第三百七十八話 極小の世界 ~口封じ 後編~
翔一は高藤が眠るベッドへ近付くと、周囲の探知を切り高藤の体に意識を集中させる。能力にバフがかかっている今ならば、能力者の痕跡はおろか、検死をするまでも無く死因まで辿り着けるかも知れない。
翔一は、全身隈なく丁寧に探知を行っていく。その途中でボソリと呟く。
「能力者の痕跡は一つ。能力は物質をナノレベルまで小さくする事」
「何ぃ? コピー能力者の仕業じゃねぇのか?」
その言葉に反応し遼太郎が声を荒げると、翔一は立てた人差し指を自らの口に着け、遼太郎を黙らせる。そして探知を続けた。
「死因は恐らく、即効性の毒か何か」
そこまで語ると、翔一は高藤の体から室内に視線を移す。そして、これまで以上に強く能力を発動させた。
「うっすらですが、痕跡が見える。何だろ、これ。事象の改変とでも言えば良いのかな? 恐らくこれが、結界を壊した犯人でしょうね」
それだけ周囲に伝えると、翔一は探知を続ける。まだまだ探らなければならない事はある。どうやって、二人の刑事が見張っている病室に侵入出来たかだ。その侵入経路も探らねばならない。
翔一は集中し続ける。それから五分が経過し、ようやく翔一はフウと息を吐いた。
「それで? 何か他にわかった事は?」
「この病室に侵入したのは、コピー能力者で間違いないです。あの時の気配が薄っすらと残ってました」
「インビジブルの能力で空間をこじ開けたか?」
「そうでしょうね」
「俺の結界を壊したのは別の奴、事象の改変だったけか?」
「名前は仮に。ただ、そうとしか言いようがないです。有った物を存在ごと打ち消す様なと言えば伝わります?」
「あぁ。問題は実行犯だな」
「えぇ。どうやったのか迄はわかりませんが、毒物の痕跡と共に今朝の事件と同じ気配を感じました」
「上出来だ、翔一!」
「はぁ。今回は少し役に立てました」
「お手柄だよ、工藤君。どの道、裏を取る為に検死は必要になるけどね」
佐藤の声を聞いて、母親が再び声をあげて泣き出す。それを目の当たりにした佐藤は、軽い溜息を付きながら見張りをしていた刑事に近寄った。
そして、「一応、説明はしたんだんだよな?」と耳打ちする。当の刑事が首を縦に振ると、佐藤は両親へと近付いた。
誰も納得はしまい。自分の息子が死んで尚、バラバラに解剖されるのだから。
まるで判決を受ける被告人の様に、父親は顔を青ざめさせている。母親は涙を流すのを止めようとしない。しかし、佐藤は両親へ近付くと深く頭を下げた。
「高藤君のお父さんとお母さんですね。今後の流れはここにいる刑事から説明させて頂いた通りです。何卒、捜査にご協力をお願いします」
どんな言葉を用いた所で、納得できない物が有る。許せない事は存在する。だから、せめて誠意を持って伝えないとならない。
「息子さんを殺した犯人は、我々が全力で捕まえます。必ず裁きを受けさせます。どうか、お願いします」
それだけ言うと佐藤は頭を上げ、「後は頼む」とばかりに刑事へ視線を移す。そして刑事が頷くと、遼太郎達を連れて病室から出て行った。
「まぁ、厄介ですね。これで、東郷さんの言ってた黒幕連中とやらの存在が確定しました」
「だから言っただろ! それに、俺の結界すら超えて来る奴が、向こうにはいるって事だ」
「東郷さんの怪しい魔術は信用してないですけど、厄介な能力者が存在しているのは確かそうだ」
「あぁ? 怪しい魔術だぁ?」
「そうやって、直ぐに喧嘩腰にならないで下さいよ。だから、うちの連中が皆びびっちまうんだ」
「それで? お前はこれからどうするんだ?」
「決まってるでしょ! 署に戻って報告ですよ! 高藤の口封じやら、新しく判明した能力者やら、報告する事が山積みなんだ!」
「じゃあ、それが終わったらうちの事務所へ来い!」
「はぁ? 何で多摩まで戻らなきゃいけないんだよ! あんた等が来てくれよ!」
「うるせぇな! 重要な話し合いの時は、リンリンが居た方が良いんだよ!」
「お宅の林さん。引き籠もりが過ぎやしませんかねぇ!」
佐藤は怒鳴る様に言い放つと、パトカーに戻っていく。そして、遼太郎は溜息をつき、翔一の肩を叩いた。
「翔一、そろそろ探知を切れ。ここまで来れば、覗いてる奴なんて居ねぇだろ」
「それは楽観的過ぎでは?」
「お前の中に、まだ俺の神気が残ってるだろ?」
「もう、ちょっとしかですけど」
「それで何も見つからねぇのは、よっぽどって事だ。兎に角、少し休め。ペスカが来るまで、もう少しかかるだろ」
二人は、ペスカが到着するまで院内のベンチで休む事に決めた。流石に疲れていたのだろう、翔一は腰掛けるなり背中を丸める様にして力を抜いた。
それからペスカが到着したのは、三十分後であった。サイレント共に敷地内に入って来たパトカーを見るなり、二人はベンチから立ち上がり駆けだす。
「お~、お出迎えだ~。ご苦労、ご苦労」
「ご苦労じゃねぇ。それより、案外早かったな」
「そりゃあ、サイレン鳴らして走って来たんだもん。すっごかったよ、みんな避けてくれるんだよ。王様気分だよ」
軽口を叩いていても、ペスカの表情は少しも緩んでいない。道中で、様々な事を推察しながら来たのだろう。そしてペスカは、真剣な表情のまま言葉を続ける。
「遺族の皆さんには申し訳ないけど。私も現場の様子を見たいんだ」
「あぁ。まだ刑事は居るだろうし。頼んでみる」
院内を歩いている間、探知でわかった事をペスカに語った。ペスカは頷きながら、一つ一つの出来事を咀嚼していく。
病室に戻ると、遼太郎は刑事に話しかける。決して遼太郎の圧力に屈した訳では無かろうが、「これ以上、部外者を入れる訳にはいかない」と断られる事は無かった。
病室に入ると、ペスカは「ふ~ん、うんうん」と呟きながら室内を見渡す。そして、軽く目を閉じると徐に呪文を唱えだした。
「在りし時を映し出せ。過去は今に、今を現実に」
呪文が終わると、室内の壁に映像が映し出される。
「ほらほら、刑事さん。これを録画しておいてね」
映像は高藤が未だ眠っている所から始まった。それから突如として空間が裂ける。裂けた空間の中は暗くて何も見えない。そして、何かが崩れる様な音が響く。
それから裂けた空間から黒い影が飛び出してくるのが見える。はっきりとは映っていない。しかし、シルエットからは男性だろう事は推察出来る。
シルエットの男は、高藤に近付くと手を翳す。すると、高藤は苦しそうにもがき出し血を吐いた。
高藤が血を吐いた事で、見張りの刑事が反応する。それと同時に黒い影は裂け目に消え、空間が閉じた。
「なっ! 何だこれは!」
「何だと言われても。ここで起きた出来事だよ」
「我々が監視していたんだぞ!」
「いや、だからさ。映った事自体が隠蔽されていたんだよ。敵さんもやるねぇ」
「まさか、本当にこんな事が……」
「これで、少しは報告しやすくなったでしょ?」
「あ、あぁ。多少はな」
「じゃ。私は見たい物が見れたし。これ以上はお邪魔だろうし。帰るね」
「待ってくれ! ここに映った事を我々が見えなかったって事は!」
「これが、翔一君の言ってた事象の改変って奴だよ」
「犯行に使われた能力か?」
「うん。有った事を無かった事にする、面倒な能力だね。証拠隠滅も簡単に出来ちゃうし、警察の監視も搔い潜っちゃう。それに、探知の対策までって盛り沢山過ぎない?」
「ま、まさか……」
「まさかも何も、これが事実だよ。私だって、翔一君の言葉が無ければここまでする気は無かったよ」
「では、昨夜の事件もこいつ等が関わってる可能性が?」
「有ると思うよ。断定は出来ないけどね」
そしてペスカは話を打ち切るかの様に振り向くと、病室を後にする。ただ、病室内では相変わらず軽い口調だったものの、ペスカの表情が硬い事を遼太郎と翔一はしっかり見ていた。
院内の廊下を歩くペスカの表情は、相変わらず硬いものだった。後に続く遼太郎と翔一は、声をかけられずにそのまま院外へ出る。
「取り合えず、パパリンと翔一君はこれからどうするの?」
「事務所に戻って検討だ。ペスカ、お前も来い!」
「え~やだよ。そういうのは家でやろうよ」
「なんで家なんだよ!」
「だって、事務所にはリンリンが居るんだよ!」
「良いじゃねぇか」
「ペスカちゃん。林さんは良い人だよ。嫌いなの?」
「嫌いじゃないけどさ。苦手なんだよ」
「どうして?」
「どうしても何も、苦手なものは苦手なの!」
嫌がるペスカを後目に、遼太郎はタクシーを掴まえる。そして一同は、特霊局の事務所へ向かう。丁度その頃、冬也を乗せたパトカーが菅谷の自宅に迫ろうとしていた。




