第三百八十一話 極小の世界 ~能力の封印 前編~
菅谷を抱えて現れた冬也達を見て、紙谷は唖然とした様子で暫く言葉が出なかった。
警察官達が無線を使って連絡をしたり、大家に事情を窺ったりと忙しなく動いている。そんな中、紙谷だけが呆然と立ち尽くしていた。
突然消えたかと思たのも驚きだった。それから、そんなに時間が経ってないにも関わらず、突然に現れた。それだけではない、冬也は男性を肩に担いでいる。しかも担がれている男性は、意識を失っている様に見える。
これだけの事が一気に起きて、驚かない方がどうかしている。状況に思考が追いついて行かないのも無理はない。
しかし、ここでぼうっとしていられても困る。何の為に、急いで捕まえて来たのかわからなくなる。
「おい! けつ拭き紙! 目を開けて気絶してんじゃねぇ!」
「アルキエル、名前を間違えんなよ。失礼だろ。確か、紙なんとか」
「お前だって覚えちゃいねぇだろうが!」
アルキエルと冬也が口喧嘩を始めると、ようやく意識を取り戻したかの様に紙谷は口を開く。
「そ、その男が菅谷で間違いないのかい?」
「名前は知らねぇけど、逃げた野郎で間違いねぇ」
「こっからは、刑事さんの仕事だろ。本人だって確認するなり、任意同行ってのをするなりさ」
「あぁ、そうだね。我々の仕事だ。でもね、東郷君。君達にも署まで着いて来て欲しい」
「おい! これ以上、退屈なのはごめんだ!」
「そう言うなよ、アルキエル。今夜はお前の好きなカレーにしてやるから」
「なら仕方ねぇ。感謝しろよ、鼻噛んだ紙!」
「なぁ、アルキエル。それ、わざとだろ!」
にこやかに談笑を始めるが、目の前の二人が脅威なのには間違いない。しかし、彼等が居なければ菅谷を取り逃がしていたのも事実だ。
これで、確実に事件の真相へ近付く。ここで菅谷を取り逃がせば、一向に真相へ辿り着かなかったであろう。これは、二人の活躍が無ければ成し得なかった事だ。
ただ、問題はそこでは無い。菅谷をどうやって拘束しつづけるかだ。『警察』という言葉だけで逃亡を図る男だ。まともに任意同行など応じるはずが無かろう。
仮に、同行に応じたとしても、自分達では取り押え様もない。手錠も意味が無いだろう。何故なら、ワープをして消えるからだ。
但し、この二人が居ればそれらの問題は解消されるのではないか? 但し、二人が居る事が条件になるが。
「まぁよ。もう少しだけ、力をかしてやるぜ」
「アルキエル。何をする気だ?」
「決まってんだろ。ワープ野郎の力を消すんだよ!」
その言葉は、紙谷を絶句させた。
これまで、能力者にどれ程の辛酸を舐めさせられて来たと思っている。ひたすらに暴れ、手が付けられず。ようやく逮捕しても、物理的な拘束は意味を成さず。再び暴走を繰り返す。
その繰り返しだ。だから、特霊局なんて組織の力を借りなくてはならない。
能力を消す事が出来るなら、一般人と同じだ。特別な力を持たなくても、おとなしくさせる事が可能になる。
これ以上の能力者対策が有るのだろうか?
「そうは言っても、どうやってやるんだよ!」
「だから馬鹿だって言ってんだ。少しはてめぇの頭で考えやがれ! いや、無理を言ったな。すまねぇ」
「おい! それが一番傷ついたぞ!」
冬也の苦情を意に介さず、アルキエルは丁寧に説明を始める。冬也は少し納得いかない表情で、説明を聞いていた。
問題になっているのは、邪神ロメリアがばら撒いた負の因子である。これが人間の潜在的なマナに結びつき、能力という形で発現させた。
但し、ロメリアはロイスマリアに戻る際、因子の回収を行っているはず。だから、その時点で能力者の総体数は減っているはず。現在も存在している能力者は、因子が魂魄にまで融合して離れられない状態になった者達だ。
流石に、魂魄に融合した因子を取り出すのは、それなりに手間がかかる。ロメリアも面倒な真似をしてまで因子を回収しなかったのだろう。
「その因子とやらを魂魄から抜き出す方法って有るのか?」
「有るぜ。簡単なのは、魂魄を一度ぶっ壊してから、取り出すんだよ」
「それは絶対に駄目だ!」
「そう言うだろうと思って、二つ目の方法だ」
「それは?」
「魂魄の中に封印しちまうんだよ。それなら、魂魄に傷は付かねぇ。それに、封印しちまえば、因子を通してマナが働く事も無くなる」
「マナが働かなければ、能力も使えないって事か」
「そうなるな」
冬也は理解した。しかし、ロイスマリアの知識が全く無い紙谷は理解出来なかった。しかし、任せるしか有るまい。理論立てて説明したのだ、それが全くの嘘ではないはず。しかし、紙谷はアルキエルに待ったをかける。
「ちょっと待ってくれないか」
「あぁ? 待てってどの位だ?」
「そんなに時間は取らせないさ。一応は上司にお伺いを立てないとね」
「はぁ、仕方ねぇ。早くしろよ」
説明を聞く限り、菅谷本人に何かを治療めいた事を施すのだろう。それなら、勝手は許されない。紙谷は素早くスマートフォンを取り出すと、通話をかける。無論、相手は佐藤だ。
通話が繋がると、紙谷は佐藤へ簡潔に報告を行う。そして、能力を封じる是非を問う。
「凄く興味が有るね。八王子署で落ち合うとしよう。ついでに、特霊局の連中にも連絡しておくよ。紙谷、彼等を丁重にもてなす様にね」
通話が繋がったばかりの佐藤は、酷くイラついた様子であった。しかし、報告を受けて打って変わった様に上機嫌になっていた。
佐藤の言葉で少し気が軽くなった紙谷は、冬也達に八王子署まで改めて同行を求める。しかし、返って来た言葉はまたも予想外のものだった。
「刑事さん。悠長な事を言ってる場合か? こいつが目を覚ましたら、また逃げるだろ?」
「そもそもこいつは、上手く使いこなせてねぇ。だから、冬也に捕まるんだ。少しは楽しめるかと思ったら、そうもいかねぇなぁ。次はねぇぞ、小僧!」
小僧と言われて、少し腹が立った紙谷だが、知らないだけだ。アルキエルが神なのを。人間の尺度では考えられない程に長い年月を過ごして来た事を。
だが、それを表に出しても仕方がない。それに、見ていた限りではこの外国人は、かなり喧嘩っ早い様子だ。
「まぁまぁ。そう言わずにさ。そうだ、昼ごはんを奢るよ。そうだなぁ、カレー! カレーなんてどうだい? さっきそんな話しをしてただろ?」
「おお。良いじゃねぇか、アルキエル。刑事さんが奢ってくれるってよ」
「冬也が作るんじゃなければ、どれを食ってもそんなに変わりゃしねぇ。でも、それで勘弁してやる」
上手く誘いに乗ってくれた様に安心したのか、紙谷はフウと息を吐く。冬也は菅谷を抱えたまま、アルキエルは少し軽い足取りで、パトカーへ向かう。
菅谷を挟む様にして後部座席に乗り込んだ冬也とアルキエルを乗せて、パトカーは八王子署に走り去って行った。
一方、佐藤からの連絡を受けた遼太郎は、タクシーに乗って事務所へ向かっている最中であった。
「あのなぁ。こっちは、タクシーに乗ってんだ! 事務所で打合せすんだよ!」
「こっちだって、これから報告なんですよ」
「だったら、素直に渋谷へ戻りやがれ!」
「そうもいきませんよ。そちらの外人さん。アルキエルさんでしたっけ? 能力を封じるとか何とか言ってるらしいんですよ」
「まぁ、アルキエルなら簡単だろうな」
「やっぱりそういう見解ですか。じゃあ、封印とやらは八王子署で行う事にしたんで、そこで合流しましょう」
強引過ぎる佐藤の誘いに、遼太郎は舌打ちしながら通話を切る。そして、運転手へ頭を下げると目的地の変更を告げた。そして、何かを察したのかペスカが声をかける。
「何となく想像はつくけどさ、お兄ちゃん達が何かしたの?」
「アルキエルがワープの能力を封じるんだと。それを八王子署でやるから、俺等も同席しろとよ」
「あ~。アルキエルがかぁ……」
「流石に滅多な事にはならねぇよ。冬也が居るんだしな」
「まぁ、そうだね。ついでに、そこで軽く情報整理と行きますか」
「そうだな」




