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改訂版 妹と歩く、異世界探訪記  作者: 東郷 珠(サークル珠道)
第十一章 変わりゆく日常
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第三百二十三話 ラーメンを届けよう

 冬也はスープの仕込みを始める。ペスカは、そんな冬也に後ろから近づくと背中を軽く叩いた。

 首を傾げる様に振り向く冬也。しかしペスカの表情は曇ったまま。そっと覗き込む様に見つめる冬也に、ペスカは言い放つ。


「女の子の純情を弄ぶ男は、最低なんだよ。お兄ちゃん」


 その言葉で、ペスカが何を言わんとしているのか冬也は理解した。定期的に連絡すると、空とした約束が果たされていない。

 確かに、空が日本に帰った後は、怒涛の毎日で連絡どころの騒ぎではなかった。事態は、世界の崩壊までに至ったのだから。


 しかし平穏が訪れた今、定期連絡が出来ないはずが無い。

 

 今の冬也は、フィアーナをも凌ぐ神気を持っている。誰に頼らなくても、次元を超え地球との間を行き来する事すら、不可能ではない。


 だが、冬也は躊躇っていた。


 何故なら、自分に対する空の想いを理解していたから。そして、その想いには応えられない事も。ロイスマリアは人と神、共に歩む世界を歩み始めた。しかし、それは良き隣人として。

 

 いずれ人間の体が朽ちれば、冬也は神として永遠の時を過ごす事になる。一人の男として、空の気持ちは嬉しい。しかし不老不死が、幸せなのか? いや、それは苦痛でしかない。

 だからこそ、冬也は人である事に拘った。だからこそ、冬也は数十年足らずの生涯に拘った。


 永遠の時を過ごす退屈と言う名の苦痛は、誰しもが耐えがたいものである。神が機械的に、世界の一部として機能するだけの存在になるのも、仕方ない事であろう。

 

 生物でありながらも、死と遠くかけ離れたエンシェントドラゴンと人間とは違う。スールやミューモであれば、生物であろうが神であろうが存在定義が異なるだけで、成すべき事は変わりがない。

 また、転生前の時点で神に近い存在となっていたペスカ、冬也の神気を吸収し神格が生まれ始めていたブルも、異質な存在だと言わざるを得ない。

 

 しかし、空は違う。


 如何に、邪神ロメリアを倒した英雄の一人に数えられようと、彼女はまだ人間なのだ。輪廻の中で、新たな生を繰り返す権利が有る。

 だから、冬也は戸惑っていた。空が自分を慕ってくれている事は、子供の頃から知っていた。成長するごとに、想いが強くなっていく事も。

 流行り病の様な一過性の感情であれば、数日もあれば消え去るだろう。恐らく、空の想いは変わらない。数年の間、連絡が無い位では。


「なんか、お兄ちゃんらしくないよ」

「わかってる」

「なら何でさ? 連絡くらいしてあげれば良いのに」

「そんな簡単なもんじゃねぇんだよ。結論は出す、あの子の為にもな」

「何か面倒くさいね、男心ってさ」

「うるせぇよ、女心よりは単純だ」


 迷いを棚上げする様に、冬也はスープ作りに励む。最適解など存在しない。出来ない決断、掛けられない一言、迷いながら、それでも冬也は答えを探そうと足掻く。

 

 恐らく、まだ時間が必要なのだろう。ペスカは溜息をつきながらも、冬也の作業を手伝い始めた。


「かっこいい所、見せてよね」

「俺はかっこよくねぇよ。いつだってさ。てめぇの事で精一杯のガキだ。だから、せめて家族だけでも守りてぇ」

「お兄ちゃん……」

「あの子が自らの足で踏みだす道を、俺が否定なんか出来ねぇ。だけど、俺があの子の道しるべになっちゃいけねぇんだ」

「まぁ、お兄ちゃんの微妙な男心は置いといて。私にも同じ位、優しくして欲しいんだけどなぁ~」


 ペスカは冬也を下から覗き込む。蠱惑的な上目遣いは、冬也をして赤面させた。

 

 ☆ ☆ ☆


 一方、アンドロケイン大陸のとある採掘場には、ドワーフを始め様々な亜人が集まっていた。

 かつて多くの亜人が溢れていた大陸一の採掘場は、いつしか打ち捨てられ廃墟と化した。しかし現在、既に朽ちていた建物が新たに立て直され、再び多くの亜人達が集まる。

 その傍らには、少年の姿をした一柱の神が佇む。やや扱けた頬でも、柔らかな表情で亜人達を見つめる姿は、久方振りに訪れた喧騒を楽しんでいる様にも見えた。

 

 採掘場周辺には、少し前に見たマナで動く鉄の箱にも似た乗り物が、多く置かれていた。

 大きな荷台が備え付けられた乗り物は、鉄鉱石等を大量に積み走り去っていく。荷馬車では到底考えられない量の荷物を運ぶ姿に、少年の姿をした神は時代の変化を痛感していた。


「まぁ、元気なのは良いんじゃが、こんなに鉄が必要なのかのぅ? それにしても、ありゃぁ何じゃ?」

「あれは、トラックって言うらしいわよ。ウィルラス」

「おぉ、ラアルフィーネ様。また来て下さったか」

「それと、鉄はあの乗り物や建物に使うらしいわ。ペスカちゃんの発明らしいの」

「やはり、奴らの仕業じゃったか。おかげで、儂はいつまで経っても小さいままじゃ」


 力の弱い氏神であるウィルラスは、アルキエルとの戦いで奇跡的に生き延びた。ただ、その戦いでウィルラスは大きく神気を失い、暫くの間は身動き一つ取れずにいた。

 その後、平和が戻った世界でウィルラスを待ち受けていたのは、鉱石を求める亜人達の姿であった。

 亜人が集まると共に、ウィルラスの神気は少しずつ蘇っていく。次々と鉱石が掘り返される度に、ウィルラスは鉱山に神気を注ぐ。その為、神気が蘇ってもウィルラスの姿は小さいままだった。

 それどころか、ウィルラスは以前よりも小さくなっている。その様子を危惧した女神ラアルフィーネは、時折ウィルラスの下を訪ねて、神気を分け与えていた。


「いつも、すみませんな。ラアルフィーネ様」

「良いのよ。いっその事、私の子になっちゃう? 神気が枯渇する心配が無くなるわよ」

「有難い申し出じゃが、お断りじゃな」

「なんでよ。ベオログはミューモの眷属になってるのに?」

「儂が奴の分霊であったとしても、奴と儂は違う。儂はこの地に愛着が有る。それに儂の様な力の弱い者には、この大陸は大きすぎじゃ。分相応ってもんが有るじゃろ?」

「相変わらず頑固ね。まぁいいわ」


 ラアルフィーネは、フウと頬に手を当て溜息をつく。それでも、包み込む様なラアルフィーネの優しい雰囲気に、少しウィルラスの本音が零れる。


「ただなぁ」

「どうしたの?」

「供物が旨くない! だから力が沸かんのじゃ!」

「それは問題ね。ただねぇ……」


 ラアルフィーネは、大地母神であると共に愛を司る神である。文化には疎く、亜人の食事には何の関心も持っていない。流石のラアルフィーネも眉根を寄せ、言葉を失った。

 

 神にとって信仰は、自身の存在を維持する為に必要なものである。例えば、ラフィスフィア大陸の各地で行われる奉納祭は、大地の維持に使ったフィアーナの神気を大きく回復させる。贅を尽くせば良いわけではない。信仰の強さが重要になる。

 おざなりに奉納された供物では、ウィルラスの神気は然程の回復を見せない。実の所、ウィルラスにとってこれは大きな問題であった。とは言え、ラアルフィーネに解決出来る問題ではない。

 ラアルフィーネが頭を抱えているその時であった、空間が揺らぎ騒がしい声が届いた。


「ようウィル! 元気にしてたか? って前より小さくなってねぇか? 今何歳児になったんだ?」

「きゃ~、ウィル君が可愛くなってる! おね~さんが、抱っこしてあげよっか?」


 聞き覚えの有る声であったが、小馬鹿にする様な言葉に、ウィルラスから懐かしさなど消し飛ぶ。


「馬鹿者! 相変わらずじゃなお前達は! 儂はお前達の先輩じゃぞ、敬意を払わんか!」

「いいじゃねぇか、ウィル」

「そうだよウィル君。拗ねた顔は、可愛くないよ」

「五月蠅いぞ、小娘!」

「あ~、そんな風に言って良いのかな? せっかくお土産持ってきたのにな~」


 ペスカと冬也が現れてから、周囲には不思議な香りが立ち込めている。その香りが気になったのは、当のウィルラスだけではない。


「ねぇ冬也君。それって食べ物? 良い匂いね」

「おぅ、ラアルフィーネさんか。沢山あるぜ、あんたも食うか?」

「いいの? 嬉しい冬也君」

「ラアルフィーネ様! そう言いつつ、お兄ちゃんに抱き着こうとしないで!」


 ペスカ達の到来で、ウィルラスの周囲は急に騒がしくなる。溜息をつくウィルラスであったが、不思議とその表情には笑みが浮かんでいた。


「坊主。前とは違う香りじゃな」

「ウィル。これ食って腰を抜かすなよ!」

「ほぅ、自信が有るようだな。なら、早う食わせろ」


 タールカールの住民達へ提供した様に、冬也は特製のラーメンを丁寧に仕上げる。二柱の神は、眼前に出された未知の料理にやや目を見開いた。器用に箸を使い麺を啜る、そして器に口をつけスープを飲む。


「言うだけはあるのう。確かに旨い」

「ほんと、美味しいわ冬也君。なんて料理なの?」

「ラーメンだ」

「ほぅラーメンか。前は獣の味だけであったろう? これは更に味わいが深いのぅ」

「ちょっと待ってウィルラス。あなた、冬也君の手料理を食べた事があるの?」

「あぁ。前にこ奴らが立ち寄った時にじゃ」

「なによ、ずるいじゃない! なんで私も呼んでくれなかったのよ、冬也君!」

「うるせぇラアルフィーネさん。いいじゃねぇかよ、いま食ってんだから」


 ガヤガヤとした騒がしさと共に、ラーメンの香りが周囲に広がっていく。労働で腹を減らした亜人達の、注目を集めるのは必然であったろう。気が付いた時には、周囲に亜人達が集まっていた。


 そして、冬也はここでもラーメンを提供し続ける事になる。


 口々に零れる感嘆の声。寸胴で仕込んだスープが無くなるのは、さほど時間がかからなかった。

 

「また持ってきてくれんか。坊主の料理は、いつも儂の神気を高めてくれる」

「いいぜ。しょっちゅうとは、いかねぇけどな」

「私も食べたいわ!」

「いいけどよ。ラアルフィーネさんはウィルと違って、自由に大陸を渡れるだろ? 食いたきゃ勝手に来いよ! タールカールに来れば、いつでも食えるぜ」

「ほんと? 必ず行くわ、冬也君」


 大地母神が認めた料理として、ラーメンは亜人達の口から大陸中に噂が広がっていく。しかし作り方を知らない亜人達は、こぞってラーメンを求め、タールカール大陸を訪れる様になる。

 これは、やがて世界中を巻き込むラーメンブーム、そのきっかけとなった物語。

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