第三百八十話 極小の世界 ~追跡~
「まぁ。これで十中八九、菅谷は事件の関係者でしょうね。頼みますよ、東郷君」
アルキエルと冬也が転移した先は、菅谷が潜伏していたアパートから数キロ辺りに在る商店街だった。
唐突に現れたアルキエルと冬也を見て、商店街を訪れていた人達は一様に声を失っていた。ただ、少しすると状況に慣れたのか、冬也達を視界に入れない様にして通り過ぎる。
「冬也。周りの事を気にしてる場合じゃねぇぞ。野郎は、ここからまた移動した様だ」
「ワープか?」
「そうだ。着いて来い、冬也」
「おう!」
アルキエルは直ぐに菅谷の痕跡を辿り転移する。冬也はその後に続いた。着いたのは、住宅街のど真ん中。辺りには誰も居ない。菅谷はここから走り去ったのでは無かろう。
「はっはぁ。少しは楽しめそうじゃねぇかぁ!」
「アルキエル。痕跡を追うのを忘れんなよ」
「そんな馬鹿な事をするか! せっかく楽しくなって来た所なのによぉ」
「それなら、直ぐに追うぞ!」
菅谷の能力がどれだけ使えるかは不明だ。しかし、この『鬼ごっこ』には負ける要素が見当たらない。何せ菅谷を追っているのは、ロイスマリアでも指折りの力を持つ神なのだから。
そして、アルキエルはようやく退屈凌ぎが出来ると、やや興奮気味だ。それが正しい方向に向かえば良いが、暴走すれば返って大惨事になる。
冬也は表情を引き締めると、アルキエルの後を追った。
次に辿り着いたのは、やや木が多い場所だった。近くに森林でも有るのか、それとも山が近いのか、住宅の数は減っている。
「こりゃあ、あれだな。この近くに来た事が有るな」
「あぁ? 何言ってんだ?」
「あれだよ、あれ。確か、メイロードに着いて来た場所にちけぇ」
「高尾の事を言ってんのか? 良く覚えてんな」
「ここには、かなり力の有る神が居たはずだ。ロメリアの馬鹿に封じられてやがったがな」
「確か、天狗の……。って、それは良いんだよ。いつまでこんな鬼ごっこを続けんだよ!」
如何に勝てる勝負だと言っても、相手の体力が尽きるまで続けるのでは、幾ら時間が有っても足りなかろう。
「お前が早く捕まえてぇなら、先回りすれば良いじゃねぇか」
「無茶苦茶言うんじゃねぇ! ワープの能力者だぞ! どうやって先回りすんだよ!」
「どうやってもねぇだろ。勘の悪い野郎だな」
これが走っている車を追うなら別だ。走っている方向で何となく行先は推測出来るだろう。しかし、相手はワープするのだ。
それを先回りして捕まえるには、予め何処へワープするのかわかっていないとならない。それは、菅谷の思考を読むしか有るまい。
アルキエルは、紙谷の記憶を読み取ろうとした。恐らくは、本人が居れば目的も読み取る事が可能なのかも知れない。だが、本人は逃亡中だ。それなら、どうやって逃亡先を探ると言うのだ?
冬也は懸命に頭を回転させるが、アルキエルの意図を掴めずにいた。そして、眉をひそめている冬也を呆れた表情で、アルキエルは眺めていた。
「はぁ。馬鹿は馬鹿なりに考えたんだろうが。お前にゃ似合わねぇよ」
「うるせぇな! 馬鹿は余計だ! それに、ワープ野郎の考えてることなんてわかりゃしねぇだろ!」
「だから馬鹿だってんだ」
「はぁ? どういう事だよ!」
「良いか? 野郎の痕跡から読み取るのは、何も行先だけじゃねぇって事だ」
菅谷の思考ではなく、痕跡から読み取ると言った。どういう意味なのか、やはり冬也は理解できずにいた。
アパートの前で、ワープの能力は冬也の移動方法と似ていると言った。それが関係しているのだろうか? それとも、亜空間とやらの使い方が関係しているのだろうか?
恐らく、今回の場合は亜空間は関係ないだろう。それなら、ワープの痕跡から何を読み取れば良いと言うのだ?
「ったく、ここまで言ってもわからねぇのか。仕方のねぇ、馬鹿だな」
「だから、馬鹿は余計だって言ってんだ!」
「仮にお前がドッグピープルだとしよう。この状況でどうやって野郎を追う?」
「ドッグピープルの事は詳しく迄わかんねぇけど。多分、犬なら臭いかな?」
「わかってんじゃねぇか。それと同じ事をすりゃあ良いんだよ」
「ワープ野郎の臭いを嗅げってか?」
「そうじゃねぇよ。能力者だろうが何だろうが、使ってる力の源ってのは何だと思う?」
「あぁ、それならマナじゃねぇか」
「それを追っかけるだけで、向かってる先も見えてくんだろ?」
菅谷のマナを追うなら、例えワープ中でも行先はわかるだろう。寧ろ、亜空間を経由しない分わかりやすいかも知れない。
痕跡を追うのも、アルキエル任せだったのだ。冬也は考えもつかなかったのだろう。目を大きく見開いて呆然と立ち尽くした。
但し、それと同時にとある考えも浮かんで来る。『こんな簡単な方法が有るなら、初めからそうすればよかったんじゃないか』と。
それに気が付いた時、冬也はムッとした様に顔をゆがめた。それを見て、アルキエルは少し笑っていた。
「取り合えずは、嗅げ! ワン公!」
「誰がワン公だ! ぶっ飛ばすぞアルキエル!」
「おお。良いじゃねぇか。そっちの方が楽しいに決まってんだ。やろうぜ、冬也ぁ!」
「ったく、冗談だ。早く、マナの臭いとやらを嗅いでくれよ」
「何言ってんだ? それをするのは、お前だ冬也ぁ」
「じゃあ、お前は何をするんだよ!」
「今まで通りに追っかけるだけだ。そんで、お前が先回りな」
そうは言われても、感覚が掴めない。だが、冬也はこの時点であれこれと考えるのを止めた。恐らく、それが一番の正解なのだろう。その証拠に、アルキエルは口角を吊り上げている。
冬也は菅谷がワープをしただろう場所に手を翳すと、マナを使って探る。イメージするのは、何もかも探し出す翔一の探知だ。そして冬也は、念入りに探り始める。
暫くすると、周囲のマナと別の異質のマナを感じる。恐らく、これが菅谷のマナなのだろう。それを手繰っていくと、神奈川の県境近くに一度ワープしているのがわかる。
アルキエルは、これを頼りに移動していたのか。
それを確信すると、冬也は更に菅谷のマナを手繰っていく。県境近くから、日野へ飛んでいるのがわかる。
恐らく、追って来る事を見越して、攪乱しようと企んだのだろう。だから、隣県へ逃げると見せかけて、引き返したのだ。そんな方法で出来る訳が無いとは知らずに。
もし、このまま身を隠すのであれば、三多摩の辺りよりも奥多摩方面の方が良かろう。しかし、菅谷のマナは未だ活性化し続けている。恐らく、まだワープを繰り返すつもりだろう。
幾つもの場所を点々として、後から痕跡を追い辛くしようと考えているのか。恐らくそれは、翔一への対策だろう。
しかし、こちらの手の内は全てが明かされている訳では無い。
「アルキエル! わかったぞ! 奴は青梅に移動中だ!」
「それが何処は知らねぇが、痕跡を頼りに追ってやる。お前は先回りしろ!」
「あぁ、わかった」
アルキエルと冬也が移動したのは、ほぼ同じだった。そして、先回りは成功した。正確にはワープ中の菅谷を、冬也が捕らえたのだ。
まさか菅谷は、能力を使用中に誰かに捕らえられると、考えてもみなかったのだろう。こんなにも早く追われるとも、考えていなかったはずだ。直ぐに態勢を崩し、地面へ激突しそうになる。そんな菅谷を、冬也はしっかりと抱えていた。
「ワープ野郎だな? 鬼ごっこはここまでだ」
冬也は神意を放ち、菅谷を気絶させる。そして、肩に担ぐ様にして抱えると、アルキエルを待った。それから、アルキエルが到着したのは数秒の後だった。
「やりゃあ出来るじゃねぇか」
「まぁな。それより、早く戻るぞ」




