第三百七十五話 極小の世界 ~有り得ない連絡~
現場を後にすると遼太郎達は、車へと向かう。遼太郎は怪訝そうな表情を浮かべ、翔一はやや悔しそうな表情で歩いていた。その後ろから、スマートフォンで通話をしながら安西が着いて来る。
通話を終えると安西は翔一の下に駆け寄る。そして、周りの警察官に届かない様、声を小さくして語り掛けた。
「翔一。未だ話して無い事は有るか?」
「安西さん、すみません。能力が使われたって事くらいしか……」
「安西、仕方ねぇよ。それと翔一、落ち込むんじゃねぇ。能力者の犯行、それも複数犯。それだけわかりゃ、幾らでも調べようが有るぜ」
「恐らく、爆発系と転移系ですね?」
「あぁ。それらしい能力者を調べさせる。安西、リンリンは何て言ってた?」
「難しいリクですなぁ、って言ってましたよ」
さもありなん。仮に住民票の様に、全ての能力者を登録しているのであれば、探すのも容易いだろう。しかし、何処にどんな能力者が隠れているかわからない現状で、特定の能力者を探し出すのは困難を極める。
しかし、手段が全く無いとは言い切れない。
逮捕履歴は無くとも、何らかの形で警察の厄介になった者ならば、指紋と共に『能力の有無』と『能力の詳細』を記録される。
先ずはそこから調べるのが先決だろう。但し、当の刑事の様に刑事課は良い顔をすまい。何せ、「警察の資料を調べさせろ」と言っているのだから。
常識的に考えるなら、『被害者の身元を割り出す事』から『その関係者』へと捜査の幅を広げていくの通常だろう。
但し、特霊局が刑事課と同じ事をしても時間の無駄だ。だからこそ、遼太郎は『情報の共有』を現場の刑事に強調した。
「ただなぁ。わかった事が有るぜ」
「何ですか、先輩?」
「血はまだ乾いて無かった。あの刑事は明言しなかったが、犯行時刻は恐らく夜中から明け方にかけてだ」
「その時間位なら、能力の痕跡が残ってた可能性が有るって事ですか? でも、翔一は何も……」
「すみません、安西さん」
「いいや。翔一、お前のせいじゃねぇ。犯人が余程巧妙だったんだろうよ」
「でも先輩。痕跡を殆ど残さずに能力を使用するなんて出来ますかね?」
「出来る奴が居るのかも知れねぇぜ。黒幕連中の中にはよぉ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。昨日の今日ですよ! まさか、インビジブルの実験を行う為に殺人を犯したなんて事は無いですよね!」
「いいや、安西。その可能性も考慮に入れておけ。それこそインビジブルの能力なら、単独で犯行が可能だ。犯行だけならな」
確かに遼太郎の言う通りだ。刑事は首を振ったが、関連が無いと断定された訳では無い。
「もし、インビジブルと同じ黒幕連中が関わってるなら、大事になるかも知れねぇな」
遼太郎の言葉は、大事件への発展を想起させ二人の肌を粟だたせた。
あの能力を使えば、暗殺紛いの事も容易いのだ。今回と同じ様な事件が多発するかも知れない。次の被害者は、誰もが見知った要人かも知れない。
何も殺人だけには留まるまい。
ある日、銀行の金庫が空っぽになっている事だって考えられる。そうやって集めた潤沢な資金を元に、テロリストを呼び寄せる可能性だって有る。それも、港湾等を通過せずにだ。
考えすぎか? 決してそうでは有るまい。それとて、起こり得る未来なのだ。
「そうは言っても、俺達は黒幕連中の事を殆ど何もわかってねぇんだ」
「それでも、警戒するに越した事は有りませんよね」
「あぁ、そうだ。それで翔一。周囲を見ていた奴はいねぇか?」
「はい。今の所、見つかりません」
「なら良い。取り合えず家に戻るか。ペスカなら、もう少し良い案を思いつくかも知れねぇしな」
そうして話しながら、三人が車の手前まで歩みを進めた時だった。急にスマートフォンが鳴り響く。慌てた様に遼太郎が懐からスマートフォンを取り出すと通話を始める。
「あぁ? リンリンかと思ったら佐藤じゃねぇか。何の用だよ」
「何の用って、うちの刑事を脅しておいて、それは無いですよ。東郷さん」
「脅しちゃいねぇよ。だからクレームも無しだ」
「クレームじゃ有りませんよ。一応、報告ってやつです」
「何だ? もう、ホシが割れやがったのか? それともガイシャの身元がわかったのか?」
「いいえ。どちらでも有りません」
「なら、何しに電話して来てんだよ!」
「そうやって脅さないで下さいよ。一応ね、自首して来てるんですよ」
「はぁ? 自首だと?」
「恐らく実行犯では無いんでしょうけどね。こちらも、一応取り調べはしないと。どんな関連が有るのかも含めて徹底的にね」
「お前、今どこだ?」
「八王子署に向かってますよ。東郷さんも来て下さい。勿論、探知の人を連れてね」
「探知の人なんて言うんじゃねぇ! 工藤翔一だ! 覚えとけ!」
「はいはい、わかりましたよ。それじゃあ」
通話内容は、安西と翔一にも聞こえていた。しかし、それは三人にとって思いもよらぬ連絡であった。
何故、こんなにも直ぐに自首が? もしや、今回はこうやって捜査を混乱させる気か? それとも本当にホシが自首して来たのか? 俺達は考えすぎていたのか?
ただでさえ、状況が全く掴めていないのだ。混乱するのも仕方がない。
遼太郎はスマートフォンを片手に、唖然とした様子で佇んでいる。安西と翔一は、そんな遼太郎に声をかけられずにいる。恐らく、何て声をかけたら良いかわからないのだろう。二人は、遼太郎同様に混乱しているのだから。
程なくして、遼太郎は深く息をする。それは、思考を一度リセットする意味も有ったのだろうか。そして、振り向くと二人に声をかけた。
「取り合えず、飯にしようぜ」
「呑気かよ、先輩! そんな事をしてる場合ですか?」
「そうは言ってもよ。お前も俺も昨日から大して寝てねぇし、飯も食ってねぇんだ」
「いや、それはそうですけど」
ペスカ達が土地神と有ったり街を散策している間、遼太郎は事務所へ赴いていた。そこで、退院したての安西を含めた特霊局のメンバーに情報を共有し、食事を忘れて今後の対策を練っていた。
それは深夜にも及んだ。そして、事務所の中で仮眠を取っていた所で、事件の連絡を受けたのだ。当然ながら朝食を食べる時間など無い。
「まあまあ、安西さん。お腹が空いてたら良い知恵も働かないですし。僕もお腹が減りましたよ」
「全く。翔一、お前は先輩に甘いんだよ!」
「良いから行くぞ! 牛丼が良いか、朝ラーが良いか」
「その選択肢だと、ラーメンはパスです」
「なら牛丼にしとこう。寧ろ、コンビニでのおにぎりでも良い位だ」
「安西……。お前、いつからそんなストイックになった?」
「あんたのせいだよ、先輩! 肝心な時にしか役に立たない、糞ったれのヒーロー様!」




