第三百九十一話 極小の世界 ~足跡~
ペスカと冬也の新生活が始まり、一週間が過ぎようとしていた。ペスカは殆ど荷ほどきをしないまま、監視を続けていた。
完全に神気を解放すれば、東京どころか日本中、いや世界中を監視する事だって出来るだろう。それどころか、ペスカが全力で医療系の魔法を使えば、今感染している人を全て救う事が出来るだろう。
しかし、それでは地上への影響が計り知れない。
例えば、マナを活発化させる事で、霊峰富士が一気に活性化するかも知れない。それが引き金となり、南海トラフの動きが完全に限界域まで達するかも知れない。
それでは、多くの病人を助ける為に、多くの被害者を出す事に事になる。元も子もない。影響は、考えればきりがない。
故に、少々の神気とそれに惹かれて集まるマナを利用して、ペスカは遠見の魔法を行使していた。
三柱が三方から東京を監視するのだ。そこから逃げられる者等は存在しないだろう。しかし、相手が三島レベルの切れ者だとしたら話しは別だ。
依然として黒幕の正体はわかっていない。その尻尾さえも見せようとしない。今回も、こちらを上回る方法で立ち回るかも知れない。
ただ、それで手を拱いている訳にはいかないのだ。今度こそ、その片鱗でも掴まないと。
監視を始めて一週間の間に、事態は急速に移り変わっている。WHOはワクチンの完成と配布の開始を正式に発表する。それを受けて、政府主導で日本各地にワクチンが配布される。
しかし、それで重篤化した患者が救われる訳では無い。戦いの前線となっている各医療機関では、懸命に命を救う為の戦いが続けられていた。
今回は、コロナウイルスとは一線を画す。正に『未知』のウイルスだ。
重篤化した患者は尽く死亡している。また、ウイルスが高温に耐えられる可能性は捨てきれない。様々な研究機関が調査をしているが、未だ確定している事は少ない。遺体は隔離される様に死体安置所に保管され、故人の霊に祈りを捧げる事さえもままならない。
どれだけの無念を残して逝ったのか、どれだけの涙が流れたか計り知れない。無念なら救う側にも残っているはずだ。手を尽くしても、救えない命が有る。それは次々と。そんな最前線で、ワクチンの到来は神の采配に他ならない。
一人でも感染した患者を救う。もう、一人も感染させない。どれだけ忙しかろうと、身を粉にしてワクチン配布に全力を尽くしていた。
しかし、黒幕が動くのは今では無かろう。極小の世界が単独で動くなら、話しは別になるだろうが。そこまで甘くは無かろう。
黒幕側が何を考えて、ここまでの騒動を引き起こしたのかはわからない。ただ一つ言えるのは、奴等が異常な程に慎重であるという事だ。
加えて、極小の世界は切り札の様な存在で有る可能性も有る。何故なら、普段はインビジブルの亜空間に隠されている。それは、高藤の様な『使い捨て』の存在では無く、重要な存在である証拠になり得る。
ただ、そんな推察は奴等が一枚岩である事が前提である。如何に統制が取れた組織で有ろうと、功名心にはやる余り致命的なミスを冒す者が一定数は存在する。そんな存在が、秩序を崩壊させる要因になり得る。
余りにも成り行きまかせ過ぎる考えだ。期待するだけ無駄かも知れない。しかし、そんな致命的が起きる事を期待した。そして、ペスカはその可能性を確信していた。
高藤が能力を暴走させたのは、警察が追い込んだからだ。しかし、警察を追い込ませたのは黒幕側だ。即ち、高藤は黒幕側によって意図的に暴走させられ、その後は口封じされた事になる。
それは、一連の出来事から連想できる事柄だ。ただ、本当に暴走させられたのか? それは一つの推測に過ぎない。
当時、高藤は独自の判断で行動していた可能性が高い。
確かに、警察への通報により高藤は監視対象になっていた。警察側は慎重に行動していてたはずだ、それなのに高藤は能力を暴走させた。
暴走事故が起きる可能性は、何パーセント位あったのだろうか? 決して高い確率では無かったはずだ。意図的に起こせる事故では有るまい。
もし、全ては洗脳能力によるものだとしたら、打つ手がない。それは、完全にペスカの頭脳すら上回るという事になるからだ。
しかし、ペスカは高藤の暴走は偶然で有る可能性に賭けた。この暴走により高藤は黒幕側から切り捨てられたのだろうと予測した。何故なら、能力を消した時に久木が見せた表情は、決して洗脳されたものとは思えないからだ。
完璧を求めるならば、切り捨てる事を前提とした久木にも洗脳をかけたはずだ。その方が久木は結果を残したはずだ。警察署を爆破するという大事件が。
それを完遂出来なかったのは、彼が洗脳されていなかった証拠になる。ここから導き出される答えは、黒幕側のブレーンが一味を洗脳していない事だ。それならば、各個人が己の判断で行動している可能性が高くなる。
そして、同じ事は再び起きる。
高藤が簡単に始末されたのだ、自らの有用性を示さなければ、今度は自分の番で有ると考えてもおかしくはない。加えて、手柄を立てれば組織内の立場も上がるだろう。
そうやって行動を起こす事は有り得る。そう、絶対にだ。
そして、その時は訪れる。突如としてマナが揺らぎ、空間が避ける。その瞬間をペスカ達は見逃さなかった。
「来たぁ~!」
「あれが、インビジブルか?」
「焦りやがったな滓がぁ!」
三柱が同時に叫ぶ。そして、ペスカは冬也とアルキエルに念話をかける。
「お兄ちゃん! アルキエル! 亀裂を追って! そこから出て来るよ!」
「わかった!」
「おせぇ! もう飛んでる!」
ペスカに指示されるまでも無く、冬也とアルキエルは亀裂の手前に転移していた。亀裂は空高くに有る。仮に、通行人が居たとしても気が付かないだろう。そして、空中に転移して来た冬也とアルキエルを目にする者も居ないはずだ。
開いた亀裂は数センチ程だ。しかし、それで充分だったのだろう、極小の世界にとっては。亀裂事態には何も感じないが、そこからほんの僅かだが、マナが漏れ出しているのを感じる。
アルキエルは、一瞬で亀裂を中心に結界を張る。そして、冬也は漏れ出たマナを握りつぶす様に掴んだ。
目には見えない何か、それを捉えた感覚は確実に有った。しかし、事態は一変する。直ぐに亀裂は閉じ、漏れ出たマナは消え去った。アルキエルが結界を張っていたというのにだ。
「くそっ。逃げやがった」
「でも、何か掴んだ感触が有ったぞ!」
「馬鹿が! 良く目を凝らして手の平を見ろ!」
「手の平?」
アルキエルに言われるまま、冬也は神気を使って手の平を見る。ただ見るだけでは、なにもわからない。だから、顕微鏡をイメージして手の平を拡大して視る。そこには、オフィスビルの一室で見た『新型ウイルス』に似ている何かが有った。
「それが、新しいウイルスって奴なんだろうよ」
「これがか……。でも、ここにはマナの残像が残ってるな」
「あぁ。それを追えば、雑魚野郎の尻尾を捉えられるだろうよ」
「それにしても、お前の結界をすり抜けるとはな」
「急いでたからな。この次元にしか張って無かった」
「そうすると、亜空間に逃げたって事か」
「あぁ。その通りだ」
「これから、どうする? ペスカと合流するか?」
「いや、その必要はねぇだろ。どうせペスカとは念話で繋がってんだ。このまま追うぞ! 冬也ぁ!」
そして冬也とアルキエルは、コピー能力者と極小の世界を捕まえる為に、亜空間へと姿を消した。




