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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十一章 変わりゆく日常
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第三百五十五話 ロイスマリア武闘会 ~閉会式とエキシビジョンマッチ~

 対戦者の二名が治療室に運ばれる激闘が終わり、大会の優勝はモーリスに決定した。試合会場から二名が運び出された後も、歓声は鳴り止む事は無く、戦いの興奮に観客達は浸っていた。


 決勝戦の後は、二時間ほどの休憩を挟み、閉会式とエキシビジョンマッチが行われる。徐々に観客席からは、昼食の為に席を離れる者が現れる。


 休憩の間は、大会運営による会場設備の点検と、結界の張り直しが行われた。モーリスとエレナは、神の張った結界すらも震わせた。そしてこれから行われるエキシビジョンマッチは、現状では世界最強と目される冬也の出番となる。


 流石の冬也でも、観客席に影響を及ぼす事は無いだろうと考えつつも、神々は結界の更なる強化にあたる。結界の強化にはペスカとアルキエルも協力をした。なにせ、冬也の神気にまともに対抗出来るのは、この二柱しか存在しないのだから。


「なあ、ペスカ。せっかく俺が手伝ってやってんだからよぉ。俺も参加させろよ」

「馬鹿な事を言ってないで手を動かしてよね、アルキエル」

「いいじゃねぇかよ。モーリスと糞猫が、あれだけの試合をしたんだ。滾ってるのは、冬也だけじゃねぇんだぜ!」

「気持ちはわかるけど駄目だよ。こればっかりは、ミュール様の言う通りだね! モーリスが望むから大会の副賞にしたけどさ、私達とモーリス達じゃ実力差があり過ぎるんだよ。もしここで、あんたとお兄ちゃんが試合したら、この大会自体が白けちゃう。あんたは、毎日お兄ちゃんとガチで戦ってるじゃない。今回は、可愛い弟子に花を持たせてやりなよ」

「仕方ねぇな。なら、ミスラを相手に憂さ晴らしするか!」

「一応、手加減してよね。幾ら封印を解いたからって、神気は残り滓みたいなもんなんだから」

「馬鹿野郎、誰に物を言ってんだ! 奴に神気が有ろうと無かろうと、関係ねぇよ。元は格闘の神なんだ。冬也ほどとはいかなくても、充分楽しめるぜ!」


 アルキエルはニヤリと笑うと、結界は任せたと言わんばかりに会場を後にする。ペスカは少し溜息をつきながら、結界の強化を続けた。

 そして、閉会式の時間が訪れると共に、観客達が席に戻って来る。体の大きさ故に試合が終わり次第、帰国した魔獣達を除き、残った選手達が試合会場へと入場し列を作った。


 ペスカの宣言で、閉会式が始まり各賞の授与が行われる。優勝者のモーリス、準優勝のエレナ、三位のサムウェルが壇上へと上がる。ただ本来ならば、三位で表彰されるはずのレイピアだが、本人の強い希望により受賞は辞退となった。


 メダルと賞金の授与が、女神フィアーナの手により行われる。恭しく頭を下げ、女神手ずから首にかけられるメダルは、何にも勝る栄誉である。この時ばかりは、受賞者達も誇らしげな表情を浮かべていた。


 そして賞金の授与。今回の受賞者達は、賞金自体に各段の興味を持たない。ただ、一般の民衆にとって、数年は遊んで暮らせる程の破格の賞金である。武術で立身する事を志す者達に、夢を見させるには充分な効果が有るだろう。


 三柱の大地母神が本大会の総評を述べ、選手達に賛辞を贈る。観客達と各地で中継を見ていた者達は、精一杯の拍手で称える。五日間に渡る数々の戦いは、見る者を存分に満足させるものだった。


 そして、三か月の間続いた祭りは、この閉会式と共に幕を閉じる。閉幕が近づくにつれ、寂しさが増してくる。史上最大のイベントは、最後のエキシビジョンマッチを残すのみとなった。


「みんな! 最後にもう一度、選手達に拍手を!」


 ペスカの掛け声で、割れんばかりの拍手と歓声が起こる。歓声に包まれながら、選手達は試合会場を後にした。神々も関係者席に戻り、試合会場は冬也とモーリスの二人になる。


「さぁここからは、優勝者モーリスが最強の神へと挑戦する! 地上最強の力は、果たして最強の神に通じるのか! ここまでの戦いを勝ち抜いたモーリス! その意地を見せる時が来た! 全力で挑め! 全力で道を切り開け! さぁ、お前の意地を見せてみろ! モーリス!」


 哀愁を吹き飛ばすかの様に、ペスカがマイクで煽る。観客席は元より、モニター前の観戦者達も大歓声を上げた。


 決勝戦で、モーリスのマナは神気にまで至った。未だ神気を扱いきれてはいないせいか、モーリスが体内に巡らせたのは神気ではなくマナであった。それでも濃密なマナが、モーリスを包む。その光景に、観客席は更なる盛り上がりを見せた。


「流石だな、モーリスさん。この世界の出身者は、どいつもこいつもすげぇぜ」


 冬也の口から零れた言葉は、真意であろう。だからこそ、冬也の心を滾らせるのだから。


 冬也は普段、特別に神気を抑える事はしない。神気を大地に流す事で、荒廃したタールカールの大地を蘇らせるている。ただ、普段の冬也に対し怯える者はいない。なぜなら、冬也の神気はとても暖かく穏やかであるから。


 しかし、この時ばかりは違った。膨れ上がるモーリスのマナを受け、冬也は戦いに集中する。冬也の中に闘志が漲る。そして普段は穏やかな神気が、激しく燃え盛る様な神気へと変わった。


 冬也の闘志は周囲を威圧する。例え、結界が張られていたとしても、その威圧に耐えられる者は多くない。観客達は椅子から降り、その場で両膝を突き頭を垂れる。それは、会場外で大型モニターを眺めていた者達も同様であった。


 一番近くで対峙していたモーリスは、冬也の神気に圧倒されていた。自分なりに、強くなった自負があった。だから最強と謳われた冬也との距離が、どの位なのかを確認したかった。


 思い上がっていた。


 モーリスの足は竦む。これ程に遠いのかと実感させられ、心が折られそうになる。思えば師であるアルキエルは、余程手加減をしてくれていたのだろう。

 

「立ってるだけで辛いって所か? これが神と人間の差だよ。でもよ俺とペスカは、そんな差くらい超えて来たぜ。そりゃそうだろ、震えてるだけじゃ今頃はとっくに消滅してる。ただよ、あんたに同じ事が出来ねぇとは思えない、違うか?」


 無茶な事を言っているのは、事実だろう。


 かつて相対した悪神達から放たれていた邪気は、比べ物にならない程に強大で、かつ悍ましかった。冬也は数多の戦いを乗り越えて、更に現在も研鑽を重ねてここまでに至ったのだ。


 これから神気の扱いを学ぼうとするモーリスが、力の差に竦むのも無理はない。 

 

「何してんのよモーリス! あんたの意を汲んで、この試合を実現させたんだよ! ビビッてないで戦いなさい! それにみんな! モーリスを応援してあげて! みんなの勇気を弱っちいモーリスに分けてあげて!」


 スピーカーから聞こえてくるペスカの声に、観客達は目を覚ました様に頭を上げる。


「モーリス! モーリス! モーリス! モーリス! モーリス!」


 ペスカの呼びかけに応える様に、観客席から声が上がり始める。やがて、その掛け声はうねりを上げる様に、会場中に響き渡った。


 自分の名を呼ぶ声が、モーリスの背中を押す、一歩を踏み出させる。モーリスは、両手で力強く自分の頬を叩いた。


 何をしていた。敵わぬ事くらい、最初からわかっていた事だろう。情けない、こんな事くらいで戦意を挫かれ、呆然と立ち尽くすなど、愚の骨頂だ。今までの修行は何だった。今までの試合は何だった。友から何を学んだ。


「冗談じゃない!」


 絶望に対した時、圧倒的な力の前に心が折られた時。いつの時も己を奮い立たせるのは、勇気である。些細でいい、ほんの一握りでいい、立ち向かう勇気が現状を打開する。


 モーリスは自分を鼓舞する様に声を荒げ、マナを更に高めて剣を抜いた。そして冬也は、少し笑みを浮かべると、モーリスとの間合いを詰める為にゆっくりと歩みを進めた。


 渾身の力で、モーリスは剣を振るう。しかしその剣は容易く冬也に躱される。素早くモーリスの懐に潜り軽く腹部を殴ると、冬也はモーリスを悶絶させる。

  

 苦悶の表情を浮かべながらも、モーリスは剣を離す事なく、膝を折る事もない。モーリスは、ひたすらに剣を振るう。その度に冬也に躱され掌打を食らう。激しい痛みがモーリスの全身に広がる。


 それでも、モーリスは冬也に挑んだ。


 避けるまでも無く、モーリスの剣は冬也には届かないだろう。傷一つ付ける事は叶わないだろう。だが、冬也はモーリスの剣を避けて、掌底でダメージを与え続ける。モーリスはそれに耐え、剣を振り続ける。


 ただの無謀であろうか。否、モーリスのマナは高まりを見せ続ける。戦いの中で、モーリスのマナは光を放ち始める。それは、紛う方なく神気の輝きである。


「ようやく至ったな」


 冬也が少し力を籠めるようにすると、更に強烈な神気が体から溢れ出る。それは、ペスカとアルキエルが手を加えた結界すらも、揺らす程であった。


 差は広がる一方。どれだけモーリスが力を籠めても、その差が埋まることは無いだろう。しかし、モーリスの心はもう折れはしない。

 揺るぐ事の無い意志、強靭な精神力、それが今日までモーリスを支えて来たのだから。闘志を燃やすモーリスはこの時、限界を超えて神気を高めていた。


「止めろモーリス。それ以上は、無理をするな! お前の体は人間のものだ。神気に耐えられない!」


 関係者席で観戦していたレグリュードは、怒声を上げる。敢えて無視しているのか、集中しすぎて聞こえてないのか、モーリスは更に神気を高めて剣を振るう。


「くそっ! 冬也、モーリスを止めてくれ!」


 冬也は少しレグリュードを見やり、軽く頷いた。冬也とて、この戦いを長引かせる気は無かった。モーリスが神気を扱える様にし、限界を教える事が出来れば充分だった。


 神気の宿ったモーリスの剣が、冬也が纏った神気を削っていく。それは最初に冬也が、アルキエルを倒した時に使った、剣に神気を集中させ威力を高める技と同じ。

 このまま神気同士がぶつかり合えば、衝突の余波で結界は消し飛び、会場ごと吹き飛ばされる。冬也は身に纏う神気を消す。そして振り下ろされるモーリスの剣が、冬也の体に届く。


 瞬間的に体を捻って、冬也は致命傷を逃れる。肩口に深い傷を作り、滂沱の血を流しながらも、冬也は掌底をモーリスの腹部に叩き入れる。激しい痛みに体が耐えきれず、モーリスは倒れ伏した。


「無理させて悪かった。ただ、やっぱりあんたすげぇよ。次は単純に技を競いたいぜ」


 薄れゆく意識の中で、冬也の声が響いていた。「届かなかった、でも次こそは」、モーリスは心の中で呟くと、完全に意識を失った。


 傷を塞ぐように、冬也は再び神気を体中に満たす。そして、試合会場を後にした。その後を追う様に、モーリスが試合会場から連れ出される。


 いったいどれだけの神が、冬也の神気の結界に傷をつけられる。関係者席に陣取る神々が、モーリスに拍手を贈る。観客席からは、モーリスの健闘を称える拍手が鳴り止まなかった。


 閉幕を告げるペスカのアナウンス。大会は終了しても、暫くの間は皆の興奮が収まる事は無かった。

 この夜、各地の酒場では、スポーツくじが当たった者が大盤振る舞いをする姿を見かけ、各家庭で話が尽きる事は無かった。会場前の屋台周辺では、祭り最後の夜を惜しむ様に、日の出を迎えるまで大騒ぎが続いた。

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