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第三百五十八話 インビジブルサイト 其の一

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 何も無い空間に一筋の亀裂が走る。亀裂はまるでブラックホールの様に、辺りの空気を呑み込んでいく。亀裂の直ぐ近くには、白目を剥き頭を抱えて蹲る少年が一人。少年は狂った様にうめき声を上げていた。

 少年を包む様に力の奔流が渦を巻く。少年のうめき声が大きくなる毎に、亀裂が広がっていく様だった。


 夕刻に差し掛かり、往来に人が増え始める繁華街。通行人の少ないひっそりとした路地。警官隊が路地の両側を塞ぐ様に立ち、民間人の立ち入りを防ぐ。

 その中には、発狂する少年とそれを取り囲む数名の男女が居た。少年の発狂と共に、俄かに路地は騒がしくなる。


「くそっ! 暴走しやがった! エリーは各所へ連絡、緊急避難警報を出させろ! JRと私鉄にも伝えろ! 車両は駅に入れさせるな!」

「安西さん、俺は?」

「雄二、お前はエリーと一緒に警官隊を手伝え! 民間人の避難誘導が優先だ!」

「待てよ、安西さん。俺だって能力者だぜ!」

「お前の能力は、火を操る事だろうが! 繁華街で火事でも起こってみろ、大災害になるんだぞ! お前の能力は、万が一の時にとっておけ!」


 エリーと呼ばれた女性は、スマートフォンを片手に路地から飛び出していく。二十歳前後と思われる雄二と呼ばれた青年は、警官隊に詳細を告げ民間人の避難誘導を始めた。警官隊は忙しなく無線で連絡を入れる。


「現場、原町田××。能力者の暴走発生! 駅封鎖と避難誘導を要請!」

「警視庁了解!」


 無線での連絡を入れた警官の一人が、吐き捨てる様にぼやく。


「今月で暴走は何件目だ! 特霊局の奴ら、段取りが悪いのか?」

「言うな。俺達は、能力者に対して何も出来ないんだ。逆に封鎖が万全じゃないって叩かれるぞ!」

「とにかく、今は避難を急ぐしかないな」


 周囲が慌ただしくなる中、路地の中では亀裂がどんどんと広がる。亀裂が辺りを呑み込む勢いは、強まる一方であった。

 蹲っていた少年が、最初の犠牲となる。広がる亀裂に足の先からゆっくりと呑み込まれていく。


「翔一、空ちゃん!」


 少年の様子を見て、周りに指示を出していた安西と呼ばれる男が怒声を上げる。安西が呼んだのは、かつて異世界へと旅立った事がある二人。

 二人は安西が呼びかける前に、少年に向かって走り出していた。それでも近づき過ぎれば、自分達も亀裂に吸い込まれてしまう。勢いがついたまま近づき、亀裂の中へ少年と一緒にダイブするのでは、元も子もない。


「工藤先輩。あの時みたいに、マナで縛れますか?」

「ギリギリかな」


 翔一は立ち止まると、踏ん張りながら少ないマナを集中させて、糸の様に細く伸ばす。釣りの様に、糸の様なマナを少年に向かい投げつける。

 周囲に漂う僅かなマナすら吸い込まんとする勢いのおかげか、少年に届かせるのは難しくはなかった。しかし、少年にマナを括りつけるのは、中々上手くはいかない。


「くそっ! 勢いが強すぎる!」

「工藤先輩は、そのままあの人を縛って! 私が暴走を止めるから」

「空ちゃん、待って!」

「無茶するな空ちゃん!」


 翔一と安西が止める間もなく、空は裂ける空間に向かい歩みを進めた。道路を踏みしめる様に、力強く一歩ずつ空は進む。細い体、大和撫子然とした淑やかな風貌、そんな彼女の何処にそんな力が有るのか。

 警官隊の避難が進み、路地付近から人の気配が無くなる。路地内に居るのは、空と翔一、安西それに少年のみになっていた。


「あぁぁ! うぁぁぁぁぁ! 嫌だ嫌だぁ! 助けて、助けてぇ! 死にたくない、死にたくないよ!」


 少年の体は足から腰、腰から胴へと、徐々に亀裂の中へ消えていく。


 見る限り、亀裂の中は真っ暗で何も見えない。ただの暗闇なのか、そこに空間が存在しているのかもわからない。

 空は経験上、理解していた。そこが亜空間である事を。かつて、邪神ロメリアと対峙した際に、ペスカと冬也が飛ばされた場所。そこは、ペスカと冬也だから生き延びる事が出来た。ただの人間が決して生きられはしない。吸い込まれた瞬間、窒息して死が確定する。


 死に瀕し意識を取り戻したのか、少年は助けを求めて叫び声を上げる。両腕を伸ばしてつっかえ棒にする様にし、吸い込まれるのを防いでいた。

 碌に運動をしていないだろう少年の細い腕では、勢いに耐えきれないだろう。吸い込まれるのは、時間の問題であった。


 路地に散乱しているゴミや空き缶などが、亀裂に向かい飛んでいく。空き缶が勢いよく少年の頭に当たる。その瞬間、つっかえ棒にしていた少年の両腕の力が抜ける。片腕と頭を残し、少年は亀裂に吸い込まれた。

 弱々しく伸ばした少年の手は宙を掴むだけ。頭がすっぽりと亀裂に呑み込まれ、少年が死を意識した瞬間だった。


 間一髪、空の手が少年に届いた。


「諦めないで! これだけ騒ぎを大きくして逃げようなんて、絶対に許さない!」


 空は両足で踏ん張り、体重をかけて少年の手を引っ張った。呑み込まれたはずの少年の頭が、亀裂から戻って来る。

 依然として、亀裂の広がりは大きくなる一方。空の力では、少年が亀裂に呑み込まれない様に支えるだけで精一杯である。


「助けて、助けてぇ」


 頭から血を流し、涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らし、少年は助けを求める。そんな少年を空は一喝した。


「落ち着きなさい! あなたが力を暴走させなければ、こんな事にはなってない! 落ち着いて、能力をコントロールしなさい! 大きく息を吸って吐くの、出来るわね!」


 無茶な事を言っているのは、事実である。亀裂近くでは、吸い込まれる空気が渦を作り、まともに呼吸をする事でさえ困難になりつつある。それでも空は、声を荒げて言った。


 たった一人の能力者を救う為に、かけがえのない命を守る為に。 


 空は全体重をかけて、少年の手を引っ張る。それでも限界はある。じわじわと、空の体は亀裂に引き寄せられていく。空の背中には、空き缶やゴミ屑が勢いよくぶつかる。


 痛みが走っても、空は手の力を弱めはしない。


 ロメリアとの戦いで、どれだけ多くの人が犠牲になったか、空は知っている。自分一人の力では、救えない命が多かった事も理解している。


 ならば今ここで、目の前の命を救えなくてどうする。何を目指して、自分は日本に戻って来た。


 もし、空が一目散に少年へと向かっていなければ、少年の命は失われていただろう。空は全力を振り絞って、少年の手を引っ張った。それでもびくともしない。亀裂は広がり続け、事態は悪化の一途を辿る。その時だった。


「空ちゃん。力仕事は、男がやる事だよ」


 空の背後から、柔らかい声が掛かる。そして、添えられる手。


「工藤先輩?」

「仮にマナで縛れても、引っ張るのは不可能だよ、これだけ空気が荒れてちゃね。力づくで引っ張り上げる方が、効率的だよ」

「でも、危険です!」

「馬鹿! 危険なのは空ちゃんだろ!」

「安西さん、なんで?」

「俺はね、先輩が不在の間は現場の責任者なんだよ。空ちゃん、俺の言う事は聞いて欲しいな」


 力強い男の手だった。がっしりと翔一と安西が少年の手を握り、引っ張り始める。少しずつ、少年の体が亀裂から出てくる。


「空ちゃん。早く、こいつの能力を消して!」

「駄目です、安西さん。私が手を掴んだ時点で、能力の発動は止むはずなんです!」

「くそっ! 空ちゃんのオートキャンセルでも、暴走した能力は止められないか。ならこの亀裂は後回しだ! 翔一、一気にこいつを引き上げて、離脱するぞ!」

「わかりました、安西さん」


 そう言うと、安西と翔一は力を籠めて少年を引きずり上げる。


「空ちゃん、先にここから離脱しろ! これは命令だ! 君は切り札なんだ、わかるよね。亀裂を塞ぐ方法を、何とか考えだして欲しい」


 安西の命を受けて、空は振り返り路地から出る為に走り出す。強風に逆らいながらでは、走る事は非常に難しい。でもしっかりと足を踏みしめながら、空は思考を続けた。

 この事態を打開する可能性が有るのは、自分の能力オートキャンセルだけなのだから。そして安西と翔一が少年を抱えて、後ろから続く。 


 この時点で、安西の判断は正解だった。


 止まる事の無い亀裂の広がりは勢いを増す。閉じられたシャッターはガタガタと音を立て、据え付けられた自動販売機やパイプが引きちぎられる。ビルのタイルが剥がされ、看板が宙を舞う。

 このまま勢いが止まらなければ、周りのビルすら吸い込むのではないかと、思わせる程に事態は悪化していった。


 東京の片隅で、人知を超える未曾有の災害が、起ころうとしている。立ち向うのは、僅か二名の能力者と、勇気ある数名の者達。彼らはこの事態を止められるのか、救いはあるのか。

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