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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十一章 変わりゆく日常
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第三百四十一話 ロイスマリア武闘会 ~浮雲の様に~

 恐らく一番、平凡な日常を送る事を望んでいたのがサムウェルなのだろう。彼は望まぬ才能に恵まれた、不運な男だったのかもしれない。


 つまらない雑務に精を出し、たまの休みにはのんびりと街を散策し、訪れた酒場には悪友が待っている。そんな悪友達と昼間から酒を酌み交わし、何てことの無い雑談に興じる。


 サムウェルは、そんな他愛もない日々が続く事を本気で望んでいる男だった。


 ただサムウェルには才能が有った。その才能故に、彼は戦わざるを得なかった。他者が羨む才能は、彼には不要だった。武術を競い合うのは好きだが戦争は嫌いだった。何よりも憎しみ合う事が、たまらなく嫌だった。しかし反比例するかの様に、その才能は彼の望まぬ戦いにおいて発揮された。


 サムウェルが数々の女性と浮名を流したのも反動故だろう。女神レオーネから眷属にと誘われた時に、求婚したのも本気ではない。自分を突き動かす何かが欲しかっただけ。

 そして今、サムウェルは欠伸をしながら、モーリスとソニアの試合を退屈そうに眺めていた。結果はわかっていると言わんばかりに。


「糞つまんねぇ試合だな。なぁ、あんたもそう思うだろ?」


 サムウェルが視線を向けた先には、うつぶせ寝の姿勢で欠伸をするフェンリルの姿が有った。直ぐに起き上がれる様にしながらも、サムウェルと同様に退屈そうに試合を眺めている巨大な狼フェンリル。彼らには、同じ控室内で放たれるレイピアの殺気は、脅威にすら感じていなかった。寧ろ、祭りの邪魔になる厄介者にしか思っていない。


「確かにな、面白くない。王の試合みたいに、心が躍らないな」

「そう言えば、あんたはズマの所の奴だったな。にしちゃあ、他の奴らと比べて小さいな」

「それは他のが大きいだけだ。特にベヒモスの奴は、別格だしな」

「でも、あんたは強そうだ」

「俺だって伊達に、四大魔獣なんて呼ばれ方はしてないつもりだ。つまらない勝負には、ならない筈だ」

「ははっ、そりゃ良い。せっかくの祭りなんだ、辛気くせぇ面してねぇで楽しまなきゃな」

「そう言ってやるな。真面目なんだよ、どいつもこいつも」


 フンと鼻を鳴らすフェンリル。彼もまた、四大魔獣の中では異色だった。


 いつも高い山の頂上で寝そべり、広がる光景をのんびりと眺めていた。そんな時間をなによりも大切にしていた。それでも仲間の窮地には即座に駆け付ける、フェンリルとはそんな魔獣であった。かつて、邪神ロメリアの残滓に洗脳を施された時、次々と落ちていく仲間達を鼓舞し、最後まで抵抗を続けたのもフェンリルだった。


「なぁあんた。あの雲みたいになりたいって、思った事はないか?」

「有るな。いつも思っていた。つまらない制約から解き放たれたいってな」

「あんたとは気が合いそうだ」


 サムウェルは、会場への入り口から見える空を指差した。そして空に浮かぶ雲を見つめ、フェンリルは僅かに頭を上げると頷いた。


 望んで手に入れた力ではない。


 四大魔獣は、エンシェントドラゴンの穴埋めとして神によって創られた。フェンリルは己の使命を理解はしていても、納得はしていなかった。女神ゼフィロスによって眷属候補に使命されても、何の感慨も無かった。


 フェンリルは、そっとサムウェルに視線を向ける。会話をする毎に、泰然とした雰囲気の小さな人間へ、興味を持ち始めていた。使命に従うのが全てではない。何の為にここから先の道を進むのか、漠然とした何かを掴めそうな気がしていた。


 やがて前の試合が終わり、出番が訪れる。両者は同時に立ち上がると、会場へ向かう。そこからは、一切の会話はなかった。しかし互いの考えている事は、わかる様な気がしていた。


 力を出し尽くし、勝負を全力で楽しみたい。


 全身にマナが漲る。溢れる闘志は、会場に伝わり熱気に変わる。割れんばかりの歓声の中、試合開始の宣言が告げられる。


 次の瞬間、サムウェルの槍とフェンリルの爪が激しくぶつかった。例えるならば猿と象ほどの対格差。しかし対格差をものともせずに、サムウェルはフェンリルの爪を受けきる。 

 両者は一歩も引かずに、再びぶつかり合う。二度目の時、サムウェルはフェンリルの爪を受け流した。激しい攻撃に押される事無く、力を巧みに逃して。躱された形になったフェンリルは、やや態勢を崩しかけながらも直ぐに次の攻撃へ移る。


 巨大な体躯に関わらず、フェンリルは俊敏な動きでサムウェルの視界から消えた。


 力押しだけで勝てる相手で無い事は、最初の攻撃で理解した。技で勝てない事は、二度目の攻撃で理解させられた。自分の攻撃に耐えきる力と技、一瞬でも油断すれば敗北は必至。しかしフェンリルにも、サムウェルに勝るものが有る。速さはズマやエレナにも劣らない。

 フェンリルは試合会場を全力で駆け回り、サムウェルに焦点を絞らせない様に務める。それに元より対格差が違う。一撃だけで良い、それだけでサムウェルに致命傷を与えられる。フェンリルは懸命にサムウェルの隙を伺った。


 フェンリルの一撃目を、サムウェルは槍の先端にマナを集中させて受け止めた。決して腕力が互角だった訳では無く、サムウェルの技が有ってこそである。だが、サムウェルの本領は技では無い。高度な思考による行動予測、それこそがサムウェルを勝者足らしめてきた。


 サムウェルは控室に居る時から、フェンリルを観察していた。フェンリルの言葉から思考パターンを予測し、僅かな機微から行動パターンを予測した。

 そしてサムウェルは理解していた。フェンリルは挑発に乗るほど愚かな魔獣ではない事を、見え見えの隙を作っても容易に引っ掛かる魔獣ではない事を。スピードで自分を翻弄し、自分の死角を突いて来る事を。

 

 フェンリルが知っておくべきだったのは、サムウェルに死角が無い事だろう。どれだけ速度で勝る相手でも、サムウェルは対応できるのだから。

 サムウェルが理解しておくべきだったのは、フェンリルがただの魔獣ではない事だろう。かつて生存競争の激しかったドラグスメリア大陸において、捕食者であり続ける事は並大抵の強さでは成し得ないのだから。


 フェンリルの動く速度が上がり、観客達が目で追えなくなる。サムウェルの背後から、猛烈な勢いでフェンリルの爪が襲いかかる。その攻撃を読んでいたサムウェルは、難なく躱してカウンターブローの様に槍を突き出す。


 普通なら、これで勝敗が着くはずだった。四大魔獣の名は見せかけではない。フェンリルは躱された爪を体に引き戻しながら、サムウェルの槍を弾く。そして大きな顎を開き、サムウェルに鋭い牙を突き立てた。ギリギリで避けたつもりのサムウェルだが、僅かに牙が体を掠め、肩から胴にかけて傷を作る。そこから、裂ける様に血が噴き出した。


 噴き出す血を止める為、サムウェルはフェンリルから間合いを取る様に後方へ飛ぶ。そしてマナの力で治癒力を高めて、急速に傷を塞ぐ。決して傷は軽くない、集中しなければ治癒は行えない。その瞬間にこそ、フェンリルが求めた隙が生じた。


 後方へ飛んだサムウェルを追う様に、フェンリルは爪を振りかぶる。サムウェルは、態勢を立て直せない。フェンリルが爪を振り下ろそうと、一歩を踏み出した瞬間だった。フェンリルは窪みに足を取られて態勢を崩す。振り下ろされた爪はサムウェルから外れ、空を切った。


 この時、立場が逆転する。


 態勢を崩したフェンリルの胴に、持ち直したサムウェルが槍を突き立てる。避けられないと判断したフェンリルは、マナを胴に集中させて肉体を更に強化する。サムウェルの槍は胴を貫かなかったものの、激しい衝撃にフェンリルは吹き飛ばされ倒れる。そして、サムウェルはフェンリルの眉間に槍を添えた。

 

 そして、高らかに告げられるサムウェルの勝利。それまで固唾を呑んで勝負の行方を見守って来た観客達から、一斉に歓声が上がった。壮絶な戦いを称えるかの様に、拍手が鳴り止まない。そんな中、槍を納めるサムウェルに対し、起き上がりながらフェンリルは問いかけた。


「いつからだ?」

「いつからって、あの窪みか? あれは最初からだ。罠を張るのは性分なんだよ、悪く思うなよ」


 やや肩を上げ、苦笑いをして答えるサムウェル。そんなサムウェルに対し、フェンリルは首を振った。


「いや、完敗だ」

「違うぜ、ただの運だ」

「そんな事は無い、それも含めてお前の勝ちだ」

「楽しかったぜ、フェンリル」

「俺もだ、サムウェル」

 

 そして、両者は空を見上げる。澄んだ青空には白い雲が浮かぶ。戦いを終え、両者の心は晴れ渡っていた。

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