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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十二章 混乱の東京

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第三百七十八話 極小の世界 ~口封じ 後編~

 翔一は高藤が眠るベッドへ近付くと、周囲の探知を切り高藤の体に意識を集中させる。能力にバフがかかっている今ならば、能力者の痕跡はおろか、検死をするまでも無く死因まで辿り着けるかも知れない。


 翔一は、全身隈なく丁寧に探知を行っていく。その途中でボソリと呟く。


「能力者の痕跡は一つ。能力は物質をナノレベルまで小さくする事」

「何ぃ? コピー能力者の仕業じゃねぇのか?」


 その言葉に反応し遼太郎が声を荒げると、翔一は立てた人差し指を自らの口に着け、遼太郎を黙らせる。そして探知を続けた。


「死因は恐らく、即効性の毒か何か」


 そこまで語ると、翔一は高藤の体から室内に視線を移す。そして、これまで以上に強く能力を発動させた。


「うっすらですが、痕跡が見える。何だろ、これ。事象の改変とでも言えば良いのかな? 恐らくこれが、結界を壊した犯人でしょうね」


 それだけ周囲に伝えると、翔一は探知を続ける。まだまだ探らなければならない事はある。どうやって、二人の刑事が見張っている病室に侵入出来たかだ。その侵入経路も探らねばならない。


 翔一は集中し続ける。それから五分が経過し、ようやく翔一はフウと息を吐いた。


「それで? 何か他にわかった事は?」

「この病室に侵入したのは、コピー能力者で間違いないです。あの時の気配が薄っすらと残ってました」

「インビジブルの能力で空間をこじ開けたか?」

「そうでしょうね」

「俺の結界を壊したのは別の奴、事象の改変だったけか?」

「名前は仮に。ただ、そうとしか言いようがないです。有った物を存在ごと打ち消す様なと言えば伝わります?」

「あぁ。問題は実行犯だな」

「えぇ。どうやったのか迄はわかりませんが、毒物の痕跡と共に今朝の事件と同じ気配を感じました」

「上出来だ、翔一!」

「はぁ。今回は少し役に立てました」

「お手柄だよ、工藤君。どの道、裏を取る為に検死は必要になるけどね」


 佐藤の声を聞いて、母親が再び声をあげて泣き出す。それを目の当たりにした佐藤は、軽い溜息を付きながら見張りをしていた刑事に近寄った。

 そして、「一応、説明はしたんだんだよな?」と耳打ちする。当の刑事が首を縦に振ると、佐藤は両親へと近付いた。


 誰も納得はしまい。自分の息子が死んで尚、バラバラに解剖されるのだから。


 まるで判決を受ける被告人の様に、父親は顔を青ざめさせている。母親は涙を流すのを止めようとしない。しかし、佐藤は両親へ近付くと深く頭を下げた。

 

「高藤君のお父さんとお母さんですね。今後の流れはここにいる刑事から説明させて頂いた通りです。何卒、捜査にご協力をお願いします」


 どんな言葉を用いた所で、納得できない物が有る。許せない事は存在する。だから、せめて誠意を持って伝えないとならない。


「息子さんを殺した犯人は、我々が全力で捕まえます。必ず裁きを受けさせます。どうか、お願いします」


 それだけ言うと佐藤は頭を上げ、「後は頼む」とばかりに刑事へ視線を移す。そして刑事が頷くと、遼太郎達を連れて病室から出て行った。

 

「まぁ、厄介ですね。これで、東郷さんの言ってた黒幕連中とやらの存在が確定しました」

「だから言っただろ! それに、俺の結界すら超えて来る奴が、向こうにはいるって事だ」

「東郷さんの怪しい魔術は信用してないですけど、厄介な能力者が存在しているのは確かそうだ」

「あぁ? 怪しい魔術だぁ?」

「そうやって、直ぐに喧嘩腰にならないで下さいよ。だから、うちの連中が皆びびっちまうんだ」

「それで? お前はこれからどうするんだ?」

「決まってるでしょ! 署に戻って報告ですよ! 高藤の口封じやら、新しく判明した能力者やら、報告する事が山積みなんだ!」

「じゃあ、それが終わったらうちの事務所へ来い!」

「はぁ? 何で多摩まで戻らなきゃいけないんだよ! あんた等が来てくれよ!」

「うるせぇな! 重要な話し合いの時は、リンリンが居た方が良いんだよ!」

「お宅の林さん。引き籠もりが過ぎやしませんかねぇ!」


 佐藤は怒鳴る様に言い放つと、パトカーに戻っていく。そして、遼太郎は溜息をつき、翔一の肩を叩いた。


「翔一、そろそろ探知を切れ。ここまで来れば、覗いてる奴なんて居ねぇだろ」

「それは楽観的過ぎでは?」

「お前の中に、まだ俺の神気が残ってるだろ?」

「もう、ちょっとしかですけど」

「それで何も見つからねぇのは、よっぽどって事だ。兎に角、少し休め。ペスカが来るまで、もう少しかかるだろ」


 二人は、ペスカが到着するまで院内のベンチで休む事に決めた。流石に疲れていたのだろう、翔一は腰掛けるなり背中を丸める様にして力を抜いた。


 それからペスカが到着したのは、三十分後であった。サイレント共に敷地内に入って来たパトカーを見るなり、二人はベンチから立ち上がり駆けだす。


「お~、お出迎えだ~。ご苦労、ご苦労」

「ご苦労じゃねぇ。それより、案外早かったな」

「そりゃあ、サイレン鳴らして走って来たんだもん。すっごかったよ、みんな避けてくれるんだよ。王様気分だよ」


 軽口を叩いていても、ペスカの表情は少しも緩んでいない。道中で、様々な事を推察しながら来たのだろう。そしてペスカは、真剣な表情のまま言葉を続ける。


「遺族の皆さんには申し訳ないけど。私も現場の様子を見たいんだ」

「あぁ。まだ刑事は居るだろうし。頼んでみる」


 院内を歩いている間、探知でわかった事をペスカに語った。ペスカは頷きながら、一つ一つの出来事を咀嚼していく。

 病室に戻ると、遼太郎は刑事に話しかける。決して遼太郎の圧力に屈した訳では無かろうが、「これ以上、部外者を入れる訳にはいかない」と断られる事は無かった。


 病室に入ると、ペスカは「ふ~ん、うんうん」と呟きながら室内を見渡す。そして、軽く目を閉じると徐に呪文を唱えだした。


「在りし時を映し出せ。過去は今に、今を現実に」


 呪文が終わると、室内の壁に映像が映し出される。


「ほらほら、刑事さん。これを録画しておいてね」


 映像は高藤が未だ眠っている所から始まった。それから突如として空間が裂ける。裂けた空間の中は暗くて何も見えない。そして、何かが崩れる様な音が響く。

 それから裂けた空間から黒い影が飛び出してくるのが見える。はっきりとは映っていない。しかし、シルエットからは男性だろう事は推察出来る。

 シルエットの男は、高藤に近付くと手を翳す。すると、高藤は苦しそうにもがき出し血を吐いた。

 高藤が血を吐いた事で、見張りの刑事が反応する。それと同時に黒い影は裂け目に消え、空間が閉じた。


「なっ! 何だこれは!」

「何だと言われても。ここで起きた出来事だよ」

「我々が監視していたんだぞ!」

「いや、だからさ。映った事自体が隠蔽されていたんだよ。敵さんもやるねぇ」

「まさか、本当にこんな事が……」

「これで、少しは報告しやすくなったでしょ?」

「あ、あぁ。多少はな」

「じゃ。私は見たい物が見れたし。これ以上はお邪魔だろうし。帰るね」

「待ってくれ! ここに映った事を我々が見えなかったって事は!」

「これが、翔一君の言ってた事象の改変って奴だよ」

「犯行に使われた能力か?」

「うん。有った事を無かった事にする、面倒な能力だね。証拠隠滅も簡単に出来ちゃうし、警察の監視も搔い潜っちゃう。それに、探知の対策までって盛り沢山過ぎない?」

「ま、まさか……」

「まさかも何も、これが事実だよ。私だって、翔一君の言葉が無ければここまでする気は無かったよ」

「では、昨夜の事件もこいつ等が関わってる可能性が?」

「有ると思うよ。断定は出来ないけどね」


 そしてペスカは話を打ち切るかの様に振り向くと、病室を後にする。ただ、病室内では相変わらず軽い口調だったものの、ペスカの表情が硬い事を遼太郎と翔一はしっかり見ていた。

 

 院内の廊下を歩くペスカの表情は、相変わらず硬いものだった。後に続く遼太郎と翔一は、声をかけられずにそのまま院外へ出る。


「取り合えず、パパリンと翔一君はこれからどうするの?」

「事務所に戻って検討だ。ペスカ、お前も来い!」

「え~やだよ。そういうのは家でやろうよ」

「なんで家なんだよ!」

「だって、事務所にはリンリンが居るんだよ!」

「良いじゃねぇか」

「ペスカちゃん。林さんは良い人だよ。嫌いなの?」

「嫌いじゃないけどさ。苦手なんだよ」

「どうして?」

「どうしても何も、苦手なものは苦手なの!」


 嫌がるペスカを後目に、遼太郎はタクシーを掴まえる。そして一同は、特霊局の事務所へ向かう。丁度その頃、冬也を乗せたパトカーが菅谷の自宅に迫ろうとしていた。

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