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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十一章 変わりゆく日常
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第三百四十五話 ロイスマリア武闘会 ~狂気と警告~

 それはほんの気まぐれであった。たまたま地上に目を向けた時に、巨人の子供が目に入った。巨人の子供は、一心不乱に剣を振り続けていた。

 火の神フレイは、温厚で知られる巨人が剣を振る事を珍しいと感じた。特に興味を持った訳ではない、しかし火の神フレイは話しかけた。


「お前は、何で剣を振るうんだ?」

「一族を守りたいからです」


 神を目の前にして、巨人の子供は剣を振るう事を止めない。不敬に当たる行為を咎める事無く、火の神フレイは質問を続けた。


「何から守るんだ? お前ら巨人をどうこう出来るのは、フェンリル達しかいねぇだろ?」

「四大魔獣は、女神が創りし聖獣です。我らが道を違えない限りは、害する事はありません」

「なら、何から守るんだ?」

「わかりません。わかりませんが、ただ……」


 巨人の子供は、少し口を噤むと言葉を続けた。


「小さな魔獣達が、己の存在をかけ食らい合うのは必要なのでしょう。淘汰の果てに、強者が生まれるのでしょうから。そして我ら巨人は元々大きく強い、それは何故なのでしょうか?」

「そりゃあ、フェンリル達が暴走したら困るからだろうが」

「本当にそれだけでしょうか? 俺にはそれだけで良いとは思いません」

「はぁ? そりゃどういう事だ?」

「エンシェントドラゴンや四大魔獣が揃って暴走する状況は、何らかの異変がなければ起こり得ません。それは、神にすら手に余るでしょう。そんな時に、神は地上の者達をお守り頂けるのでしょうか?」

「だからお前は、強くなる為に剣を振るうのか? テュホンやユミルに任せとけばいいんじゃないのか?」

「テュホンとユミルは、一族の知恵です。俺が戦わないと、俺が強くならないと」

「ははっ、面白れぇな。お前の名は?」

「スルトです」


 何が火の神フレイを惹きつけたのか、巨人の子スルトとは度々言葉を重ねる様になった。火の神フレイはスルトの修行を楽しそうに眺める。

 相性が良かったのかもしれない。スルトも火の神フレイとの会話を楽しみにする様になった。


「なぁ、スルト。お前がもう少し大きくなったら、お前専用の剣を作ってやる」

「フレイ様、本当ですか?」

「あぁ。実際に作るのは、俺じゃないけどな。ミュール様に頼んでやるよ。それで、みんなを守ってやってくれよな。お前が強くなったら、俺の眷属にしてやるよ」


 一つの約束は果たされる。火の神フレイは己の神格を少し削り、女神ミュールに頼んだ。これで剣を作ってくれと。そして作られたのが、炎の剣レーヴァテイン。

 二つ目の約束は果たされる事は無かった。火の神フレイは反フィアーナ派の手にかかり、複数の土地神の神格と融合させられた上で、邪神ロメリアの器となり事実上消滅した。


 スルトはレーヴァテインを握る度に、火の神フレイの言葉を思い出す。「みんなを守ってやってくれ」、その言葉に従いスルトは戦い続けて来た。

 しかし先の動乱では、多くの魔獣を失った。守り切れなかった。しかし、悔しさを全て呑み込んだ。この剣がある限り心が折れる事は無い。挫折など自分には一万年も早いと言い聞かせて。


 ☆ ☆ ☆


 大会二日目のメインイベントとも言えるエレナの試合が終わると、観客席の興奮がやや収まる。それは少しばかりの喪失感なのだろう。エレナを見ていたいファンは、未だにエレナコールを止めない。そんな中、レイピアとスルトが会場に足を踏み出した。


 会場へ足を進める両者は、対照的であった。見た目の大きさはさておき、片や能面の様に無表情のまま、細い剣を携えるレイピア。片や泰然とした様子で堂々と足を進めるスルト。


 魔獣側の観客席からは、巨人スルトを応援する声が上がる。禁忌に触れまいとしたのか、それとも恐怖からか。魔獣側の観客席に呑まれる様に、亜人側の観客席からもスルトを応援する声が上がる。


 エルフの伝承を知る者がほとんどいない人間達には、どちらにも思い入れが無い。しかし緊張は伝播する。そして、観客席全てがスルトの応援一色になっていった。


 審判である冬也は、両者を冷静に観察していた。技量では互角であろう。マナの総量でも、然程の違いは無い。


 だが、勝負も互角とはならないだろう。漠然と冬也は感じていた。


 理由は、レイピアに対する違和感だろう。昨日の二試合目、レイピアが殺気を放ったのは二回。妹ソニアが自分の下から離れた時と、モーリスの攻撃で倒れた時である。妹を案じる気持ちなら、痛いほどにわかる。冬也とて、ペスカを傷付ける者には、それなりの報復をして来たのだから。


 現在ソニアは、タールカールに留まり宿舎の隅で蹲っている。妹が自分から離れていても、レイピアは今日これまで殺気を放っていない。何もかもに絶望し、互いに依存し合っているなら、レイピアの行動は不可思議に感じる。何がレイピアの忌諱にふれるのか、全くわからない。

 レイピアに対し、単純な感情論では推し量れない、酷く深い闇を感じる。その闇こそが、冬也を警戒させていた。


「四の五の考えんのは、俺の柄じゃねぇよ」


 答えの出ない考察を止め、冬也は試合開始の宣言を行う。何も起こらない事を願って。


 そして勝負は、スルトの先制で始まった。


 開始直後にレーヴァテインを振りかぶるスルト、そして大地ごと一刀両断にするかの勢いで振り下ろす。片やレイピアは、レーヴァテインが眼前に迫っても微動だにしなかった。


 正にレイピアの頭を勝ち割ろうとした瞬間に、スルトはレーヴァテインを止める。


 会場中が呆気に取られていた。手が出ないのではないだろう。戦う気が無い、そう思わせるレイピアの行動である。何とも味気ないが、勝敗はついたと誰もが思った。


 スルトがレーヴァテインを鞘に納めようとした時、事態は加速した。レイピアは、居合抜きの容量で素早く剣を抜くと、利き手側の死角からスルトに斬りかかる。既の所でスルトは、体を屈ませる様に反転させ、半分鞘に納まったレーヴァテインでレイピアの剣を受け止めた。


「殺す事が出来ないなら、剣を握るな」


 小さく呟かれた声は、甲高い響きにかき消され、近くにいるスルトの耳にすら届く事は無い。二撃目、三撃目とレイピアの攻撃は続き、態勢が整いきれていないスルトは、受けきるだけで精一杯になる。 


 スルトに油断が有った事は否めない。正々堂々と戦えなんてルールは、存在していない。だがこれは、武の頂点を決める大会であると同時に、神の眷属足り得る事を見極める戦いでもある。

 出場者の中に、出し抜く様な戦い方を行う者がいるとは、スルトは予想だにしていなかった。しかし、狂気はいつの時も弱みに付け込む様に牙を立てる。かつて邪神が、退却を余儀なくされた魔獣軍団の背後を狙って現れた様に。


 レイピアの斬撃は鞭の様にしなり、上下左右いたる所からスルトに襲いかかる。スルトは自分と同体格か、それ以上の体躯の者を相手にしている感覚に陥っていた。終ぞスルトは、本気を出す事が出来なかった。


 防戦の果てに、利き腕を切り飛ばされる。利き腕と共に、レーヴァテインがスルトの下から離れる。腕からは血が噴き出す。倒れ込むスルトに、躊躇なくレイピアは剣を振り下ろした。


「止めろ。お前の勝ちだ。これ以上は俺が許さねぇ」


 レイピアの剣は、スルトには届かず途中で止まっていた。冬也は刀身を力強く握りしめて、レイピアを睨め付けた。


「こんな糞つまんねぇ勝負を、俺に見せんじゃねぇ! てめぇは言ったな、殺す事がどうのってよ。あいつの傷は油断したせいだ! だがな、間違えんなよ! スルトはてめぇを敵として見ちゃいねぇ。敵だったなら、結果は真逆だ! 二度とこんな真似をしてみろ、次は容赦しねぇ!」


 冬也は声を荒げると同時に、その手に掴んだレイピアの剣を握りつぶす様にし砕いた。これは二度目の警告、三度目は無い。それだけの威圧感を漂わせて放たれた言葉にも関わらず、レイピアは折れた剣を投げ捨て無表情のまま会場を後にした。


「やれるものならやってみろ」


 そう、小さく呟いて。


 レイピアと入れ替わる様にクロノスが会場内に入り、素早くスルトの血を止める。そして、腕の接合治療を行う為、スルトは会場から運びだされる。


「東郷冬也。あの姉妹だけには関わるな。今ならまだ間に合う、奴を出場停止にしろ! お前がやらないなら、俺からラアルフィーネ様に進言するぞ!」

「クロノス。余計な事はすんじゃねぇ」

「馬鹿な! 次は死人が出るぞ! 貴様の父か、エルラフィアの守護者か」

「それこそ余計なお世話だ、クロノス。親父やトールさんが、あんなのに負けやしねぇよ」

「いいか。こんな下らない事に関わって、神の力を行使するなよ。お前達は、今でもこの世界の希望なんだ」

「わかってる。始末をつけるのは、俺じゃねぇ。ラアルフィーネさんか、エレナだ。俺の役目は、そのお膳立てだ」

「それならいい」


 冬也の事を慮ってかけられた、クロノスの言葉を嬉しく思いながらも、冬也の中にはモヤモヤした何かが残った。無論、積極的に関わるつもりはない。だが、下らないと捨て置けはしない。


 殺した数を比べるなら、アルキエルは彼女らの倍では済まない。ロイスマリアを放棄し、アルキエル打倒を目指した原初の神々は、多くの生物に命の危機を与えた罪を問われるべきだろう。

 しかし、許し合い認め合い、共に生きると決めたのだ。新たな道を模索すると決めたのだ。彼女らにやり直す機会が与えられないのは、理不尽であろう。


「はぁ。あめぇのは俺も一緒だな。だけど、それが筋ってもんだろ?」


 冬也は眉をひそめ、溜息交じりに零した。冬也の思慮を知る事なく、レイピアは控室を抜け宿舎へ向かう。出番を待っていた遼太郎の脇を抜けて。


「なぁトールさん」

「遼太郎殿、何か?」

「試合だけどよ、勝たなきゃいけねぇ理由が出来ちまった」

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