第三百三十一話 ロイスマリア武闘会 ~開催へ向けて 前編~
現在の旧メルドマリューネの首都は、世界議会や司法局を始め、それに関連した施設が立ち並ぶ、言わば世界の中心になっている。
道は綺麗に舗装され、立ち並ぶ建物はおよそ十階以上の高さが有る。滑らかな石を削りだした様な外壁と透き通ったガラス板が並ぶ意匠は、この世界の主流である木造や煉瓦造り若しくは石造りの建物とは明らかに見た目が異なる事から、新たな技術で造られたものと容易にうかがえた。
また、高層建築物群の近くには、広大な飛空艇の発着場が造られており、離着陸を繰り返している。
様々な種族と神が行き交う都市を守る様に、大型のトロールやウルガルム等の魔獣が警備の為にあちらこちらに配置され、目を光らせている。
かつてこの地で地獄絵図が展開されていたとは、想像出来ない程の国際都市となっていた。
ある日の夕食時にアルキエルが提案した企画。それを実現させる為に、ペスカと冬也それにアルキエルは旧メルドマリューネの首都を訪れていた。目的地は世界議会が執り行われる議事堂。そしてペスカ達は、呑気に街並みを眺めながら歩いていた。
「こんなの見ると、地球に戻った気分になるな。まぁ、歩いてる奴らを除けばだけどな」
荒れ果てた旧メルドマリューネの首都の姿を知る冬也は、零す様に呟く。そこには平和になった世界の姿よりも、極端な変化に驚きキョロキョロと辺りを見回す冬也の姿が有った。
「冬也ぁ。地球ってのは、ちっと前に行った所か?」
「俺にとっては、だいぶ前だけどな」
「この間は良く見なかったけど、こんな奇妙な建物が並んでるんだな」
「あぁ。中世から現代にタイムスリップした気分になるぜ」
戦い以外はさして興味が無いアルキエルでさえも、少し不思議そうな面持ちで辺りを眺めている。そんな冬也達を見やり、ペスカは鼻を膨らませていた。
「凄いでしょ! SRC造を再現したの! まぁ、実際に建てたのは、ドワーフ達だけどね」
「まぁ技術力は、人間よりもドワーフの方が高いからな。後は発想の問題か。にしてもよ、歴史をすっ飛ばしちゃいねぇか?」
「そんな事ないよ、お兄ちゃん。原初の神様達が、文明の進化を意図的に止めていなければ、有り得た光景だよ。特にこの世界には、知能の高いエルフが居るんだし。SFチックな近未来都市が出来上がっていても、不思議じゃないよ」
確かに可能性はゼロでは無い、有り得た光景なのかもしれない。ペスカの言い分には一理有る。しかし冬也は首を傾げた。
「そんなもんか?」
「ちげぇだろうな。いくらエルフ共でも、この世界には無い発想だろ? 導く奴次第で、行き着く結果は全く別になる。ペスカぁ、色んな意味でお前は異端だ。寝首を搔かれない様に、気を付けるんだな」
ぶっきらぼうなアルキエルの言葉に、ペスカは少し言葉を詰まらせる。『道を間違えるな、反フィアーナ派と呼ばれた連中の様に』。アルキエルの真意は、ペスカにも伝わっている。事の顛末を間近に見てきたからこそ、ペスカは言葉を詰まらせたのだろう。
事実、ペスカは様々な技術をこの世界に齎した。ただそれだけで終わるならば、人間達に知恵を授け進歩を促進させようとした、反フィアーナ派と何ら変わりはしない。
ただ過去を知り、そこから学ぶ事は有る。歴史は必ず繰り返す訳では無い。現在のロイスマリアには、是非を問う機関が有る。神の一方的な押し付けでは無く、地上で生きる者と神が共により良い未来について、語り合う事が出来るなら、悲劇の起こる確率は少なくなるだろう。
例えペスカであっても万能ではない。目が届かない箇所は多く存在する。全てを背負って責任を取る事など、出来るはずもない。
だからペスカは、発案をするが運用については他者に判断を委ねる。それは、自ら考える余地を与える事であり、単に享受するのとは異なる。
実際に眼前に広がる巨大な建築物、それを造り上げる技術を採用したのは世界議会で有り、様々な立場の者の総意なのである。
「うっ! アルキエルが生意気! そんな事を言うと、手伝ってあげないよ!」
「はぁ? 誰が手を貸せって言ったんだ、糞娘!」
「ふぅ。アルキエルとお兄ちゃんだけで、何が出来るって? どうせ、ミュール様に反論できないよ。んだこらぁって、恫喝するだけだよ」
「あぁ? 生意気な事を言ってんじゃねぇぞ、ペスカぁ」
アルキエルに正論を説かれたのが余程悔しかったのか、ペスカはお返しとばかりに言い放つ。しかし、アルキエルも黙ってはいない。アルキエルがやや喧嘩腰になった所で、冬也が口を挟んだ。
「ちょっと黙れアルキエル。こればっかりはペスカの言う通りだ。ついこの間、喧嘩になりかけたばっかりだろ。俺らとミュールじゃ相性が悪いんだ。ところでペスカ、何か作戦が有るんだろ?」
「フフン。さっすがお兄ちゃんだね!」
得意げに揺れない胸を逸らすペスカ。これが、女神ラアルフィーネならば、少しは冬也もドキッとしたのだろうが。そして、流石のアルキエルも禁句には触れない。
「今は、神が少ないでしょ?」
ペスカはチラッと、アルキエルに視線を送りながら口を開く。対するアルキエルは、ペスカから視線を逸らす。
「そこを突くんだよ!」
「意味がわかんねぇよ! 兄ちゃんにもわかる様に説明してくれよ」
簡単過ぎるペスカの言葉は、冬也には理解が出来ない。少し呆れた様な表情で、ペスカから視線を逸らしながら、アルキエルが言い放つ。
「相変わらず馬鹿だな冬也ぁ。お前が、スールやブルを眷属にした様に、原初の奴らに眷属を増やさせるって事だろうが」
「どういう事だ?」
「わかんねぇか、冬也ぁ。神に至るってのは、それこそ奇跡なんだ。この糞娘は英雄と呼ばれて、信仰の対象に成り得たから、神に至ったんだ。そうそう起こるもんじゃねぇ。ブルの野郎に神格が育ってるのも、似たような理由だぁ。神が神の眷属になるのとは、違うんだ。そこいらのクソガキが、簡単に神の眷属になれやしねぇし、仮に眷属になったとしても神には至らねぇ」
「つまり、行いが重要って事か?」
「そうだ。神足り得る器の形成ってやつだ」
その瞬間、冬也の脳裏に知人の姿が過る。大乱で戦果を挙げ、今なお魂を輝かせ続ける者達の姿が。そして、冬也の表情に浮かぶ機微を感じ取ったのか、ペスカは少し笑みを浮かべた。
「さて、そろそろ着くし。お兄ちゃん達は、喧嘩しない様に黙っててね。大人しくしてた方が、かえって不気味に感じて、言う事を聞いてくれるかもしれないから」
「けっ、勝手にしやがれ」
「任せるぞ、ペスカ」
むすっとした様子のアルキエルと、先程の会話を反芻する様に理解に努める冬也。両者を引き連れ、ペスカは議事堂の入り口まで辿り着く。衛兵がペスカ達の顔を知らない訳も無く、一同はすんなりと議事堂へ通される。
ペスカは大地母神の三柱を呼び出すと、七人も入れば狭く感じる程の会議室に案内される。議事堂自体には、魔法や物理攻撃に対する結界が張らている。一同が通された会議室は、更に防音対策を施されていた。
豪華な椅子に腰かけると、ペスカは背もたれに体を預ける。
「相変わらず、ふかふかだぁ~」
ペスカの呑気な声を余所に、冬也とアルキエルはズカっと腰を下ろす。
「殺気を放つなアルキエル。相手は敵じゃねぇんだ」
「そりゃあお前だろ冬也ぁ。威圧感が駄々洩れだ」
「静かにして! さっきも言ったでしょ!」
冬也とアルキエルのせいで、室内には嫌な緊張感が高まる。そんな冬也達をペスカが諫める。そんな事を繰り返していると、女神フィアーナが会議室内に入って来る。
「冬也君、珍しく緊張してるの? ちょっと怖いわよ」
「ほら、言った通りじゃねぇか」
「馬鹿ね、アルキエル。貴方は論外なのよ」
フィアーナに続き、女神ラアルフィーネと女神ミュールが遅れて会議室に入る。
「待たせたかしら?」
「そんな事は無いですよ、ラアルフィーネ様」
「ところで、何の用なの? あんた達のせいで、こっちは忙しいんだから」
柔らかく微笑むラアルフィーネと対照的に、ミュールは冷たく言い放つ。そして、全員が会議室に入り、しっかりと鍵が掛けられる。
顔を突き合わせる女神とペスカ達。武闘会の開催に向けての話し合いが、始まろうとしていた。