第三百八十八話 極小の世界 ~ウイルスの正体~
「結構、遅くなっちゃったね」
「帰りは転移すりゃあ良かったんだ。そうすりゃあ面倒もなかった」
「アルキエルさぁ。旅の醍醐味が未だにわかってない!」
「霊峰は良かったな」
「富士山の事?」
「あぁ。あれのおかげで、この島国からマナが無くならねぇんだ」
「他にも霊峰って呼ばれてるのは有るけどね」
「そりゃあそうだろうよ。でも、あの霊峰が中心になってる事は間違いねぇ」
「ふふん。すごいでしょ」
「なんでてめぇが偉そうにしてんだ、ペスカぁ」
地元の駅へ向かう電車の中で、三人は談笑していた。本来なら通勤ラッシュの時間で混み合っているはずの車内も、少し閑散としている。そのせいか、アルキエルに近付く者は少なく、快適な移動を続けていた。
「所でお兄ちゃん。夕飯どうする? これから作るの?」
「いや、一泊する予定だったしな。どうせ、みんなもデリバリーか何かで済ませてるだろうしな」
「それならさ、カップ焼きそばにしようよ!」
「そんな訳に行くか!」
そうして一向は、駅前の弁当屋で夕食を手に入れて自宅へ戻る。そして一向を出迎えた遼太郎達は、目を見開いていた。
「ペスカちゃん、泊りじゃなかったの?」
「その予定だったんだけどね。空ちゃんに会いたくて、早く帰って来ちゃった」
「会いたいって……。今朝、いってらっしゃしたよね」
「そんな真顔で返さないでよ……」
「空ちゃん、夕飯はどうした? 俺達は買ってきちまったけどよ」
「それなら、遼太郎さんがピザを取ろうって。そろそろ、到着すると思います」
「ピザ! 私もピザが良い!」
「お前の分は、弁当が有るだろうが!」
「私がお弁当を食べるから、ペスカちゃんはピザ食べる?」
「流石は空ちゃん! じゃあ、ご飯を食べながら今日の成果を報告するとしよう!」
程なくしてピザが届く。ペスカ達を初め、遼太郎にクラウスと空、そして偶然居合わせた翔一が席に着く。
ビールではなくコーラを手にしているのは、緊急事態に備えてなのか。それとも、ピザには一番コーラが合うと考えているのか。
そして団欒が始まった。旅の話しで盛り上がり次第に天照大御神の神域へと話しは移って行く。そしてペスカは、そこで起きた事や大神から聞かせて貰った事を、詳らかに語って聞かせた。
「これで大ぴっらに神気が使えるのか」
「まぁ、能力を消す時に使っちゃってるんだけどね」
「そういのも込みで許可が出たって考えて良いんだろ?」
「そういう事だね。話の分かる神様で良かったよ」
「そりゃあペスカ、お前……」
「そうだよ、ペスカちゃん。ロイスマリアの最高神が三柱も集まってたら、言う事を聞くしかないよね……」
「ま、あ。それはさておき。ウイルスをばら撒いた方法がわかったのは、少し進展かな」
「ただなぁ。作ったのとばら撒いたのが別の能力者ってのはやっかいだな」
「確かに。遼太郎さん、どっちも追いたい所ですね」
「あぁ。でも、ペスカの話しだと作ったやつは監禁されてるんだろ?」
「極小の世界って奴も、似た様なもんだとおもいますけど」
「一応、この件は佐藤にも共有するとして、問題はどうやってそいつ等を引っ張り出すかだ」
「ウイルスの対策も早急にですよ。ただでさえ、死者が増えてるんですから」
「それについては、私に考えが有るよ」
「流石にお前でも、ウイルスの対策は無理じゃねぇのか?」
「お兄ちゃん。前世の私が何て呼ばれていたか覚えてないの?」
「なんだっけ?」
「賢者だよ! 賢者!」
それからペスカは自分の考えを語って聞かせた。
前世において、ペスカは今回のウイルス騒ぎに似た状況を散々経験して来た。かつて邪神ロメリアが地上にばら撒いたウイルスは、非常に悪質であった。
感染すると三日間は強烈な痛みに苦しむ、そして完治したかと安心していると再び感染し苦しむ事になる。
死ぬ事は無い。しかし、永遠とも言える苦しみに耐えなければならない。それは、正にロメリアらしい下劣な方法と言えよう。
しかし、その状況を救ったのはペスカである。ペスカは、長い時間をかけてワクチンを作成して配布した。それにより、ウイルスを根絶させる事に成功した。
今回のウイルスは、「完全に未知の物とは言えない」とペスカは断言した。人間が作り出した物ならば、想像の範囲でしか成し得ない。ならば、近しい物を参考にしたのだろう。
例えば、『コロナウイルス』とか。
当然、新型のウイルスはコロナウイルスと新型ウイルスは構造が違うだろう。それは、作り出した者に医学的な知識が無かっただけだ。
己の想像の範囲で、コロナウイルスを超える効果だけを求めたのだ。それにより、ウイルスの構造は変化する妙な結果になり、専門家から『未知のウイルス』と言わしめる様になった。
地上に影響の無い範囲で神気を使える様になった今なら、ワクチンを作るのは訳が無い。それを配布すれば、今の混乱は収まるだろう。
しかし、それで極小の世界が止まるとは思えない。次は、別のウイルスをばら撒くかもしれない。
「いたちごっこじゃねぇか」
「でもさ、その時だけなんだよ。極小の世界が亜空間から出るのは」
「そこをひっ捕まえるって事か?」
「そう。それよりも、ワクチンの精製を急がないとね」
「ただよぉ。お前が作った所で、誰も信用しないだろ?」
遼太郎の言う事は最もだ。どこの誰だかわからない、しかも薬事承認すら受けてない個人が作ったワクチンを誰が信じるというのだ。
ただ、世界中の機関が手を焼いている現在で、迅速な対応が出来るのはペスカだけかも知れない。
そして、ペスカの予測も当たりだろう。
極小の世界は、インビジブルサイトが作り出した亜空間に潜んでいる可能性が高い。それを探すのは厄介だとしか言いようがない。
しかし、亜空間から出て来るなら話しは別だ。仮に、小さすぎて翔一の探知に引っ掛からなくても、ペスカが神気を使えば探せるだろう。
そこを掴まえればいい。
「パパリン。三島のおじさんを使えば良いじゃない。何の為に、政府のお偉いさん達と仲良くしてると思ってるの?」
「そうか! 三島さんか! 頼んでみるか!」
政界と太いパイプを持つ特霊局の局長『三島』なら、ワクチンに関しては上手くやるだろう。それこそ、製薬会社を通じて臨床試験もしてくれるかも知れない。
遼太郎は食べかけのピザを置いて、勢い良く立ち上がる。そして、居間のテーブルに置きっぱなしにしていたスマートフォンを手に取り、三島に連絡を行う。
「三島さん。お話が有るんですが」
三島の答えは「任せなさい」の一言だった。電話を切ると遼太郎は再びテーブルに着く。そして、皆が食事を終える頃に遼太郎のスマートフォンが鳴り響いた。
「話しはついた。それと、ワクチンを作る場所も必要だろう。後でメールを入れておくから、明日にでもその製薬会社に行くと良い。完成したら連絡をしなさい。後は上手くやっておく」
「ありがとうございます、三島さん」
「構わないよ。現場の事は、いつも君に頼りきりだからね」
いざという時に必要なのは、縦横のパイプなのだと思わせる程のスムーズさに、遼太郎を初め一同は驚きを隠せないでいた。
これで段取りまでは終わった。後は、如何に対応するかだ。これまでは、全て後手に回っていた。これから、ペスカによる反撃が始まる。