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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十一章 変わりゆく日常

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第三百二十四話 アルキエルの一日

 夜は寝るもんだ。


 相変わらず、冬也は無茶を言いやがる。寝るなんてのは、真っ当な生き物のする事だ。俺には関係ねぇだろ。

 ペスカの奴は、自分の屋敷に俺の部屋を用意しやがった。冗談じゃねぇ、そんな所に籠っていたら、夜の良さが味わえねぇだろ。


 だから俺は大抵、屋敷の屋上で夜を過ごす。

 

 暗闇の中で耳を澄ませば、潮騒の音が聞こえる。真っ黒に染まった海を眺めると、幾つかの光が見える。

 確か冬也が言ってた、夜の海で灯りを焚いて漁をするんだってな。遠く果てまで続く漆黒の海、そこから続くのは空に瞬く小さな光の群れ。

 仰ぎ見れば、天に広がる数多の星々。漆黒の空にちりばめられた光に少しばかり心を奪われる。

 

 何よりも夜の良さは、この静寂だ。昼間の喧騒は何処へ行ったのかと思える程に静まり返り、潮騒の音だけが心地よく耳へ届く。俺はこの静寂の中で、深く、深く、瞑想する。


 未だに冬也に勝つ事は出来ねぇ。冬也の苦手な槍や剣を使った勝負であれば、何本か取れるんだ。そりゃあそうだろうよ、俺は戦いの神だ。技の上で遥かに勝って当然だ。

 だが、それで冬也に勝ったとは到底思えねぇ。だから、己を研ぎ澄ませる様に、瞑想するんだ。

 数えきれねぇ程やった冬也との勝負は、体が覚えている。余計な雑念を払い落していくと、まるで冬也と戦っているかの様な感覚になっていく。

 爪の先まで神経を張り詰めると、自然と闘気が満ちていく。幾多の経験が、俺を高めていく。


 この瞬間は、何よりも代えがたい大切な時間だ。

 

 それにしても、夜は一瞬で終わっちまう。水平線に赤い日が顔を出せば、夜の終わりだ。

 日が昇り赤が薄れていくと共に、空は黒から青へと少しずつ変わっていく。海原の煌めき、空の移り変わり。俺らしくもねぇ、この光景を美しいと思っちまう。原初の連中をぶち殺さねぇで良かったと、心から思うぜ。


 日が完全に顔を出せば、一日の始まりだ。そして、俺は転移する。一々国の名前は覚えちゃいねぇが、転移した先には当然の様にモーリスが待っている。


「師匠。今日も、よろしくお願いいたします」


 俺が現れると、モーリスは決まって深々と頭を下げる。この男を一言で表すなら、愚直だろうな。良いも悪いも真っ直ぐな男だ。だからこその、強さなのかもな。


 俺が訓練用に作った空間への入り口を開けると、モーリスは「お先に失礼します」と言って、空間へ入っていく。

 モーリスが空間へ消えたのを見届けると入り口を閉じ、俺は次の場所へ転移する。次の場所で待っているのは、ケーリアだ。

 

「今日こそ、師匠から一本を取って見せます」


 何が師匠だ、馬鹿野郎共が。


 モーリスよりは融通が利く奴だが、生真面目な男だ。大剣を使う事から、戦い方は俺に似ている。こいつも人間離れした強さを持っている。不思議だ、こんな奴らが同じ時代に存在するなんてな。

 これも、原初の連中が企んだ事か? いや、そんな事はどうでも良い。俺にとって、楽しみが増えてるんだからな。

 

 ケーリアを、空間に入れると更に転移する。槍を携え怠そうにしているのが、サムウェルだ。

 一見すると軽薄に映るが、こいつの中には熱い魂が燃え盛ってやがる。そして天才とは、こいつの事を言うのだろう。

 だがこいつは色々な事が見えすぎだ。そこそこ頭が切れる故だろうか勿体ない男だ。もし、槍にのみ一心に鍛えていたら、今頃は俺にも届いていただろう。

  

 サムウェルを空間に入れると、次は魔獣の大陸だ。魔獣の中には、人間より遥かに強力な力を持つ者が多い。

 だが、目の前にいる男は違う。いかにもちっぽけな存在。だが、こいつは魔獣の大陸で長になった。


「アルキエル殿。御指南、よろしくお願いします」

「ズマ、お前は師匠と違って真面目だな」

「教官は、お忙しいのでしょう。ご容赦頂きたい」


 皮肉を言ったつもりなんだが、真面目に返しやがる。こんな所が、こいつの良さなのかも知れねぇな。


 あぁ。ここまではいつも順調なんだ。ここまではな。最後の一匹が問題だ。最近は忙しと抜かしやがって、いつまでも寝てやがる。ちっと有名になったからって、屋敷を持つ様になった馬鹿猫だ。

 

 俺はエレナの屋敷前に転移する。他の奴らと違って、案の定エレナは居ねぇ。俺は強引に屋敷の入り口をこじ開ける、何故なら生意気にも結界を張る様になったからだ。

 どうせ、ラアルフィーネにでも頼んだんだろうよ。頼む先が違うんだ。ラアルフィーネが張った糞の役にも立たねぇ結界が、俺を阻めるはずがねぇ。

 どうせならペスカにでも頼めばいい。そうすりゃ、ちっとは時間稼ぎも出来ただろうによ。


 結界を破壊した所で、屋敷中に警戒音が鳴り響いてやがる。使用人達が慌てふためいて、右往左往しているのが見える。この状況でも寝てやがったら、返って大したもんだぜ。


 そもそも俺は戦いの神だぜ。他の神とは違うんだ。冬也に神気を抑え込まれてるし、俺も普通の奴らを極力ビビらせない様にしてるつもりだ。

 それでも、大抵の奴は俺に近寄って来ねぇ。エレナの奴は、平和ボケでもしてやがんのか? 広間で待っていると、寝ぼけ眼のエレナがゆっくりと階段を下りてくる。少し威圧する様に睨むと、面倒そうに欠伸をしやがった。


「アル、そんなに睨んじゃ駄目ニャ。忙しいのニャ。疲れてるのニャ」

「気が抜けてるだけだろうが」

「そんな事ないニャ。毎朝ちゃんと付き合ってるんだから、文句言っちゃ駄目ニャ」


 口の減らねぇ奴だ。俺はエレナの首根っこを掴むと、空間に放り込んでやった。悲鳴が聞こえたが、気にするこたぁねぇ。

 これでやっと稽古の開始だ。俺が空間に入ると、モーリスとケーリアは既に剣を交えてやがる。

 ズマの奴は、あんな小さい体でサムウェルと渡り合ってやがる。どいつもこいつも、面白れぇ奴らだ。

 

 こいつらは揃いも揃って、俺の一挙手一投足を見逃さねぇ。一対一で相手をしてやると、必ず俺の技を見て真似る。俺の技を自分のものにして、強くなっていく姿を見るのは悪くねぇ気分だ。

 こいつらの相手を始めて、もう一年が過ぎようとしている。奴らは、明らかに強くなっている。だからこそ、惜しいと思う。


 モーリス達は、四十に近い歳だろう。人間は四十を超えれば、生涯を終えてもおかしくねぇ。ゴブリンは更に寿命が短い。

 本当に惜しい。奴らにもっと時間があれば。エルフの様にとは言わない。せめて百年、それだけあれば俺は奴らをもっと強くしてやれる。奴らの技は間違いなく俺に届く。


 向上心と言うのか? 奴らは常に高みを目指し、己を鍛え続ける。欠伸をしてやがったエレナだって同じだ。

 奴らは生涯変わらないだろう。俺は、奴らの生涯を見届けるつもりだ。最後の瞬間までな。

 輪廻の輪に戻った時は、セリュシオネを脅してでも長命種に生まれ変わらせてやる。まぁ、奴らがそれを望まなければ仕方ねぇがな。

 

 奴らとの時間は心が躍る。そんな時間ほど、過ぎるのは早いもんだ。それぞれに役目がある。俺は皆を送り届けるとペスカの屋敷に転移した。

 ただなぁ。奴らの頑張りを見てるからか、ちっとばかり腹が立つってもんだ。冬也とペスカは、のんびりと飯を食ってやがる。


「冬也! 腑抜けてんじゃねぇ! 勝負しやがれ!」

「うるせぇよアルキエル。少しは落ち着け」


 落ち着けだと、俺の滾った心はどうしろって言うんだ。

 

「お前の分も有るから食え。そろそろ箸を使える様になっただろ?」

「そうだよ、一日の始まりは朝食からだよ。お兄ちゃんのご飯は美味しいんだから」


 呑気な奴らだ。まぁ確かに冬也の料理は旨いがな。食うと、何故だか力が満ちてくる感じがする。

 不思議だ、何処にでもありそうな感じなのにな。俺は試しに、近くの町に出来た食堂に行った事が有る。

 正直、旨くなかった。何かが違う、何かが足りねぇ気がする。冬也の料理は、何て言えばいいか、あったかくなる感じがするんだ。

 

 冬也達といい、モーリス達といい、一緒に居ると理解の出来ねぇ感覚が、俺を襲いやがる。柄にもねぇ、失いたくないと思っちまうんだ。


「それが愛おしいって事だ、アルキエル」

「愛おしい? 馬鹿な事を言うんじゃねぇよ」

「理解が出来ねぇか? かつてのお前には無かったもんだからな」 

 

 冬也の言っている意味がわからねぇ。俺にそんな感情が芽生える訳がねぇ。


「アルキエル。人間の一生は短い、だからこそ懸命に生涯を過ごす。永遠の時間なんて、地獄以外の何物でもねぇからな。時間が限られているから、想いも籠る。だから別れが惜しくなる。大切な存在が出来たなら、大事にしろよアルキエル。その感情は、お前に本物の強さを与えるはずだ」


 何と言われようと、理解出来ねぇ。だが、理解をしようと思う。何故なら、冬也の強さは技の果てに有るものだから。

 

 朝食を終えると、俺は冬也を修行に突き合わせる。ペスカと違って、冬也は暇だからな。

 タールカールに居るだけで、冬也から大地に神気が流れていく。言っちまえば、それ以外に取り立ててやる事がねぇって訳だ。


 冬也と修行を続けると、あっという間に日暮れが訪れる。


 空を茜に染め、日が地平の向こうへ降りていく。朝に昇った空から順に、暗がりが広がる。この風景も悪くはねぇ。

 

「冬也。飯を作れ! 早く屋敷に戻んぞ」

「仕方ねぇ奴だな、お前は」


 以前の俺なら、こんな理解の出来ない感情は、とっくに切り捨てていたろうよ。だが、今の俺には捨てる事は出来ねぇ。

 悪くねぇ。あぁ、悪くねぇんだ。

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