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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十一章 変わりゆく日常

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第三百四十七話 ロイスマリア武闘会 ~強者の戦い~

 大会二日目が終了し、観客席から客が流れ出る。運営スタッフは会場の点検を行い、宿舎に引き上げた選手達は、自分を選んだ神々に謁見していた。

 叱咤される者、称えられる者、アドバイスを受ける者と様々な選手が居る中で、誰も近寄らせまいと個室の中に二人きりで身を寄せ合う姉妹の姿が有った。


 姉レイピアは、提供された食事を毒見する様に一旦口に運ぶ。そして匙を使い、手ずから妹ソニアの口に食事を運んだ。食事が口元に運ばれると、妹ソニアは条件反応の様に口を開き咀嚼を始める。その姿は、ただ生かされているだけの、感情の無い人形にも見えた。


 一回戦の全試合を終えて尚、観客達の興奮は冷めやらない。一部ヒートアップした者達が諍いを起こし、監視員として雇われた魔獣達に取り押さえられる場面もあった。


 タールカールに来れなかった者達は、各地に設置された中継モニターを後にし、それぞれの場所へと戻る。仕事で中継を見れなかった者達は、戦いの内容を伝え聞き熱狂する。夜が更ければ、試合の結果と明日の予想をつまみに酒場では宴が始まる。各家庭では大会の話が、食卓に花を添える。


 まだ始まったばかりの祭りは、多くの者達の期待を乗せて三日目へと移る。


 一試合目はズマ対モーリス。

 二試合目はサムウェル対ベヒモス。

 三試合目はケーリア対エレナ。

 四試合目はレイピア対東郷遼太郎。


 ベヒモスを除く七名の選手が控室に入り、観客達は各々の席で試合開始を待つ。各地の中継モニターでは、昨日以上に多くの者が集まる。世界中に高揚感が満たされている様に、誰もがこれから始まる戦いに、胸を高鳴らせていた。


「それにしてもズマ。皆は見る目が無いと思わないか?」

「モーリス、見る目とは?」

「ペスカ殿が仕掛けた賭けの事だ。お前は俺達の中でも、一番倍率が高いそうだ。要するにズマ、皆からお前は優勝候補と見られてない」

「不思議な事ではありますまい? 私はちっぽけなゴブリンなのですから」


 出番を待つモーリスとズマは、会場へ繋がる入り口で雑談を交わしていた。アルキエルの弟子達の中で、ズマが一番最弱だと思われている。モーリスの言葉に、ズマは笑みを浮かべた。


「俺の体を強張らせ、心を滾らせる奴は、そうおらんのにな」

「始まればわかる事です。今日こそあなたに勝つ、モーリス」


 アルキエルの弟子となって、一番成長したのはズマだろう。動乱当時は魔獣達をまとめ、導いたカリスマ性に皆が従っていただけであった。だがズマは、四大魔獣すらも力で従わせる事が出来る程に強くなった。

 力こそ全て、そんな観念が未だに深く根付く魔獣の大陸で、ズマは名実共にトップに立った男。一回戦のガロスは、ズマの実力を半分も引き出せてない。真の実力を知っているからこそ、モーリスの体は緊張で強張り、胸は激しく高鳴る。


 互いの力を認め合い、技を磨き続けて来た一年余りの時間が、両者の頭の中に蘇る。体調は万全、気力も満ちている。そして、ズマとモーリスの登場を促すアナウンスが聞こえると、両者はマナを全身に満たした。


 通常のマナとは一線を画す、神気に近い程に濃密なマナ。一般の者では窺い知る事の出来ない、常識を超えた戦いが始まろうとしていた。


 会場の中心へ歩みを進ませる毎に、両者が纏うマナは濃く強くなっていく。観客達からは、両者が揺らいでいる様にも見える。大気を歪ませる程に強いマナを、間近で感じた観客達は一際大きな声で、両者に声援を送る。

 中央に立ち、向かい合うズマとモーリス。ズマが構え、モーリスが剣を抜く。そして、冬也から試合開始の合図が発せられた。


 速さではズマに分が有る、腕力ではモーリスに分が有る。では、ズマの小さく軽い体で、モーリスに致命打を与えられるのか? 

 答えは是。例えば、小石を一メートル先から軽く投げても、当たれば少し痛い程度で収まる。もし何十メートルも先から、音速で投げられた小石が当たれば、痛い処では済まない。


 ただ現実問題として、普通の生物の体は音速に耐えられずに崩壊する。ただし、ズマの体がその速度に耐え得るなら、ズマの一撃はライフルの弾丸にも匹敵する。

 ただし、それがズマの本領ではない。身体強化以外の魔法が不得手としているエレナとは異なり、ズマはマナの扱いに長けている。周囲の魔獣からは四元と呼称されるズマの技、それが一年余りの時間を掛けて、ズマを魔獣の頂点に君臨させた力である。


 開始直後にズマは、モーリスから大きく間合いを取り、猛スピードでモーリスの周囲を走り始めた。観客達は、ズマのスピードを肉眼では捉えられない。スーパースローなどという、近代テクノロジーを搭載しているなら兎も角、衛星中継でもズマのスピードは捉える事は出来なかった。


 やがてモーリスを包む様に、周囲には炎が巻き起こる。ズマのスピードにより、炎は竜巻の様に渦を巻き、モーリスを襲い始めた。

 観客達も衛星中継でも、ズマの動きは捉える事は出来ていない。但し、この時ズマはモーリスの周りを走りながら、炎の魔法と風の魔法を併用して炎の竜巻を作り上げていた。


 炎の竜巻は距離を詰めるように、モーリスに近づいていく。モーリスを中心にして、中は酸素量が極端に減り、空気が薄くなる。更にズマは土の魔法を上乗せした。炎と土の魔法が融合し、ドロドロとしたマグマが足元を埋め尽くする様に流れ込んでいく。


 そして極めつけは、水の魔法の併用であった。水の魔法は炎の魔法とぶつかり合い、強烈な蒸気を作り上げる。モーリスを中心とした空間は、まさに地獄と言っても過言ではない状態へと変化していった。


 薄くなった空気の中で、モーリスは微動だにせず魔法防御の結界を張り、ズマの魔法を防ぐ。そして意識を集中させて、ズマの動きを追った。


 目視で追うには、ズマのスピードは速すぎる。かと言って、ズマの動きに気を取られ過ぎては、魔法で手痛いダメージを被る。魔法への対処と、ズマの動きへの対応。一瞬でも気を抜けば、敗北どころか命を落としかねない。

 そんな状況で、一瞬の隙を狙ってモーリスはじっと耐える。それは強靭な精神力を持つ、モーリスだから出来るのだろう。


 ズマの姿は見えなくても、派手な攻撃は観客席からも見えている。会場中央で剣を構えて、意識を集中するモーリスの姿は、素人目に見ても鬼気迫る迫力が有った。観客席は、この勝負に魅入られたかの様に静まり返る。


 ズマは知っていた。このまま時間が経過しても、モーリスは窒息で意識を失う事はないだろう事を。ましてや、炎の渦とマグマで焼ける事もない。何故なら何度も手合わせした間柄なのだから。


 ズマは体を急反転させて、回転する向きを変える。モーリスはその一瞬に、ズマを見失う。回転する勢いと、尋常じゃないスピードを乗せて、モーリスとの距離を詰める。


 死角からの強襲、避けられるはずの無い攻撃。それでも、モーリスはズマの攻撃に対応した。頭上から振り下ろされるズマの蹴りに、モーリスは斬り上げる様に剣を振るった。ぶつかるズマの足とモーリスの剣、激しい音を立てて互いが後方へ飛ばされた。


 モーリスは予感していた。何百何千と繰り返した手合わせで、ズマの手の内は知っている。ズマを見失っていても、ズマの攻撃を予測して剣を振った。

 モーリスの賭けが外れていたら、痛恨のダメージを受けていただろう。しかし、モーリスはまだ無事である。


 そして、両者は素早く立ち上がる。モーリスが剣を構える間に、ズマは素早くモーリスとの距離を詰めた。繰り出されるズマの拳、それをモーリスは剣で受けず瞬間的に大きく横に飛んで避けた。


 ズマの繰り出された拳と共に、鋭利な風の刃が放たれる。モーリスがズマの拳を剣で受け止めていたなら、今頃は両腕を切り落とされていただろう。これら一連の猛攻が、モーリスを追い詰めている、四元と呼ばれる技の本領である。


 すかさずズマは体を回転させる様に、上段から蹴りを放つ。ズマの足には炎が纏わりつき、まるで塊状溶岩の様な高温の塊がモーリスの頭上に降り注ぐ。


 だが、モーリスはその攻撃を避けなかった。待っていたかの様に、躊躇う事なくモーリスは剣を振るった。剣に籠められた濃密なマナが、炎の塊を切り裂いていく。カウンター気味に繰り出されたモーリスの一撃は、ズマの体ごと吹き飛ばした。


 序盤からズマが優勢だった。だがこの瞬間に、モーリスが攻勢に転じた。


 空を飛ぶズマは、態勢を立て直せない。その隙をモーリスは突いた。鋭く振られるモーリスの剣を、ズマは足を岩石で固めてガードする。

 しかし、塊状溶岩すら一刀の下に切り裂くモーリスの剣が、岩石を切れぬはずが無い。そして、モーリスは決して好機を逃さない。モーリスの剣は、岩石を切り裂いてズマに迫る。


 ただ、ズマは最後まで諦めない。濃密なマナで体を覆い、喉先まで迫ったモーリスの剣を食い止める。飛ばされたズマの体が地に着くまで、僅か一秒の間に両者は激しくマナをぶつけ合わせ、目を眩ませる程の光が飛び散った。


 ズマの誤算だったのは、余りにも己の体が軽すぎた事だろう。体が地に着きバウンドし転がる、ズマは上手く態勢を整えられない。その間、モーリスは全力で押し込む様に、ズマの体に剣を突きつけ様とした。


「おぁぁああああああああああ!」 

 

 モーリスは雄叫びを上げた。最後の一撃をズマに加える為に。


「うぉぁああああああああああ!」


 ズマは吠えた。再び好機を掴む為に。


 激しくマナがぶつかる。飛び散る光は更に勢いを増す。両者のマナは互角としか思えない。勝ちに対する執念も。

 横たわったままの体制でズマは両手を突き出す様にし、マナでモーリスの剣を受け止める。だが、じわじわとズマが押されていく。少しずつ、モーリスの剣がズマの体に近づいていく。モーリスのマナが、ズマのマナを削っていくかの様に。


 そしてモーリスの剣が、ズマの体まで数センチに迫った時、冬也の口からモーリス勝利の宣言が告げられた。


「文句はねぇよなズマ」


 剣を納めたモーリスの手を取り、ズマが立ち上がる。ズマは笑みを浮かべて、冬也に向かい頷いた。


「当然です。あのまま続けても、私に勝機は訪れなかった。モーリス、私の負けです」


 勝者を称える様なズマの笑み。そして終始、息を吞む様に勝負の行方を見守っていた観客達から、割れんばかりの拍手と歓声が上がる。


「やはり流石だズマ。俺が勝ったのは、運が良かったからだ」


 モーリスの言葉は謙遜ではない。最初の攻防で、モーリスは体の半分以上失っていても、おかしくはなかった。

 互いの健闘を称えて、両者はがっしりと握手する。その光景に、更なる拍手が贈られた。

 

「おい! あんたら皆このレベルか? 化け物過ぎねぇか?」

「流石に化け物は酷いぜ、遼太郎。だがよぅ、久しぶりに熱くなっちまった」


 次の試合に待機していたサムウェルは、闘志を燃やす。ズマとモーリスの戦いは、会場外で待機していた温厚なベヒモスの心も動かす。いずれも混戦が予想される二回戦は、まだ始まったばかりである。

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