無く極小の世界なのだから。
ただ、その考えが正しいか否かは関係ない。何としても逃げなければならない状況だ。そして、極小の世界は斬り捨てても構わない存在だ。既に、能力はインストールしてあるのだ。もう、本人は必要ない。
そんな考えが過った瞬間、勝手に手が動いていた。次の空間を創ったと同時に、コピー能力者は手を突き出し、極小の世界の能力者を元の空間に置き去りにした。
「待て! 待ってくれ! 置いていくな!」
どれだけ叫んでも、コピー能力者からの反応は無い。既に別の亜空間を経由して逃げているのだから。絶望に包まれる。恐怖が体全体を支配する。
捕まりたくない。捕まりたくない。助けて、助けて。
どれだけ願っても、もう遅い。自分が居る亜空間が裂けるのが見える、恐怖がやって来るのがわかる。
あれは、自分の存在を抹消する奴等だ。
そうハッキリと理解させられる程の存在感が有る。極小の世界は直ぐに自身の身体を小さくする。せめて、目に見えない様にと。しかし、それが通用しない相手である事は、ちゃんと理解していない。
「見えてるんだ。逃げても無駄だ」
そう声がする。それは、自分が撒こうとしたウイルスを握りつぶした男の声だ。
「ったくよぉ。コピー野郎は逃がしちまった」
「仕方ねぇよ。せめてこいつだけでも捕まえて帰らねぇと」
男達の声が聞こえる。この空間で何が出来るかわからない。でも、もっと小さくなって隠れないと。
しかし、男の手が迫って来る。どれだけ小さくなろうと、自分の位置がわかっているかの様に迫って来る。そんなの不可能だ。人の目でミクロの世界を目視する事は出来ない。
それなら何故?
駄目だ、逃げるんだ。奴等が自分の事を見えるなら、今度は奴等を小さくしてしまえばいい。
「それはやめておけ。俺達には効かない」
何を言っている? この能力が通じない人間が何処に存在する? 実際に能力を使うが、男の身体に変化はない。何故だ?
それをもっと早くに理解していれば、こんな結果にはならなかったろう。後悔しても遅い。きっと自分は間違えたのだ。
男の手から光が放たれる。そして、自分の中から力の根源の様なものが消えていく。身体は元の大きさに戻る。再び能力を使おうとしても、身体は小さくならない。
「冬也ぁ。いつまで雑魚を抱きしめてやがる。もう戻るぞ!」
「抱きしめてなんかいねぇだろ! おい待て! 直ぐに壊そうとすんな!」
亜空間は壊され、空高くに放り出される。捕まったショックよりも、急降下する事の方が余程怖い。
喚いても、その声は直ぐに搔き消える。きっと自分では理解出来ない事が起きているのだろう。
男に抱えられて地上には着地した。しかし、生きた心地はしなかった。それから、直ぐに警察が駆けつけて来る。もう小さくはなれない。手錠から逃れる方法はない。
自分の人生はここで終わったんだ。
☆ ☆ ☆
「ボス。駄目だ、あいつ等は化け物だ!」
「だから言っただろう。甘く見るなと。それで、君は見られたのか?」
「いや、それは無い。清水の記憶から俺達の記憶は完全に消した」
「事象の改変を使ったのか?」
「あぁ、抜かりは無い」
「そうか。でも残念だよ、君はもう少し賢いと思っていたけどね」
「ま、待ってくれ! も、もう一度、チャンスをくれ!」
「君の能力は貴重だ。だから、もっと役に立って貰わないと困る」
「そ、そうだろ」
「でもね、組織の輪を乱す奴は必要無いんだ」
「いや、それは悪かった。もうしない。もうしないよ」
「それに、清水の能力は時間稼ぎにはなった。次の仕込みはもう始まっている」
「それなら!」
「いいや、君には洗脳をかけさせてもらう」
そして、ボスと呼ばれた男は、目の前の男に手を翳す。それから直ぐに、男の眼球から光が消えた。
「ボス、良かったのか?」
「彼の性格だ、いつかこんな日が来るだろうと思っていた」
「なら良い」
「それよりも。次こそ、この日本をひっくり返すぞ!」




